第13話 大切なこと
佐々木さんの訪問を始めて、二ヶ月が経った。
和子さんは、相変わらず私のことを毎回忘れる。
でも、私はもう、それを悲しいとは思わなくなった。
大切なのは、今、この瞬間。
和子さんが笑顔でいること。
楽しいと感じること。
ある日、和子さんが突然、泣き出した。
「どうしたんですか」
「わからないの。なんで泣いてるのか」
和子さんは、涙を流しながら困惑している。
真由美さんが慌てて駆け寄る。
「お母さん、大丈夫」
「わからないのよ。悲しいの。でも、なんで悲しいのかわからない」
私は、どうしていいかわからなかった。
でも、和子さんの手を握った。
「大丈夫ですよ」
ただ、そう言って、手を握る。
和子さんは、しばらく泣いていた。
でも、徐々に落ち着いてきた。
「ごめんなさいね」
「いえ」
「なんだか、急に悲しくなっちゃって」
和子さんは、涙を拭いた。
真由美さんが、小声で言った。
「時々、こうなるんです。理由もわからず、泣いたり、怒ったり」
「そうなんですね」
「認知症の症状だって、お医者さんに言われて」
私は、頷いた。
和子さんは、私の手を握ったまま、言った。
「あなた、優しいわね」
「ありがとうございます」
「誰だか知らないけど、優しい」
和子さんは、笑った。
さっきまで泣いていたのに。
これが、認知症なんだ。
感情が不安定になる。
でも、優しさには反応する。
私は、和子さんの手を握り返した。
「また来ますね」
「ええ、待ってるわ」
和子さんは、すぐに私のことを忘れるだろう。
でも、それでいい。
大切なのは、今、和子さんが安心していること。
笑顔でいること。
それが、私にできることだ。
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