王女は、護衛を愛してはいけない

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第1話

 時は朝鮮王朝以前の朝鮮半島。


 王朝名は、白蓮王朝という。


 私は、白蓮王朝第一代王の娘ヘヨン。


 幼い頃から、私は常に父の支配下の元、生きてきた。


「お前はワシのため、国のために、敵国へ嫁ぐ運命なのだ」


 父から物心ついた頃から何度も聞かされてきた言葉だった。


 実の母は、後継者である弟のことだけを可愛がり、

私の存在など、最初からそこに無いかのようだった。


 声をかけられることも、視線を向けられることもない。


 王女でありながら、私はいつも一人だった。


――けれど。


 孤独だと思ったことは、一度もなかった。


 私の隣には、いつも護衛のジェヒョンがいたからだ。


 弟が生まれて始めての私の誕生日の日。


私は、泣いていた。


誰も私の誕生日を覚えていなかったからだ。父も母も。


私は、望まれて生まれて来た子ではない。


そのことがあまりに辛かった。


だが…彼だけは違った。


「ヘヨン様!ここにいらしたのですか!」


「探していたんですよ!」


「な、なんで?」


「なんでって。今日は王女様のお誕生日ではありませんか!」


「覚えていたの?」


「当たり前じゃないですか!これ…大したものではなく、申し訳ないのですが…」


ミヤマオダマキの花だった。


私はあまりの嬉しさから何も言葉が出なかった


「す、すみません。こんな草むらで拾って来たお花なんて…嬉しくないですよね」


「あ、ありがとう。い、いただくわ。」


 彼は、常に私のそばにしてくれた。


 彼は必要以上に言葉を持たない男だったが、私が俯けば、何も言わずに一歩だけ近づいてくれた。


 泣きそうになれば、視線を逸らしたまま、静かに声を落とす。


「ヘヨン様。僕は、あなたさまが居れば、それだけで良いのでございます」


 その言葉に、何度救われたか分からない。


 私は次第に、彼を恋慕うようになっていた。

 それが許されぬ想いだと、分かっていながら。

 それでも、彼の隣に立つたび、胸が熱くなった。


 彼もまた、私を想ってくれているのだと。

 ずっと、そう信じていた。


――けれど。


 それは、私の思い違いだったのだろうか。


 最近のジェヒョンの目は、私を見るたび、どこか冷たく、鋭い。そこに宿る感情は、優しさではない。


……憎しみ。


 彼は、私を恨んでいるのに違いない。

 そう思うようになったのは、いつからだっただろう。


 私は意を決して、彼に告げた。


「ジェヒョン、私……グラディア帝国のトア様に嫁ぐことになったの……」


 彼は、一瞬も動揺を見せずに答えた。


「左様でございますか」


 その声は、あまりにも静かで、あまりにも他人行儀だった。


「この婚約について……お、お主はどう思う?」


 震える声で問いかけた私に、彼は淡々と、理を述べる。


「トア様はお優しいお方だと聞いております。またグラディア帝国は、我々の国を侵略しようとしております。良い縁談になるかと」


――そういうことを、聞いているのではない。


 私が婚約しても。

 私が、他の誰かのものになっても。

 それでも、構わないというの?


 あの日、確かにあなたは言ってくれた。


「ヘヨン様……僕は、あなたがいるから、この国で生きられるのです」


 あんなにも輝いた目で。

 迷いもなく、真っ直ぐに。


 あの言葉をくれたあなたは、一体、どこへ行ってしまったの?


「……私が、他の誰かのものになっても、良いというのね?」


 問いかける私を前に、ジェヒョンは俯いた。


 そして、ゆっくりと顔を上げ、私を睨むように見つめた。


――やはり、彼は私を憎んでいる。


 そうに違いない。


 だって……彼は――


「ヘヨン様!陛下がお呼びでございます」


 女官長ユナの声が、張り詰めた空気を切り裂いた。


 私は何も言えないまま、ただその場を離れるしかなかった。


 胸の奥に残ったままの、答えのない問いを抱えながら。

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