ゴールの誓い

健康な人

ゴールの誓い


 一人の騎士が辿り着いたその港は、聞いていた以上にずっとずっと大きかった。


 小高い丘から町を望めば、厚く巨大な石の防壁がぐるりと町を囲っている。

 海からの侵攻を防ぐ港であり、同時に船を出す交通の要所でもある巨大な拠点。


 —―港湾拠点カイサリア。それが、この町の名前であった。


「あんた、珍しい格好してるな。どっかの騎士団にでも居たのかい?」


 陽気な守衛と短く言葉を交わしながら、ゴールと名乗った騎士はカイサリアに足を踏み入れていた。


 奇異な視線こそないがゴツイ見た目のゴールの進行方向では、少なくない人の流れが自然と別れていた。


 その様子を全く気にしないゴールは、足早にとある薬屋を目指していた。

 病気の主を救えるかもしれない霊薬がここで取り扱っているのだと、人伝に聞いたから。

 一縷の望みで足を運んだその店は、町の外縁に近い位置で日の光を受けて静かに佇んでいる。


「いらっしゃいま……せ?」


 呼び鈴のない扉を開けて、重さで床を軋ませながら入店する巨躯。

 その姿に、店番を任されていた、少しだけ大人びた美しさを持つ少女が笑顔を向けていた。しかしカイサリアではめったに見ない客の風貌を前にして、彼女の笑顔は固まり、疑問の響きが言葉尻にしっかりと乗る。


「……はい? 霊薬を探している?」


 威圧されたようなような雰囲気に吞まれて固まっていた少女は、しかしゴールからの疑問を受けて動き出した。

 小首をかしげるような幼い仕草と、知識を動員して真剣な表情を浮かべるその顔が、ゴールに彼女の雰囲気を「お姉さんのような少女」とでも呼ぶべき印象に固定した。

 勿論、本当に少女が彼よりも年上という意味ではないのだが。


「……えーっと、…… すみません、確認するの少し待ってくださいね」


 そうして少女は、カウンターに立て掛けられている一冊の冊子を手に取った。

 目次らしき最初の項目をさらりと流し見し、そのままぺらぺらと冊子を捲っていく。


「ああ、ありました。多分これのことですよね?」


 —―開かれた冊子に載っているのは、【神の酒】と書かれた霊薬だった。


 簡易的なものだが、効果も記載されている。

 痛みを和らげる。体調を万全の状態に戻す。


 ゴールが求めていたその効能に、彼は確かに興奮していた。

 しかしそんなゴールとは対照的に、「うーん」と首をひねる少女の反応は思わしくない。冷めているというよりは、単純に彼の言うことに疑問を覚えているようだった。


「うーん…… でもこの霊薬、病を治すような物じゃなかった筈で…… 戦闘の時の切り札と言いますか、最後に無理をするための霊薬と言いますか……」


 ちらり、ちらり、と少女の視線がゴールに刺さる。

 はっきりと否定こそしないものの、彼女の視線の動きは明らかに「多分思ってるものと違いますよ」といった意味が込めらている。


「騎士さん、その霊薬はあんたが言うような万能薬じゃないよ。一言で言えばただの痛み止めさ。キーラ、お前もハッキリ言いなよ」


 そして、そんな少女――キーラというらしい——に注意を促したのは、店の奥からやってきた店主であった。

 少女の母親なのか、それとも師匠なのか。

 関係性は分からないものの、面影があると言い張られると、その様にも見える雰囲気は確かに感じられる。

 そして彼女の場合は、キッパリと伝えることがためになるのだと思っての行動で、悪気のようなものがある訳ではないことは伝わってくる。


「……すみません、随分と喜んでいたので、言い出せず」

「そう言うことだ。悪いけど、不治の病を治すなんて薬も霊薬も置いてないよ。他を当たってくんな」


 申し訳なさそうに頭を下げるキーラに、騎士は感謝を伝えてから質問を投げた。


「……【神の酒】の濃度を上げるとどうなるのか、ですか?」


 思いつきもしなかった、とばかりにキーラの表情は驚きに染まった。

 彼女は助けを求めるように店主の方に視線をやるが、店主は我関せずといった感じにカウンターに腰を下ろす。

 これはお前の仕事だぞと、態度が如実に物語っていた。


「ええっと…… はい、まあ。予想でしかありませんけど、効能が強力になる可能性はあります」

「口出すつもりはなかったけど、効果が強力になる保証なんてないからね?」


 キーラはやや希望的に。

 店主は明らかに現実的に。

 二人はそれぞれにそんな雰囲気で、ゴールの問いに答えていた。


「どうやって作るのか? えっと…… この蜜が、一番入手が難しいと思います。森の中に咲いているんですけど、見かける頻度がかなり少ないですね」


 ゴールは少女に感謝の言葉を告げて、薬屋を後にした。

 ぎぃ、っとしまった扉の向こう側からは、少女と店主が何かしらのやり取りをしていることが漏れている。

 おそらく少女は店主に窘められて、少女は何かしらの反論があるのだろう。


 —―言い分としての利は、店主にあるのだろう。


 しかしゴールは少女の方に感謝をしながら、すぐに森の中に足を踏み入れた。

 故郷とは違った湿った森の空気で鎧が冷たくなるのを肌に感じながら、腰から二振りの短剣を引き抜いた。


 チリチリと赤熱する鎧と二本の剣が、一人の騎士が戦闘状態に切り替わったことを物語る。


 そうして、暫くしてカイサリアには噂が立つ。


 恐ろしく強い騎士が、港にやって来たのだと——




  ◇




「今日も、森に入るんですか?」


 森の中の小さな村で休憩を取るゴールとキーラは、この数日で顔なじみになっていた。


 なんでも少女が求める薬草が、森にはいくつも生えているらしい。

 この村は森を巡るために良い立地をしているらしく、キーラもちょくちょく立ち寄っているようなのだ。その理由が森で神の酒の素材を求めるゴールと似ている所為か、顔を合わせる機会も随分と増えた。


 最初こそ、ここに居たんですか、とばかりに少しだけ驚いていた感じだが、数日の付き合いでその表情には呆れが浮かぶようになっていた。


「いい加減、休んだらどうですか? あの蜜、急いだからって取れる量が増えるものじゃない筈ですけど」


 しかしキーラの呆れの裏には、後悔のような感情が息づいているのを、ゴールは感じ取っていた。


 そして、それを少女も自覚しているのだろう。

 ゴールの返事を聞くたびに、彼女は苦虫を噛み潰したように眉根を寄せる。


 彼と彼女は、日ごとに似たようなやり取りを繰り返していた。

 そして、今日も同じ結末だ。

 少女は最後にはいつものように、「教えるんじゃありませんでした!」と、肩を怒らせながら去って行く。その背にゴールは、気を付けると謝りながら小さく手を振る。


「心配してくれてるじゃないか。言う通りにしなくても良いのか?」


 連日連夜の連戦で、ゴールの体よりも先に武器が悲鳴を上げていた。

 それの整備を頼んだ鍛冶屋の親方は、武器を見るなり快諾してくれ、今ではすっかり顔なじみである。

 苦笑する様な表情をしているが、俺もキーラと同じことを考えてるぞ、とばかりに鋭い視線がゴールを射抜いている。


「主の容体が心配? はぁ…… まあ、そりゃそうだろうけどよ。その主も、お前さんが危険を冒すのは喜ばないんじゃないかね?」


 そう言いながら親方は、「まあ月並みなことしか言えんが」と、何かを誤魔化すように言葉を続けた。


 彼の言葉に、ゴールは何も返さない。

 言葉を曲げず動かないゴールの姿を見ながら、親方は大きく息を吐く。呆れと、納得と、何故か同情も混じっている。責めるような視線ではあるが、それは命知らずを窘めるような物とは違って見えた。


「ならまあ、とりあえず明日だけでも休んどけ。慣れない素材のメンテだから、一日はかかる。その間に、お前さんも調子を戻しとけ」


 その言葉に、ゴールは静かに頷いた。

 しかしその背に、念を押すような言葉が続く。


「最近は機械生命体アーティファクト・クリーチャーもよく見かける。何かあったら頼むことになるんだから、本当に無茶をするなよ」


 この親父は、ゴールの機微をよく理解していた。

 お前が頼りだと、そう言われると、断れない。


 だからゴールは、短く答えた。


 —―手の延長とも言える武器がないのだから、軽くにしておく、と。


 同時に心の中でひっそりと、今日の探索は村の近くの湖までにしておこうと、付け加えながら。




  ◇




 木々が鬱蒼と生い茂った森の奥。

 鎧を纏った一人の騎士が、がしゃりという重たい音と共に片膝をついた。


 警戒しながら周囲を見渡す騎士の周りには、幾つもの残骸が転がっている。


 融解しながらバラバラにされた、無数に転がる機械部品。

 残骸からは真っ黒な血液のような油が漏れ出して、躯体を侵食する炎がチラチラと油に燃え移って黒い煤を吐き出していた。


 ――そんな残骸をガシャリと踏み砕きながら、巨大な影が森の奥から姿を現す。


 二本の足で立つ恐竜とでも形容すべき、異質な巨躯が騎士を見下ろす。

 皮膚の代わりに全身を覆うのは、金属特有の光沢を放つ不気味な外殻。そして筋肉の代わりに編み込まれた無数のケーブルが、鉛色の間接を力強く駆動させていた。


 そして、変化はそれだけではない。

 踏み砕いた機械の残骸の一部が、まるで吸い上げられるように、ゆっくりと機械の怪物の外殻に取り込まれる。

 破損していた箇所が修復されて、鋼の魔獣の外殻はより分厚く堅牢になる。新生したような鉛色の輝きを取り戻した。


 —―構図はまるで、人と重機のような対比だった。


 片膝を付きながら異形の怪物を見上げる騎士と、それを見下ろす鋼の魔獣。

 しかしその実、力関係は逆らしい。


 片膝を付きながらも今にも飛びかからんと僅かな前傾姿勢を取る騎士は、手負いの獣のような獰猛さで隙を窺っている。


 対して機械の怪物は、明らかに騎士を警戒していた。

 頭を下げて背負っている砲身を騎士に向けている攻撃的な姿勢に見えるが、一定以上の距離を近づこうともしないし、その砲身が何かしらの動きを見せる事もない。


 ――それもその筈だ。


 再生に目を取られるが……よく見ると、怪物の外殻の内側は確かに「破壊」されている。

 外観こそは十全であるが、その実、この機械の怪物が「どこまで全力に近い」のかが全く持って分からない。


 ――故に騎士は、じっと隙を伺うのだ。

 怪物がどの程度動けるのかを理解できた瞬間に食いついてやろうと、静かに力を溜めている。


 ――故に怪物は、動けないでいる。

 この騎士は、間違いなく死にかけている。同時に、己を殺し得る。蓋を開けなければ、結果は見えない。


 怪物に似た威容の小さな取り巻きたちも警戒する様に騎士を取り囲んでいるが、やはり一定以上の距離には近寄らない。

 睨み合う両者は動けずにいるが、少なくとも取り巻きたちの答えはそれだった。


 ――果たして、どれだけそうしていたのか。


 騎士は飛びかかることなく、機械の怪物も何かをする訳でもなく。

 やがて機械の怪物の方が、じりじりと下がる様に森の中に静かに消えた。

 取り巻きたちも、それに続く。


 残されたのは、砕け散った幾つかの残骸と、膝を付いた一人の騎士だけ。


 空気を重たくするような緊張感は既に朝の空気の中に溶けて消えてしまい、木陰を気持ちの良い避難所に変える陽射しだけが森の中をチラチラと照らす。


 —―彼の足元には、白く小さな花が、踏み潰されることなく咲いて。


 ごぶりっ、と吐き出された赤色が白い花を汚した。


 騎士が探し求めていた白色が、見えなくなってしまう。


 欲しかった琥珀色の美しい蜜の代わりに、黒く染まり始めたドロッとした雫がぽたりぽたりと地面に零れる。


 一見すると、騎士が身に纏った鎧は無傷のように見えた。

 しかしよく観察すると、その足元には赤い染みがゆっくりと広がっていた。

 機械の油のような色に濁ったそれが、一つの命の終わりを静かに予感させる。


 —―朦朧とする意識の中、騎士は再び立ち上がった。


 しっかりと、二本の足で大地に立つ。

 現在地も分からないままに、しかし彼は使命感だけで歩き出した。


 ――約束を…… あの、白い花を……


 強い眠気のように、騎士の意識がぼんやりとし始めていた。

 断片的な思いが溢れ、同時にパズルを崩すように、浮かんだ思いが単語になる。


 ――彼女との…… あの、約束を……


 それは、最後の力を振り絞る様に。

 燃え尽きる前の蠟燭が、少しだけ火の勢いを増すように。


 静かな森の中にがしゃり、がしゃり…… と響く音の間隔が、徐々に離れていく。

 しかし、歩みは止まらない。

 それどころか、止まりかけていた騎士の歩みが、一定の速度で固定された。


 —―がしゃり、がしゃり、と。


 人が歩くよりも、少しだけ遅い、そんな速度で。

 白かった花から、音と騎士が遠ざかっていく。


 白い花はまるで誰かの代わりに膝を折る様に、その蕾をかくんと地面に向けた。

 そうして赤色に染まった重みで涙を流すように、誰も居なくなった地面に琥珀色の蜜をこぼす。


 —―ぽたり、ぽたり、と。


 鎧の軋みは、もう聞こえない。

 蜜を溢す花の動きは、今は誰にも見られない。


 —―一人の騎士の結末は、ここで終わる。

 ――そしてゴールの結末は、ここにはなかった。


 もう聞こえぬその歩みは、まだ見ぬ未来へ続いている。

 それはこの森で、一人の少女が白い花の蜜を集めたその時に結末を見る。


 「ゴールの蜜」と呼ばれることになる、その花に関わる霊薬の結末を——


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