孤独な人外少年とギャルハンターと廃ビルのタワー

やぎざ

第1話

000



夜闇とビル街のガラスを響かせるのは咆哮ッ!!


20メートルを超える巨体の影、大型霊長類を思わせる筋肉質な肉体と水牛のような角、コウモリを思わせる巨翼ッッ!!



 「運が悪かったな小童どもッッ!! 冥界の王たる私は今日機嫌が悪いッ!! ブラックベリーの狩人ギルドだかなんだか知らんが喰らえッ!!」



 悪魔めいた巨大な影が黒い火炎を吐き出し、コンクリートの足場を染め上げるッ!!


 溶解する自動車、引火して爆発するビルの内部!!


 炎の直撃を回避し、夜闇に跳躍した複数の影が一斉に悪魔に襲いかかるッッ!



 「フン!」



 ──が、


 

 黒い巨人は宙を引っ掻き小粒の影たちを引き裂いた。臓物と血しぶきが夜闇に散って溶ける。



 「ヒ、ヒイ!! こんなのどうすれば!?」

 「──退きな」

 「…あ、あんたは!?」


 現れたのは──ギャル!!

 黒い外套が靡いて、その下には腕まくりしたシャツ、ミニスカート! マニキュアにイヤリング!!

 染められたブロンド髪をした少女の眼が蒼炎を思わせて光る。

 狙う先は──巨大な影。



 「こんなもんかよ先輩方、行くぜ馬断丸」



 丸太のような黒い鞘から抜かれるのは月光に輝く大型のサムライブレードッ!!

 亜音速を超える抜刀と太刀筋が、悪魔とビルをまとめて両断したッ!!


 「ぐ、ガ。こんな筈では…」


 

 洪水のように体液を撒き散らす悪魔、厚底ブーツで汚れたコンクリートに着陸するギャルを気だるげに首を鳴らしていた。


 「次だ、次で上がってやる……!!」



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005



 「ねえねえ、アノ子の顔強すぎない?」

 「あら、成長が楽しみな美少年ねえ」

 「生まれはどこの旧家のお坊ちゃまかしら」


 

 大型チェーンのカフェで読書をする銀髪の少年。星の輝きと白い花弁をした花華が融合し、渾然一体となったかのような美貌をしていた。


 その少年は本を閉じて席を立つ。仕草、身振り一つ一つが切り取れば画になる風を帯びている。



 「そろそろ、か」



 商業区を抜け、地下へと向かう。人を縫うようにして少年は歩を進め──群れを抜けたときには美青年となっていたッ!!



 「酒」



 地下街の連絡路で青年がそう言い、キャスケット帽をかぶった中年は紙袋を手渡す。



 「サンキュな」

 「近々、狩人に良くない動きがある。用心しておけ」

 「良くない動き?」



 中年はOKマークの手で青年に催促する。


 「……おいオッサン、そんな小遣いねえよ」

 「じゃあここまでだな」

 「……またな」

 「ああ、次があれば」


 中年から離れた青年は、街の郊外へ向かった。夜の帷と夕暮れが交じる空に電車が駆ける。

 廃墟のビル街の奥へ奥へと青年は進む。

 建物の影がうねりを上げて青年にまとわりつき、それは猛獣となる。次に影がまとわり付けば大怪鳥を思わせる猛禽類、次には爬虫類──


 魑魅魍魎!! 百鬼夜行!!!



 青年の背後には無数の影とギラギラとした眼がッ──夜の始まりに輝き出した。



 「あら、遅かったじゃない」



 

 一際背の高い廃ビルの頂点、カビた皮のソファに座するのは美しい少女。穢なき無垢な少女のようにも見えるし、妖艶な娼婦のような色気を併せ持つ雰囲気をまとわりつかせる。

 氷河を思わすような肌艶と、ミルキーウェイを思わせる眼と銀髪。シースルーのベビードールを纏い、豊満な胸と太腿をあらわにして青年を待つ。


 「待たせたね」

 「はやく一杯やろうよ。お酒も来たし、今夜は熱く、ね?」

 「あ、ああ」


 青年にまとわりつく色白の美少女。青年の股間を弄り、首筋を入念に舐める。次に耳に吐息を吹きかける少女は青年に聞いた。


 「どう? 興奮する?」

 「……ごめん、駄目だわ」

 「どうして? あなたの大好きなムチムチボインの銀髪の美少女なのに?」

 「ああ、どうしてだろうな。──いや、わかってる」


 青年は俯いて静々と口を開く。



 「お前"も"……俺の"分体"だからかな」

 「知ってた。私も貴方だから。だから早くに彼女つくってね」

 「ああ」

 「スマブラする?」

 「そうしよう。スマブラやるには丁度良い能力なんだけどなぁ」


 その後、青年と美少女は横スマと下スマを擦り合う対戦を夜通し行った。後ろで見守るネコ科の猛獣らがあくびを上げて二人のまわりで丸くなる。



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010


 5月上旬。ゴールデンウィークを開けた月輪学園高等部1年には気だるげな雰囲気が漂っていた。

 

 「以上でホームルームを終了とする、皆ちゃんと気張れよ~。高校生活に慣れきって中だるみする時期だからな」


 寝癖の強い教員がそう行って教室を離れようとする間際、教員は続ける。


 「サラ・ネリアス・ネーガルシュライン、一度職員室に来るように」

 「あ、ハイ」


 色白ブロンドのギャルが返事をした。



 「何だと思う? 旦那」


 ブロンドのギャルは有線音楽プレイヤーに話しかけける。


 『さあ? 昇給についてじゃない?』

 「アタシもそうだと思う」


 

 職員室の扉を開けたギャルは、担任の教師に目配せをして人気のない廊下へと誘った。



 「次の対象を討伐すれば、A級メンバーの話が出ている」


 担任のボサボサメガネが言った。返答するギャル、サラ・ネリアス・ネーガルシュライン。



 「A級メンバー?」

 「そうだ、A級メンバーだ。ブラックベリーの階級の実質的な最上位。ここに就けばそこらの学生バイトと報酬の変わらんB級以上の報酬と待機手当が出る。お前さんもこれを求めてたんじゃないのか?」

 「内容は?」

 「A級討伐対象、三影街の幻影だ」

 「三影街の幻影」


 反復するギャル。ギャルは続ける。


 「噂として聞いたとこしかない。戦力を教えて」

 「無数の分裂する影を使役する吸血鬼だ。圧倒的な集団としての軍力と再生能力、桁違いの出力と、予想を上回る人外の発想──いけるか?」


 担任はギャルに問う。しかし、ギャルは腕組みをして口角を上げて応えた。


 「いつもの吸血鬼じゃん。用心して討つよ」

 「それでこそブラックベリーのエース」

 「情報をよこしてくれ。準備するよ」

 「今日中には」

 「一つ聞いておきたいんだけど、別にその話を蹴っても問題ないんだよね?」

 「できるものなら」


 廊下の隅で会話を交わすギャルとボサボサの教師。その周辺には何気ない仕草で二人の会話を耳にしている女子生徒らが居た。


 (なんでアイツが)

 (アイツばかり)

 (クソが)



 ギャルは眉を潜めて腕を組む。バツの悪い顔をした少女に、教師は言う。


 「次は確か合同の授業だろ? 急がないのか?」

 「え? ああ、サンキュね! 先生!」

 「まったく」



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015


 学外学習のオリエンテーション!! 

 「お前どこ配属だよ!?」

 「民間シャトル開発の解説と段取りだけどお前は?」

 「マイナーリーグのフォーミュラカーの整備だな」


 ウキウキムードの中、一目置かれのは一人の少年。銀髪の美少年が儚げな眼と視線で手元の書類に視線を落とす。

医療法人 西櫻会グループの総合病院だった。


 「えっと~ここだっけ?」


 ギャルが銀髪の少年の前の席へと腰を下ろす。


 「よろしく、えっと。名前は?」

 「烏丸スイレンだよ。よろしくね」


 少年ははにかんで答えた。

 少女は──心臓を撃ち抜かれたッ!!


 (何?この男。顔が良すぎる!! きれい、美しい。でもかわいい。二の腕がちょっとたくましい。笑った顔をもっと見たい!!)


 

 「スイレンくんよろしく。アタシはサラ・ネリアス・ネーガルシュライン! サラサラって呼んでね!」



 少女がはにかんで応える。

 少年は──心臓を撃ち抜かれたッ!!

 


 (かわいい。何だこの胸の高鳴りは! かわいい。もっと笑ってる顔を見たい! 笑ってる顔を俺以外に見せたくない!! チューしたい! おっぱいおおきい!!)


 双方が双方の存在を脳裏に焼いて刻み込むッ!!

 衝撃的な二人の出会いだった!!



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020


 「タコだあああああああああ!」

 「タコが出たぞあああああああああ!!」


 ミッドナイトの空と、スカイスクレイパー。その中で暴れるのは……タコ!!

 漆黒の頭足類が大木のような触手を振り回し、コンクリートの建物や地面を粉砕して暴れまわるッ!!


 『グハハハ! お前らブラックベリーがなんだかしらんがこの”オクトエル”様の敵ではないわッ!!』

 


引火して爆風を上げるビル街。その建造物の側面に、黒い外套の少年少女らがへばりつく。インカムで連絡を図る外套の集団。


 「対象、思ったより危ないです。とてもB級指定とは思えません。どうしますか?」

 『時間を稼げ、後にA級隊員が到着する』

 「……」


 タコが暴れる!! 黒い触手が宙を裂き、ビル外壁を引き裂いて瓦礫が夜空に舞うッ!


 「ググアー!!」


 飛散する外壁が直撃する外套の戦闘員。

 じわじわと削られる戦力の灯火が潰えるその瞬間……!!


 「待たせたな」


 突如夜闇を切り裂くのは──ッ!! ツインテールの少女ッ!!

 淡いピンクのツインテールの少女が分厚い機構剣でデカいタコの頭部から頭を引き裂いたッ!!


 『グ、グアアアアアアアアアアアア!!』

 「A級狩人、到着だぜ」


 烈風ッ! 疾風ッ!

 ロングソードが分厚い大気を纏い、それを引き裂くッ!

 複数の台風と台風の出現、その中心にはピンクツインテールの女子高生ッ!!


 「この桃原レンカ様の敵じゃ無いわァァァーーー! タコ畜生ガァアアア!」

 『ヌアアアアアアアアア!』

 「オラアアアアアアアアアア!!」


 とどまる勢いを知らない、桃原レンカ──!

 斬撃と打撃の混合! 無数の重たい斬撃のRUSH! RUSH!! RUSH!!!

 


 「トドメだァァァー!!」

 『なんちゃって』


 タコが、間一髪で一瞬を捉えたッ!!

 連撃の最中、ほんの刹那低速化する一瞬をオクトエル様は見逃さなかった。漆黒の触腕1本が、正確に女子高生を捉えるッ!


 「ま、まずい!!」

 『何がA級じゃァァアーーー! くたばれェ!!』

 「ぐがあ!!」


 肋間、鎖骨、大腿骨頸部──比較的脆い位置から圧迫され骨格が粉砕ッ! 激しい疼痛の中、意識が途絶えそうになる桃原レンカ──彼女が捉えたのは……1つの影ッ!!


 「お、おまえはッ!!」

 「大したことねェなァ!! A級ハンターさんよォ!!」


 月光を背に現れたのは、ブロンドのギャル!!

 分厚いサムライブレードが夜の帷を引き裂いて一閃ッ!! タコは両断され、暴れまわる触手すらも、剣圧が裁断したッ!!


 『グハァァァ!!』

 「まだまだァ!!」

 『なんちゃって』


 オクトエル様からの断面から飛び出すのは、黒い影!!

 内部の核が飛び出し、星型のそれはギャルに飛びかかった。ギャルの振るう鉄骨サイズの日本刀はコンクリートに串刺しになって動かない。


 (まずいッ!!)


 内心早期する桃原レンカ。だが──


 「シュ!!」


 ギャルが取り出しのはカランビットナイフ!! 素早い高速斬撃が月光を帯びて鈍い蒼の光沢がオクトエルの内部を膾切りにおろしたッ!!


 『クッ』

 「スピードモードだぜこっちは」

 『負け……ダ』



 オクトエルの内部から飛び出したものはタールのような体液を流して横たわった。トゲだらけのヒトデ……否、人型。

 静かに横たわるそれに、ギャルは投げナイフを投げ串刺しにし身動きを止める


 『ぐああああああ!』

 「さて、桃原センパイ、一つ頼みを聞いてもらってもいいか?」


 超大型のサムライブレードを肩に乗せてギャルは見下ろす。

 横たわったピンクツインテールの女子高生、桃原レンカは相手を睨んでオズオズと口を開いた。


 「なんだよ、サラ・ネリアス・ネルールシュラインちゃん。手短に頼む」

 「物わかりが良いやつは好きだぜ」

 


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025


 時刻は日時変更より2時間前。

 


 「個室へ」


 血みどろのギャルとピンクツインテールの地雷系が、オシャレ系コーヒーショップチェーンの玄関を叩く。



 「こ、こちらへ」



 人魚をモチーフとした意匠を緑で刻印した企業ロゴ、そのコースターがピシャリと礼服を着こなしたスタッフに並べられる。場所は個室。


 

 「よう、A級ハンター」


 腕組みをしてサラ・ネリアス・ネーガルシュラインが言う。眉にシワを寄せる桃原レンカ。


 「話はなんだよ、B級ハンター」


 ジュエルゴールドを散りばめたキャラメルマキアートをすすって、桃原レンカは言った。顎を撫でるサラ・ネリアス・ネーガルシュラインが口を開く。


 「廃ビルの幻影の持つ武力、それと……本部からよこせる武力の限界だ」

 「B級ハンターなら微々たるもんだぞ」

 「そこは、アンタの”名”でどうにか」

 「フン……いい性格をしてるじゃないか世間知らずのギャル風情が」


 吐息を一つ漏らして、ピンク髪のツインテール……桃原レンカが言った。


 「廃ビルの幻影……その招待は分体生成術とその統率に優れた吸血鬼の一個体だ」

 「一個体……その武力は?」

 「無数の野犬と、それを統率する大型の猛獣クラスの眷属。これを1ユニットとした部隊が10前後ユニット。それらを中枢で管理する本体」

 「なるほど、100人小隊クラス級が10~20ユニット。それをどう相手するか……か」

 「骨が折れるだろう? B級ハンター」

 「そう……だと思う。だけど、それは索敵範囲次第。その野犬を統率する大型の猛獣の索敵範囲は?」

 「150m──って所だろう」

 「なるほど」


 トントンと指でテーブルを叩くサラ・ネリアス・ネーガルシュライン。


 「B級上位ってなれば、ランドキャリアー1台がやっと、ってところ?」 

 「2台は硬い……かな」

 「十分かもな」

 「どうするつもりだ?」

 「まあ、見ていろよA級のセンパイ」

 「……クソが」


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030


 その日、雨あがるの夕暮れだった。


 オレンジがかった湿った光が街でまばらにみられ、その中で二人の少年少女が居た。


 「校外学習おねがいします」

 「おねがいします」


 ギャル風の少女、サラ・ネリアス・ネーガルシュラインと──烏丸スイレンと呼ばれる少年だった。


 「学生にアポと打ち合わせをさせるってどうかしてるよね」

 「ホントに」


 身体的疲労ではないが、社会に関わるという精神的な徒労感。それを少年と少女は共有していた。



 「……これで家帰って良いんだっけ?」

 「そう、だけど」

 「メシでも行く?」


 水を向けたのは烏丸スイレンだった。銀髪の髪が夕暮れで輝き、月光のような瞳孔が少女を捉える。


 「ああ、うん。あまり高い店は行けないけど」


 マック!! 庶民的ファーストフードチェーンで二人は居た!!



 「チキンチーズバーガー好きなんだけどさ。トリプルチーズバーガー頼んでしまったよ。トリチ、鳥チーズバーガーって思っちゃうじゃん」


 銀髪の少年が言う。


 「結構おバカ?」

 「もしかしたらそうかも」

 「すごいバカっぽい」


 少女が応える。



 「飼い食いって駄目なんじゃ」

 「カリギュラ効果って言うじゃん。やっちゃ駄目なことには不思議な欲求が働くって」

 「かり、かり?」

 「君みたいな美人さんと放課後で一杯やれるなら、ちょっとした校則違反くらい本望だよ」

 「くっさ」


 汗をかいた紙カップとコーラが内側で揺れ、少年はそれを御する。


 「映画の受け売りだよ」

 「なんて映画?」

 「アクション。あのホームレスみたいなオッサンが出る」


 二人は沈黙して食事を頬張った。少年はトリプルチーズバーガー、少女はテリヤキバーガー。

 数分の間隔……先に口を開いたのはサラだった。


 「アタシ、ダイエット中なんだけど」

 「じゃあこういうの食べられないじゃん」

 「後でたくさん動くから、付き合ってよ」

 「そ、そう言われると悪い気しないな~」

 「食後20分居ないの有酸素運動が良いんだって! ちゃんと食べるペースも店でるタイミングも合わせてよ~」

 「お、おう!」


 スイレンとサラはお互いぎこちなくバーガーにかぶりついて、しばらく無言の時間の後に店を出た。

 日は深く沈み、ビル街が並ぶガタガタの地平線の先が僅かに燻ったオレンジをして空は深い夜に沈みはじめていた。

 繁華街を抜け、住宅街と広い公園を抜け、川沿いのベンチに息を切らしながら身体を投げ出すように二人は座った。


 「うごぇぉぉ~」

 「もうダイエットとか良いや~。なんか食べにいこうよ」

 「はっや」

 「疲れたよ~もう」


 フーフーと深い呼吸をした後にしばらくの沈黙。星の光がネオンに相殺された空、先に口を開いたのはサラだった。


 「部活……みたいなのでさ。次デカい大会あるんだ」

 「大会?」

 「そう。でも、アタシには荷が重くて、準備はしてるんだけど……それもイマイチで」

 「なるほどね~。でもたかが部活でしょ? そんなに背負い込まなくても」

 「うん。たかが部活。アタシの魅力とかステータスってそれだけじゃないし!」

 「僕から見ても、君はちょっとかわいいと思うよ」

 「そういうこと本人に向かって言う?」


 サラが言い、スイレンが瞳を見つめて言う。


 「学校行事で一緒に出かけて、ハンバーガー食べて無茶な運動して、それだけだけど僕はすごく今良い気分だよ」

 「……口説くなら、もうちょっとボキャブラリーのお勉強してからにしてね」


 少女は跳ねるようにベンチから立ち上がり一帯をあとにする。


 「またね」

 「また、学校で」



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035


街のルーフストップバー。一際高いビル──ではなく、内装の割にリーズナブルな値段で食事と酒を提供する店だった。オレンジとダークブルーの交じる空、ビルの乱反射。ただし、今日は貸し切りだった。


 「ブラックベリー財団のエレオスです」


 黒外套の男がソファに腰を下ろす。周囲含めれば10人前後の人員。スーツをしたフォーマルな出で立ちからピチピチシャツと迷彩ズボンを履いた筋肉質な男、ローブ姿の得体のしれない人種──

 エレオスは周囲の目配せをし、他にソファに座った3人の人物に視線を送る。


 暗い紅色をした武道着の女──西櫻会の前線部隊総指揮、「荘輪(ジェアン・リン)」

 スーツ姿をフォーマルに着こなしながらも傭兵上がりのような風貌を纏うただならぬ出で立ちの男──国連特殊機動部隊ブルーサーペントの長、「ジャック・ハロウェイ」

 同じくスーツ姿ではあるが、こちらには品とホスピタリティが混在した風貌の男──無国籍傭兵集団イエローダストの1柱、「アザリ・ムバエ」


 そこへエレオスが加わった。


 ただなる圧だった。護衛の人員もビリビリとした空気に射竦められるように身体を強張らしている。

 荘輪の後ろに居るチャイナ服姿の少女も付近のグラサン中年に耳打ちをする。


 (おいおい壮観だぜ! 裏社会のボス各が集合なんてよォ!!)

 (浮かれるのは良いが俺達は護衛だ。会談が拗れたら血の海だぜ?)

 (うっひょ~。勘弁いただきたいぜ。でも、ウチのボスが一番華があるな。ほかはみんなオッサンだし!)

 (おっさん……)


 エレオスが言う。


 「話を進めるか?」


 荘輪が言った。


 「もう一人、忘れてまっせ」


 荘輪が親指で指差す。4人の後ろからおずおずと現れたのは宣教師姿の男だった。


 「NEST(ネスト)のノア・E・カイと申します、この度はお呼びしていただきありがとうございます」

 「誰も呼んどらんで。アンタらが首つっこんだんでしょ。教えだとか御大層なのは他にし!」

 「お時間は取らさないよう注意してまいります」


 ノアEカイ。宣教師風の男は空きのソファに腰を下ろす。

 

 エレオスが片手を上げて周囲に目配せをした。それぞれの下っ端が、それぞれのボスにタブレット端末を差し出す。


 「我々にとって、次の”太陽嵐”は大きなビジネスチャンスになる。短くて半年後。そこに備えて協力を組みたい」


 端末に映し出された情報の辿りは以下のようになる。

 太陽嵐を目前とし、全世界にGPS障害が起きる”嵐の7日間”が訪れる。中でも、その太陽嵐によりGPSブラインド効果が強烈に影響を来す地帯が見つかった。それが”廃ビル街”。


 ある鉱脈を中心に企業が栄えた地方都市だが、収益の帳尻が合わず撤退したゴーストタウン。そこには一際背の高い3つのタワーがある。タワーを中心にその周辺では特にGPSの探知が及ばない無法地帯だ。


 「この一帯で取引をする。これはビジネスチャンスだ」


 エレオスは言う。


 医療法人 西櫻会の荘輪の脳裏には、高価な薬剤や医療処置。

 国連特殊機動部隊ブルーサーペントのジャックハロウェイの脳裏には、国が表沙汰にはし辛い捕虜を取引のシミュレーション、GPSタグのシャッフル。

 無国籍傭兵集団イエローダストのアザリ・ムバエの脳裏には、ゲリラ戦や拠点のために適したマップ、隠れたレアアースの所在地。


 各勢力にはそれぞれ金になる景色が浮かんでいた。


 「嵐の7日間はそう多くありませんし、規模も小規模なものになります。ですがここを利用すればそれなりに大きなビジネスチャンスにはなるかと思います。皆さん、どうですか?」


 荘輪は応える。


 「中々面白い話じゃない。で、そこのお坊さんは何思ってるわけ?」

 「私ですか?」


 荘輪の問いに、NESTのノア・E・カイが応えた。


 「生物研究の共有です。倫理的には認められてない、アングラなものを」

 「へえ。楽しそうじゃない。アタシも好きよ? バイオハザードとか」

 「は、はあ」


 二人の掛け合いの横で、イエローダストのアザリ・ムバエとブルーサーペントのジャック・ハロウェイが会話を交わす。


 「ウチにはある程度、戦場の制圧経歴とそこで得た捕虜がある。それを用いて国連の議席取りを優位に進めるつもりだ。そちらは?」


 ハロウェイがそう言って、アザリは応えた。


 「この太陽嵐を期に様々なものが取引される。我々のような上層部は機密性のある情報を扱うでしょうが、タワー外周ではそこそこの隠し事が多量に交わされるでしょう。例えば銃火器の現物と設計図とか。そうなればまた小規模な戦争が起きる。それに応じた拠点の情報を扱おうかな、と」

 「なるほど、ブルーサーペントにも拠点の情報を頼むよ。寝具がイマイチだとパフォーマンスにも影響するから」

 「ええ、この5勢力は協力関係にあるわけですから是非」


 雑談がまとまった所で、エレオスが言う。


 「事実ベースで語らせてもらうが、この勢力図において規模とパワーを持つのは3つが横並び。医療法人 西櫻会。国連機動部隊ブルーサーペント、ブラックベリー財団が同様の戦力。そして、そこからワンランク落ちて無国籍傭兵集団イエローダスト。そこから少し落ちてNEST」

 「わ、我々も力になります!」


 ノアEカイが少し大きめの声を上げるが、エレオスは掌で制する。


 「もちろん協力には感謝する。が、役割配分はこうだ。タワーは3つ。それらのタワーを西櫻会、ブルーサーペント、ブラックベリー財団が1本ずつ防衛と制圧に対応する。イエローダストはこれらのバックアップを行い、NESTには有事の際の遊撃をおこなってもらいたい。このビジネスチャンスを狙うのは小規模の何者かも逃さんだろう」

 「え、ええ」

 「これらの3勢力+1+1の構図、これらがタワーを抑え続けられるように拠点を設ける」


 タブレット端末には地図。3つのタワーを結ぶ三角形の中心に、一つのポイントがあった。


 「仮設ホテルだ。ここを拠点に立ち回っていく」


 荘輪が言う。


 「ええやん。ジャグジーとエステも頼むで。でも、これは絵空事もええところや。あの廃ビル街には、魔物が住んどるやろう?」

 「廃ビル街の幻影か?」

 「そうや。狼が何千匹と居て、ゴリラめいた巨人が何十人も居て、竜なのかコウモリなのかわからん飛行体が制空権を抑えている。それがどうにかならんことには、我々の開発も進まん」

 「おっしゃるとおりだ」


 エレオスが荘輪に同調して、押し黙る。数秒の硬直の後に──。


 「そのために、我々ブラックベリー財団が精鋭で事にあたっています」




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040


首だけがない偶蹄類を思わせるフォルムのメカが荷物を積載し廃ビルを往く。関節音を上げずサイレントモードで歩を進め、それを連れるのは桃原レンカ。


 「ほんとにやるつもりか?」

 「ああ」

 「イかれてるよ」


 双眼鏡を除くのはサラ・ネリアス・ネーガルシュライン。

 夜に沈む廃ビルには光がなく、月と星星の光が仄暗く降りる。闇の街の中で動くのは影。大型ネコ化生物サイズが群れを成して蠢く。

 それらの中で、一際大きい影。何千万年前に時を遡れば居たとされる巨大なナマケモノのようなフォルム。


 「あの"リプロなんとかテステス"とか言われてそうなデカブツが統率個体……」

 「メガテリウムだと思うけどな。まあ、あれを射貫けば地表の猛獣の群れは統率を失い混乱が起こる」

 「そんでそこに乗じて──」


 桃原レンカとサラが視線を移すのは影の猛獣の群れから外れ、廃ビル街のその奥。3つの巨大な影だ。さながら、バベルの塔。


 「”タワー”って呼ばれてる」

 「なるほどね。あそこが悪の根城なんだ」

 「3つのうち、どこに”本体”が居るかはわからないけど、その1/3を掴めば行けるだろうな」

 「へぇ」

 「整理しよう」


 桃原レンカは腕組みをして言葉を並べる。


 「廃ビル街の幻影は複数の影の獣を使役する化物。タワーのいずれかを根城にしていて、タワーに近づくには地表やビル屋上をある程度駆け抜ける必要がある。地上には獣の群れとそれを統率する大型のボス個体がいる。ボス個体さえ潰せば数分の猶予が生じるからその間に正解のタワーに侵入。その後はぶっつけ本番で廃ビル街の幻影の本体とやって首を捕る」

 「まあまあの無理難題じゃん……ねェ!!」

 「ちょっと! アンタ!?」


 サラ・ネリアス・ネーガルシュライン。彼女は4本脚の輸送機から降ろした折りたたみ式大型ボウガンの展開を終えていた!! カーボンワイヤーがしなりを上げてギリギリと震え、その矢先には大きなナマケモノさんの頭蓋骨!!


 「じゃあなA級のセンパイ。生きてたらまた会おうぜ」

 「ああ」


 桃原レンカが跳躍し、廃ビル街の外周を去る。その跳躍と同時に漆黒の閃光が影の大型哺乳類の首を貫いたッ!!


 「多分4匹。そいつらを潰せば最短でタワーに行ける」


 ドス! ドス! ドス!

 サラが選んだ折りたたみ式大型ボウガン。対ヒュージベヒモスを討伐するために開発された消音性と破壊力を携えた一品だ。

 アサシネーション=ヘッドショットを決め、少女はボウガンを投げ捨てて街に跳躍する。


 馬断刀。大型の機構剣が襲いかかるコウモリやハイエナの影を引き裂くッ!!


 (ある程度探知されることは想定していたが思ったよりも反応が早い。タワーをハシゴして確かめる猶予は無さそうかな)


 ロケットのような急加速な跳躍でビルのエッジを蹴って突き進む!! 目前となるタワー!! 横腹に大きく空いた穴から身体を投げ込み、大型の長剣の柄に手をかける。


 「グルルル」

 「ワニワニパニックかよ」


 そこに居たのは、超大型のワニ!! 怪獣や恐竜を思わせる体躯の漆黒のワニが喉を鳴らして少女を睨んでいた。


 「ここが正解のタワーじゃなけりゃやってられねえぜ!!」




 



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045


 「そろそろかな?」


 銀髪が月光にきらめく妖艶な少女が言う。


 「ああ」


 初雪のような儚さをまとった美しい青年が答えた。


 大きく開いたそこには備え付けのモニターと、スマブラが投影されていた。

 ゆっくりとホールの扉が開き、姿を表したのはドス黒い血をバケツ一杯被ったかのような少女。大型の機構剣はガタガタだ。


 「どうやらこのタワーは正解だったみたい。悪運強いぜ」

 「──君は」

 「ちょっと、アンタ……?」


 少年と少女が見つめ合う。数秒間の沈黙。月の運動すらも感じさせる静寂だった。


 「ちょっとこの小娘なんなのよ!!」


 銀髪の少女が飛び出す。少女は手慣れた動作でそれを刀で両断した。


 「ギャ」

 「……あんたミェンミェン使うんだ」


 バンパイアハンターギャルが言う。


 「勝てるからな」


 応えるのは銀髪の美青年。


 「結構かっこいい男って思ってたのに残念ね」

 「ああ、本当に残念だッ」


 廃ビル街の幻影、烏丸スイレン

 VS

 B級ギルドメンバー、サラ・ネリアス・ネーガルシュライン


 Fight!!


 「並列神形・堕天<<パラレルトリガー・ルキフェルアバター>>ッ!!」


 印を結ぶスイレン! 突如その横に出現したのは大型霊長類を思わせる体躯とフォルムをした3対の翼を持つ巨大な影!!


 「落ちろ」


 人造天使周囲に複数のエネルギーの収縮を感知!!


 (まずい! 回避を!!)

 「させるかァ!! 酩酊波!!」


 更に印を結び、透明の波紋がサラの周囲で炸裂した。


 「うぐっ!!」

 

 その色のない波紋に衝撃自体は無い。──が、それを浴びたサラは姿勢を崩し動きを止める。

 刹那──ッ!! ルキフェルアバターのエネルギー弾がうねりを上げて複数射出されたッ!! モロに直撃!! 6発フルヒットしたサラは腕や脚がもげ、横腹からは臓器がこぼれ落ちていた。


 (妖術の類か? 三半規管や脳機能に直接作用して姿勢を崩すタイプの何か。多分扱いやすさと回転力を重視し、術の効力を弱くしてシンプルな術式にチューニングされている。一瞬だとしても防御にも隙を作るし攻撃の初動も挫かれる。2on1携を前提にするなら合理的だ……!! じゃあどうする?)


 剣をコンクリートに突き立てるサラ。その姿を見て低く腰を落とすスイレン。


 (どうする? あの再生能力を。ルキフェル分身のフルパワー射撃の直撃を耐えきったぞ。酩酊波で防御を崩してルキフェルの連携を繰り返す。堅実だが、相手も馬鹿じゃないハズ……ルキフェルの攻撃の”回転”を落として有事の際に備えるか)


 サラ・ネリアス・ネーガルシュラインの武器は重火器と近接武器の扱いの他に驚異的な再生能力と素早さと精密性を兼ね揃えたフィジカルだった。欠損した四肢はもう生え変わり、臓器は身体の奥に引っ込んで筋肉と皮下組織は再生を終えようとしている。


 「どちらを警戒するべきか……」


 サラが独り言を言って構える。スイレンが印を結ぶ。


 「酩酊波!!」

 「しゅ」


 サラは──機械剣を投げ捨てた!!

 透明な波紋の塊が炸裂する前に、それは宙に飛んだ機械剣に直撃。同時に波紋が広がる。その余波はサラを捉えることはなかった。



 『シュゥゥゥ』


 ルキフェルアバターが3発エネルギー波を炸裂させた! 3つの閃光が少女に襲いかかるッ!!


 「様子見でヒヨったのは残念だったなァ!!」


 舞うように宙に跳ね、少女はそれらを回避!! カランビットナイフを振り抜いてルキフェルアバター向かって飛びつく!!

 瞬時に複数の急所を捉えた。胸部正中、頸動脈、頚椎──神や天使が人と似たそれなら致命傷は必至だ。


 『うぐぅう』

 「酩酊波ッ!!」


 宙に浮かぶルキフェルアバターにラッシュをかけるサラだが、それは同時に”横から”の隙を見せていた。


 連撃。一見素早くダメージを叩きこみ受けてる側には反撃の隙が無いが、他者からみれば隙だらけだ。スイレンはこの構図を理解し、2on1の強みとそれに特化した戦術を好んで使っている。


 酩酊波を浴び、瞬時硬直して落下するサラ。自然落下する彼女にスイレンが姿勢を低く駆け出し、ロケットのような膝蹴りが少女の胸部を捉えて鈍く砕いた。


 「卑怯だぞ、2対1なんて」

 「なんとでも言えよ。これも生き延びるためだ」

 「フフフ」

 「まだ余裕ありそうじゃん」


 胸部の肋骨の粉砕、心肺とその周辺の大型の動脈静脈の破裂。膝でそれを捉えたスイレンだったが──かれの眼前にはゆっくりを起き上がる少女の姿があった。──が、その速度は僅かに弱々しく遅い。


 (脅威的な再生能力だ。筋組織と神経系、そして臓器の蘇生が瞬時に行われている。だが、限界がありそうだ。再生能力そのものよりも、周囲へ漏れ出た組織液ッ!! それらの不要な廃液が除去されずに強引に再生され十分な治癒過程を辿っていない)


 対してサラの脳裏。


 (そろそろか……?)


 巨星が揺らぐ。ルキフェルアバターがうめき声を上げて動きを鈍らせていたッ!!。


 (邪聖概念に効力のある精錬を行っておいて良かったぜ。傷は浅いが、そこから毒のようにダメージが続く)

 

 カランビットナイフが妖しい光沢を帯びている。破壊力といものは重量と速度の掛け算だ。カランビットナイフには巨獣を討つ重量と破壊力が無い──が、特定の対象に効力を持つ精錬を行えば重量が軽い分の威力のロスを補える!!


 「二人きりだな、スイレン」

 「ああ、サラちゃん」

 「ちゃん付けはあんまり好みじゃないんだけどね!!


 俊敏な身のこなしで二人が激突する!!


 肘とナイフの攻防を繰り出すサラ──掌底と肘での防御と酩酊波で応戦するスイレン。

 そのラッシュの回転力は僅かに……サラが有利!!


 「シュ」

 「うぐ」


 サラが肘を振り上げてスイレンのラッシュを潰す。姿勢を崩すスイレンに、サラがナイフを振り抜く!!


 「酩酊波!!」


 透明の波紋の射出方向は──地面!!

 二人の間の中心で透明の波紋が炸裂してサラは姿勢を崩した。


 「正面戦闘だけがバトルじゃねえんだよォ!!」

 『ウラァアア!!』


 スイレンのボディブローがサラの腹部を捉え、コンマ数秒遅れてルキフェルアバターの丸太のような腕から繰り出される殴打がサラの頭部を吹き飛ばした。


 「やったか?」


 月光に吹き飛ぶサラが、床に着地する。


 「おいおいマジかよ」


 スイレンがぼやく。そう言いたくなるのには2つの意味があった。

 1つはサラがのっそりと起き上がり、カランビットナイフを固く握って構える様子があったこと。

 もう1つは、ルキフェルアバターに精錬ナイフの概念毒が回ったのか身体がドロドロに崩れ機能停止目前なことだった。


 「あ~めちゃんこ頭痛いぜ。どうしてくれるんだコノヤロー」

 (髄液と脳圧の調整が曖昧なまま頭部が再生されている。このまま欠損を伴うダメージを浴びせ続ければ組織の再生と、再生前の水分のバランスがチグハグになって鎮圧できる──ハズ)

 「けど、これで今度こそ2人きり」

 「すごくドキドキするよ。こんな可憐な女の子と熱い夜を過ごせて」

 「ボキャブラリーが貧弱なのはどうにかならないかな!!」


 動きに鈍りがあるものの、その近接攻防のキレは凄まじい。サラのラッシュと的確な防御の切り替えがスイレンを防戦一方へ押し込んだ!!


 「酩酊波!」

 「そればっかりだなぁ!?」

 

 カエルのように鋭く跳躍してソバット!! 跳躍点には透明の波紋が炸裂していたが、コンマ数秒だけ波紋がサラを捉えることなく床に波打っていた。

 サラの踵がスイレンの頸部を捉えて鈍い音が夜闇に響いた。


 首をグニャグニャにしながらスイレンは数回バウンドして床に転がる。そこへナイフを固く握って飛びつくサラ!!


 「ぐっ」

 「へ、へへ」


 スイレンもまた高い再生能力の持ち主だった。神経系の再生だけを優先させナイフによる追撃を間一髪で防いだ。

 床を背にするスイレンと、上からナイフを突き立てるサラ。グググ、と力と力がぶつかり合いスイレンが横からの膝蹴りでマウントポジションを解除した。


 中腰で姿勢を立て直す二人。


 「残念だったな。早くトドメを刺さないと”下”の眷属たちがここにやってくる。俺は防戦一方でもリターンがある。君のやり方じゃ分が悪い」

 「正面からやり合ったら女の子に勝てないことに惨めさを感じないわけ?

 「この野郎ォォォーーーッ!」


 スイレンが飛び出す!! 月光のような青白い刃を生成して近接戦を繰り出す!! 圧倒的な攻撃と防御の回転率だ!! サラが秒間16回行動としたらスイレンが18回行動!! 僅かに上回った!!



 「俺は本体もやれるんだよォ!!」


 スイレンの鋭い肘がサラの顎先を捉えて横から強烈なインパクト!! 追撃の手刀、打ち付けるような月光ナイフの一撃!!

 ぶっ飛ばされるサラのやや上方向に印を結ぶ!


 「並列神形・盾徒<<パラレルトリガー・アイギスアバター>>!!」


 出現するのは重装甲の影の巨人ッ!!

 それがサラを上から押しつぶし床を叩き割って墜落した!!


 「死ねやァァ!!」


 落下するサラに向かい、スイレンが月光ナイフを固く握って追撃に向かう!

 床を数枚割ってからアイギスアバターの下敷きになるサラ。胸部から下をぐちゃぐちゃに潰され、残る頭部に向かってスイレンはナイフを直下させる!!


 ズルリと素早い動きだった。後頭部を軸に首を90度回転させてから、サラは肉体を再生させスイレンを迎え撃った。

 お互いがお互いの頸部にナイフを捉えて、十数分二人は沈黙した。

 アイギスアバターの司令形に指示が入らず自動制御機構に従い消失。

 ミルキーウェイと月夜の中でお互いはゆっくりと身体を再生させる。


 「これ以上はちょっとシンドイわ」

 「あら、負けを認めるの?」

 「お前ももうこれ以上したくないだろ」

 「そこは同感ね」


 大の字の少年と少女。


 「何が目的なんだよ」


 スイレンが言う。サラが応える。


 「アンタの首。そんで数カ月大人しくしてくれるっていう約束」

 「……なんだそんなことかよ」


 ゴロンとスイレンは寝返りを打つ。


 「とっととやれよ」

 「え?」

 「こう見えてすぐ生え変わるんだよ俺。しばらく黙って首差し出せば今回の件がチャラなら。それでいいよもう」

 「気骨のない男」

 「煽るならよう続けるぞ?」

 「……ホントに生え変わるの? 頭」

 「ああ」


 サラが起き上がり、ナイフを握る。


 「約束して。今から3ヶ月はあの影の眷属を出さないって」

 「ああ」

 「それからもうやりあわないって。アタシもつかれた」

 「ああ」

 「それから、ちゃんと復活するって」

 「ああ」


 そういって押し黙るスイレンの鎖骨付近を、サラはV字にナイフで深く切り抜いた。


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孤独な人外少年とギャルハンターと廃ビルのタワー やぎざ @YAGIZA555

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