不当に婚約破棄された悪役令嬢、新たな婚約者とともに玉座を狙う

沙沙貴誠/SasakiMakoto

婚約破棄された悪役令嬢は恋心を捨てて復讐に走る

 これはとある一国の公爵令嬢が国をも巻き込む復讐劇である……


「……今、なんとおっしゃいましたか? 」

「だーかーらー! 『婚約破棄』さ。こ・ん・や・く・は・き! 」


 ──ありえない。なぜ私が?


ルクレツィア・デューク・ルメジストは驚きを隠せず紫の髪と真紅の瞳を揺らした。


 「っ、ですから何故……」

「メンサー王太子様ぁ、本当に良いんですか?ルクレツィア様との婚約破棄してしまってぇ…」


階段から降りてくる少女はわざとらしく桃色の髪を揺らして、心配そうな顔をしながらメンサー王太子に近づく。


  ──わざとらしい……何者ですのあの女


「あぁ構わないさフローラ……君と、結ばれることができるならねっ」


キザったらしい金髪と満面の笑みでルクレツィアの婚約者メンサー・アンゲルス・サンクティス王太子はそう言い、フローラを腕で優しく抱き寄せた。


「それに、俺は縛られた恋愛はしたくないんだ。好きでもない女と結婚なんてしたら、人生が無駄になってしまうだろ?」


彼女に囁きかけるように、甘い声で紳士を猿真似したような言葉を話す。


 ──婚約者の目の前でよくそんなことできるわね…メンサー王太子…


「しきたりや運命に縛られないという素敵な意志。とても素敵ですメンサー様! 」


フローラはメンサー王太子のことしか見えていないのか、呑気に笑顔で肯定する。


「……私情で、このようなことを仰るのですか? 」


 ──


婚約者が他の女にうつつを抜かしていて、正直ルクレツィアは怒りを覚えていた。しかし、それを抑えながら静かに尋ねた。


「はぁ? 」


メンサー王太子はあからさまに嫌そうな表情で悪態をつく。しかしルクレツィアは一呼吸を置き、さらに続ける。


「我々の間にある婚約は、私とメンサー様の間で解消できるお話ではありません」


そう、ルクレツィアとメンサーの間に取り決められていた婚約は2人が誕生する前に既に、ルメジスト家とサンクティス王家が決めていたことだ。


「仮に、メンサー様が婚約破棄を今ここで私に突き出したところで、国王陛下と私の父であるルメジスト公爵が良しとするわけがありません。それなのにこのようなことをここで言うのは無駄かと……」


彼女は感情的にならず、淡々と事実を並べた。


 ──ここで、感情的になるのは愚かよルクレツィア、落ち着きなさい。


「確かに……もし、お前のような公爵令嬢ごときが言っても婚約破棄は成立されないだろうなぁ」


しかし、メンサー王太子は嘲るような笑みを浮かべながら次にこう言った。


「しかし、俺は王太子だ、次期国王だ。そんな俺の要望を俺の父とお前の父が反対すると思うか? 」


さらにはルクレツィアに近づき、耳元で呟く。


「もし、俺の要望をルメジスト公爵が通さないと言うのならば、俺にはいくらだって手段があるんだぞ?」


ルクレツィアの真紅の瞳が揺れ、冷や汗をかく。それを落ち着かせるためにもふと、あたりに目をくばると周りには婚約破棄された私を笑う者、メンサー王太子の言動を疑問視するもの、修羅場に遭遇した気まずさのあまり目を逸らすものなど多様な者がいた。


「そうですか……でしたらせめて婚約破棄に関してしっかりとした理由を述べていただきたい。それに……隣りにいる女性を選んだ理由も」


好きな人と結婚したいから……それだけの理由で納得できるほどルクレツィアは愚者じゃなかった。


「ふん。お前はなぜ自分が婚約破棄されたのか理解できないのか?自分のこれまでの行動を振り返ってみてはどうだ!」


『振り返れ』と言われたが、ルクレツィアは婚約破棄されるようなことに思い当たる節が一切ない。それなのに、なにを振り返れば良いのか彼女にはわからなかった……


「まだわからないのか! 自分の愛想のなさ、可愛げのなさを」


メンサー王太子はあたかも自分が正論を言っているかのように振る舞う。が、当然ルクレツィアは理解ができていない。


 ──ちょっと、どう言う意味!!


「愛想や、可愛げのなさですか?」

「あぁそうさ、聡明叡智で常に優秀、一度剣を握らせれば素人なら簡単にのしてしまう……そんな女は魅力的か?」


 ──あぁ、質問をした私が愚かだった


「そんなお前に比べフローラは俺を頼ってくれるし、一番にしてくれる。どこかの負けず嫌いでわがままな公爵令嬢とは大違いだな! 」

「もぉ! そんな言い方はしないでください……私は、メンサー様に守っていただかなくてはならないか弱い人間なだけですから……」


 この言葉を聞いた瞬間、ルクレツィアはようやく諦めることができた。


 ──私に、元から興味などなかったのね……


「……そうですか……ならば、私は潔く身を引きましょう」

「は? え? ……」


メンサー王太子の驚きに目もくれず、ドレスの裾を広げ、一礼をし、扉の方まで丁寧に、向かう。そして最後、扉に背を向け、


「末永く、お二人でお幸せに……それでは、ごきげんよう」


その言葉だけ言い残して、ルクレツィアはパーティー会場を後にした……

最後に見たメンサー王太子の顔は、私があまりにも潔く身を引くものだから、「こんなにすぐに諦めるのか?」と言わんばかりのみっともなく口を開いた驚愕の顔だった。


 ルクレツィアは、自家用馬車に乗り込み、自宅へと向かった……

先程はまではあのように冷静に振る舞ったが、彼女の頭には『自分のこれまでの行動を振り返ってみてはどうだ! 』とメンサー王太子に言われた言葉が残り続ける。

ルクレツィアは馬車の中で目をつむり、これまでの人生を振り返ってみた……


ルクレツィアがメンサー王太子に初めてお会いしたのは5歳の頃。

ルメジスト家が主催したパーティーで、父に「メンサー王太子様に挨拶をしてきなさい」と言われたのがきっかけだった。


「はじめまして、メンサー王太子様。私は、ルクレツィア・デューク・ルメジストです」


深々とお辞儀をしながら挨拶をする。きっと、相手も同じように返してくれるものだと、この時の彼女は思っていた。しかし、


「ふん、こんな地味そうなやつと結婚するのかよ、最悪〜」


王家特有の黄玉の瞳でルクレツィアを睨み、口をとがらせ、腕を組みながら堂々とメンサー王太子はそのようなことを口にしたのだ。


「お坊ちゃま!婚約者様になんとことを……」

「うるさい! だったらこんなやつとの婚約なんて破棄してよ! 俺の名誉に関わるね! 」


執事の人が注意しようとしたがメンサー王太子が怒鳴ったことにより黙り込んでしまった。


「なんだと、メンサー王太子ぃ! 俺の妹になんてことを言うんだ! 」


この頃からすでにルクレツィアのことが大好きでたまらなかったルクレツィアの兄、ロレンツォ・デューク・ルメジストがメンサー王太子の言葉を聞きつけ憤慨してメンサー王太子に対して怒ったが


「なんだよ、公爵令息のくせに、年上だからって俺に偉そうにしてんじゃねーよ! べーっ! 」

「なっ、なんだとぉ〜!! 」

「おにいさまやめて! 私、気にしてないわ! 」


ルクレツィアが止めようとしたがその後、ロレンツォとメンサー王太子がつかみ合い殴り合いの喧嘩してしまい、パーティーはそのまま中止になってしまった…… 


その出来事から10年後、15歳になり、ルクレツィアは学園に通うようになった。

彼女は同級の下級令嬢や中流階級出身の乙女たちから『ルクレツィア様よ! 』と黄色い悲鳴を挙げられるくらい、美しくて人気な公爵令嬢に成長していた。


「ルクレツィア様、この間の歴史のテストで満点を取っておりましたよね? 」

「流石ですわルクレツィア様〜!!」

「そんなことないわ……でも、ありがとう」


当然、このように女生徒が持ち上げる声は本人だけではなく、それを良しとしないものにも届くほどだった。


「…ッチ」


教室や廊下の隅で舌打ちをするのはいつもメンサー王太子だった。もちろんこれをルクレツィアは知っていた。


こうして振り返ってみると、ルクレツィアは常にメンサー王太子から嫌われていた。もちろん、彼女だって好かれる努力を怠ったわけじゃない。むしろ、好いてもらおうと自ら努力していたぐらいだ……


「メンサー様」

「なんだ。要件なら早く言え」

「こちらのクッキー、試しに手作りしてみましたの」


ルクレツィアは優しく、少し愛嬌も感じさせる佇まいでメンサー王太子にクッキーの入った籠を渡そうとする。しかし、


「誰が食うかよ。手作りのクッキーなんて」

籠ごと払い除けられ、クッキーは床に散らばった。

慌てて拾おうとしたが手が止まった。


「ふんっ……」


メンサー王太子は無情にもルクレツィアを無視し、そのままどこかへ行ってしまった。


結局、ルクレツィアのすることは全てメンサー王太子に対しては無駄に終わってしまったのだった。


目を開き過去から今へ戻って来る。


「何を、していたのかしら……私」


目尻から、透明な雫が溢れ落ちる。


 ──自分を好いてくれない人に人生を費やして、馬鹿じゃない。


 ──自分が愛しているからって相手が必ずしも愛してくれるわけないのに……


施された化粧が涙によってボロボロと剥がれ、崩れ落ちる……


ルクレツィアは嗚咽を出すほど泣いた。こんなことは今日が初めてだった……


「ルクレツィア!! 」

「ただいま戻りましたわ。ロレンツォお兄様……」


ルクレツィアが帰宅して早々、ロレンツォに抱きしめられた。


「お兄様……」

「なぜ、お前が泣いている……いや、泣かねばならない」

「……お兄様はいつも私の心配をしてくださるのですね」


その言葉を境に更に強く抱きしめられる。最愛の妹が化粧を崩して帰ってきたりしたら抱きしめたくなるのかもしれない…


「当たり前だろ……ルクレツィアは俺がこの世でいちばん大事な妹なのだから」


ロレンツォからの抱擁が解かれる。


「今日はもう、風呂に入って寝なさい。何があったかは話さなくていいから……」

そう言い、ルクレツィアの頭を撫でた……



 その後ルクレツィアは身体を洗い終え、柔らかいベッドに顔から突っ込む。


「……私は、ルメジスト家の恥なのかしら……」

「家の力をより強固なものにするために結ばれた婚約なのに、それを破棄されてしまうなんて……」


そんな言葉ばかりがルクレツィアの頭の中に浮かぶ。


「これから、どのように生きればいいのかわからなくなってしまったわ……」


センチメンタルな気分になり肌触り滑らかな布団の上で右往左往ならぬ右転左転する。

しかし、言葉とは裏腹に段々恋心や「好かれたい」という気持ちで隠してきた今までのメンサー王太子からされてきた仕打ちに腸が煮えくり返る……


「なんか…馬鹿みたいね……本当に……全てが馬鹿みたい」


ルクレツィアはベッドから起き上がり、今までの怒りを全てぶち撒けた。


「許さない……絶対に許さない! 」


ルクレツィアは今まで出したことなかった怒りの叫びが広い部屋の中で響かせる。


「無碍にされ、蔑ろにされ、許せるわけ無いだろ! 今まで我慢してきた私が本当にバカで仕方ない。いや本当に、私は大馬鹿者だ! 」


そう叫ぶような声を荒げながら机の棚から紙とペンを取り出すし、力を込めてペンにインクを染み込ませる。


「メンサー王太子……絶対に玉座から引きずり降ろしてやる……その日まで、呑気にあの女とよろしくやっているが良いわ! 」


月が正中に来る深夜、屋敷に広がる少女の笑い声。

後に国家の政局までひっくり返すこの物語はルクレツィア・デューク・ルメジストの王太子、メンサー・アンゲルス・サンクティスへの復讐の気持ちから始まった……


 ──彼を憎んでいる。

けれど、それだけで玉座を奪う資格が私にあるのか。

……そんな問いは、とっくに捨てた。

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