なんにでもなれる

天萌 愛猫

……という言葉から紐解く卵についての雑文

『グロい言葉だ。

 可能性をふんだんに込めて言ったはずのセリフはときに人間の認知をも歪める。

 例えるならそう、卵のようだと形容すべきだ。

 一般的な鶏卵。

 あれらは調理法次第でゆで卵にもなれるしスクランブルエッグにもなれるし卵焼きにもなれるしそのままナマでもいけるし、その他諸々のもっと大掛かりな料理の素材にもなれる。

 とにかく喰われることに特化しているのだ。

 そこまでの利用方法を次々編み出した人間の創意工夫にはもはや帽子を脱ぐしかない。

 ヒトは生まれてきた時点でなにがしかに捕食される吸い取られる消耗させられる生き物であり、自分をガッチリつかんで離さないそいつの正体を見てみればだいたいが同じ種族だというから驚きだ。

 弱い者は強い者により単純に搾取され、逆に強い者はふとした瞬間に石を投げられ血塗れになる。

 この世は地獄だ。

 なんにでもなれる、なんてグロい言葉を鵜呑みにしては絶望する。

 自分だけで立つ、など不可能だ。

 足を引っ張る奴がいて、縋りつく者がいて、手を掴んでくる奴も後ろ髪を引っ張る奴もいる。

 それならばいっそ、自分は有用な『材料』だと割り切って胸を張ったらどうなのか。

 少なくとも使われずに腐ってねばついた糸を引くよりはマシな道程だ。

 そんなことを考えた。』


 ――などと寝オチする前につらつら寝ぼけ眼で書いて放流した駄文は当然鳴かず飛ばずで嫌になる。

 SNSをのぞく。

 立派な羽を持ったいろとりどりな鳥たちの侃々諤々。鳥だけに。

 つまらない冗談を思いついては誰にも言えず真顔になる時間が本当に嫌い。

 壊れたらんを歓迎用設備ごと廃棄する前の時期はみなそう見える。いや、いつもか。

 わたしは割り切れない。

 すべてが。

 ぱっかりと二つに殻を分かつみたく、諦めてしまうこともできない。

 ただ口を開け来もしない餌を待っている、ひな鳥より微妙にたちの悪いかわいげのない存在。

 当たり前だ、逆風に耐えうる強靭な羽も生えてなければ、他人の心を確実に刺す鋭利なくちばしも今はまだふやふや。

 ただ黒歴史をひとつ産み出しただけ。

 誰の糧にもなれやしない成れの果て。

 スマホを布団の上に放り投げ、目をつむる。

 誰かにあっためてもらわないとよちよち歩くこともできないひなだ、わたしは。

 殻をおしりにつけたまま、自分の幼稚さが肥大化した肉に刺さるのも構わずその場にへたり込んでいる。

 懲りもせずスマホを見る。

 新着通知を目にとらえ少し笑った。

「物好きめ」

 センスないよ、と口にしかけたがやめた。

 それは違う。

 あっために来てくれためんどりをはねのけるのは自分だけでなく彼女の心をも壊す行為だ。

 だって自分が腹を痛めたわけでもないものの命を救おうだなんて阿呆なことをするのは、きっとにんげんだけだから。

 しばらく黙り込んで、画面とにらめっこする。

 冬の空気が流れ込む窓の外を見つめに身を起こす。

 どこかにいるのだろう。

 どうせ聞こえはしないけれど。

「センスあるよ、あなた」

 口角を上げ、努めてていねいにつぶやく。

 うじうじするのはもう何回目だろうか。

 そして、そこからまた立ち上がるのも。

 先見の明の持ち主に、するのだ。

 これから、わたし自身が。

 なれるだなんて受動的な言葉じゃ、ただ隅で静かに終わるだけ。

 たとえ生みの親や育てた家族にはビタイチ感謝できなくっても、自分の子をほめてくれた存在にはいくらでも伝えよう。

 ありがとうといつか、クソデカい声で叫んでやるために。

 また歩き出すための体温をくれたことに、わたしは全身全霊で報いるべきなのだ。

 深夜二時。

 未だ寝られず空ももちろん明けず、暗いキッチンにたたずむ冷蔵庫を開ける。

 冷え切った環境で主を待っている消費期限切れの孵化させられなかった命を、念入りに焼き奥まで火を通して夜食にしようと決めた。

 まだ食える。

 まだ、使える。

 まだ、まだ、まだ。

 いつかわたしが死んで、煮るなり焼くなり好きにされて、なんらかの皿に並べられたとき。

 それをおそるおそる頬張ったのちおいしかった、と言ってくれる人がひとりでもいたならば、きっと食材として本望なのだ。

 まだ使える。

 壊れかけだけれど。

 わたしはこう見えて、それほど食えないやつでもない。

 いくら放置されても忘れられても、必ずいつか日の目が……と信じ、今日もこれから夢物語を描こう。

 何度でも。

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