人魚が死後にのこすもの
ヒノクレ
第零話 プロローグ
銃声が、夜空を貫いた。一発、二発、三発。ぽつぽつと星が灯るだけの黒い空に轟く。
残響の中、静かに、何かを斬る音がする。湿った重い質量のものを、一刀両断する音。
肉が、切断される。
しばらく静寂が漂った。押しては返す波が、控えめに音を奏でる。
「殺った?」
男の声が弾んだ。出会い頭に挨拶するくらいの、軽いノリだ。乾いた砂浜を踏む足音もする。
「ああ。終わった。今日の分はな」
別の男の声がした。今度は先ほどより、いくらか硬い響きだ。しかしそれも、路頭で立ち話をするのと変わらない声色。
「今日は三体かー。なかなかなもんだなぁ」
「感心してないで作業を手伝え。でないと狩りが無駄になるぞ」
「はいはぁい。っていうか、お嬢は? さっきまで一緒にいただろ」
「お嬢なら帰った」
「はぁ? 相変わらず自由だな」
「お嬢はまだ高校生だ。明日も平日。学校があるんだろう」
「ほとんど行ってないらしいじゃねぇか」
「明日は行くべき日かもしれない。……一、二、三。よし、これで全部だな。あとは……」
「あとは、棄てる作業だな」
「ああ。俺は頭の方を持つ。お前は反対を持て」
「は? 嫌だよ。汚れるし。というか、このくらい持てよ」
「はぁ……お前みたいなサボり魔とは違って俺は疲れているんだ」
「サボってねぇし! ……はいはい。手伝いますよ。非力なお前のために」
せーの、という掛け声のあと、二人分の足音が海に近づく。波打ち際では、水分のある砂がベチョベチョと鳴った。そして、水に何かを落とす音。バシャン。
「これが一体目な。あとは……あそこか」
再び同じことを繰り返す。バシャン。
「これで二体目。あとは……。ん? どこだ?」
「見当たらないな。お前、どこで仕留めた?」
「そう離れてないはずだが……いや、まずいな、これは」
「まずい……けど、自分から海にかえったんじゃねぇの? ほら、たまに聞くじゃん」
「なぜお前はこうも楽観的なんだ……。もしどこかに残っていたら、俺たちクビだぞ」
「そうだけどさ……。本当に見つかんねぇし。きっと朝になっても出てこねぇよ」
「そうか?」
「そう。だから帰ろう。報告書には、ちゃんと三体殺ったって書いておこうぜ」
「はぁ。明日のニュースが怖い」
「そんなに怯えるなって! な?」
男たちが何かを投げ入れた海が、泡立ち、オーロラ色に光る。淡い水色とピンクと白が、複雑に混じり合った色の光。黒い海をほのかに輝かせていた。
それは男たちの姿を闇に浮かばせた。黒いワイシャツの胸ポケットには、深い紅色のハンカチが入っていた。
ジャグジーのような泡の光は、ほんの数秒で消えてしまう。彼らは海面が、静かな黒々としたものに戻ったのを確認すると、海を離れていく。
〝死体は海に棄てましょう〟
彼らの組織の掟だ。
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