第2話
鯉の餌やり体験の後、こよりちゃんと別れ、おれたちは倉庫へ向かった。
広い庭を抜けて、縁側を歩き、ここはどこなんだ? と言える廊下を進んでいくと……、まるで道場のような入口の、倉庫に辿り着いた。
道場を倉庫にしただけで、ここは道場なのでは?
倉庫にしてはでかい。
思ったことが口に出ていたようで、「大きいと思うよ」と、舞衣。
襖ではない引き戸を開け、倉庫の中へ。
「おじいちゃんの私物やら……昔からのあれこれが押し込められてるからね。……けほっ。あんまり物色しない方がいいよ、開けたらダメな貴重品とか、傷が少しでもついたら値が下がる骨董品とかあるだろうし。壺とか、割ったら弁償一億円、なんて国宝もあるかもしれないね」
「じゃあそんなもんここに置いておくなよ……けほ。ほこりを被らせておくようなものじゃないだろ……」
明かりがないので薄暗く、差し込んだ光で分かるが、ほこりが多い。
あっという間に大量のほこりが舞ってしまった。
おれたちは慌てて手で口を押える……マスクしてくればよかったな。
というか、おれたちは掃除をするのになんの準備もしていなかった。
準備不足どころじゃない……丸腰だ。掃除をなめてるな……。
だって掃除するって言うから舞衣が用意してると思うじゃん!?
それにしても……かなりの期間、掃除されていなかったことが分かる。
一年放置……以上かもな。
「……舞衣が放置したから……」
「違うって! 元々ほこりが溜まりやすいとこなの! でも、ここまで汚れるのも珍しい……おかしいって言うか……おばあちゃんも掃除しなかったのかな。だって、大掃除でこそないけど、普段も掃除してると思うんだけど……」
「ま、ばあちゃんもサボったんだろ、そういうことあるって。……おれたちで掃除しちまおうぜ。掃除……するには、まずは整理整頓だな。じゃないと掃除もできないし。どうする? 一旦、荷物をぜんぶ外に出すか?」
敷地が広いとこういう時に便利だ。中身をぜんぶ出して後で入れ直すことができる。部屋が狭いとこういうことはできないのだ。
「…………部活いってくる」
「待てこら。ここまできておいて、逃げられると思うなよ?」
「だ、だって……っ! やっぱりめんどくさくなったし部活したいし!!」
「気持ちは分かるけどさ……今日で全部やっちまおう。おれも手伝うからさ……な? 後回しにするとどんどんめんどくさくなるんだよ、こういうのって。ふたりで今日やっちまった方が絶対にいいんだ――ほら、やろうぜ」
肩を叩き、優しくしたつもりだったけど……。
「あ! これってぜんぶ居候の仕事じゃない!? ……そうだよ、四十日もうちにいるんだから掃除くらいひとりでするべきだよね、当然じゃん!!」
「当然じゃないわ! いや、全部を否定はしないけど――って、逃げんな!!」
全力疾走するために駆け出した舞衣を掴む。
そのせいで、踏ん張りが足らずに舞衣に引っ張られ、足がもつれる――
「うわっ!?」
舞衣に引かれ、舞衣もおれに引かれて……。
近くのダンボールを崩すように、おれたちは倒れてしまう。
ほこりを少し食べてしまい、ぺっぺっ、と吐き出したところで、目が合った。
「あ」
仰向けで倒れる舞衣と――覆い被さるおれだった。
倒れただけだが、構図的にはおれが舞衣を押し倒したみたいで――
「…………ひっ」
「……ごめん、怖いよな、そりゃ……」
「べ、べべ、別にっ!?」
「怯えが顔に出てんぶほぉ!?!?」
「ぎゃーっっ!?!?」
頭上から衝撃があり、脳が激しく揺れた。
一瞬、意識が朦朧として舞衣に全身を委ねた……気がしたけど、すぐに復帰する。
鼻頭に柔らかいものが当たった気がするけど……
舞衣も気にした様子もないので、おれの勘違いか……?
う……まだ星が散ってるな……。
どうやら、おれの後頭部に当たったのは宝箱のような木箱だったらしい。工具箱程度の大きさで、これを受けたと思うと心配になるな……頭蓋骨にひびとか入っていないといいけど……。
「なんだ、これ……」
「これが落ちてきたの? でも、上は吹き抜けで……、あるのは天井なんだけど」
そのため、棚の上から落ちたわけではない。けど、物が多くごちゃついている部屋だ。滑って、物の上をジャンプ台のようにして飛んでおれの後頭部に――という可能性だってあるだろう。ないか? でも実際にこうして落ちてきてるしな……。
そんな奇跡もあるかもしれない。
「箱……なんだろこれ」
「あっ、開けちゃダメだってば。おじいちゃんの大事なものだろうし」
「でもさ、今の衝撃で、これ、欠けたから蓋が勝手に――」
「ちょっと! だから開けるなって、」
「あ、舞衣――」
舞衣が箱を奪い取る。その時、締まりが緩かった蓋をしっかりと掴まずに取ってしまったから、勢い余って蓋が飛んでいった。
すると、風が吹いていないのに中身が外に出ていってしまう。
『あ』
ばさばさばさばさッッ!?!? と、白い札? が、宙を舞う。
『あぁあっっ!?!?』
白い札が渦を巻くように倉庫内を飛び回り――そして不穏な空気が流れた。
淀んだ黒っぽい空気が、倉庫内を満たしていく感覚……そして――
ぼんっ、と、札の数枚が爆発した。
「うわ!?」
爆発、だけど、小さいものだ。爆竹のようなものだろう。
それでも爆発だ。近くにいた舞衣が爆発に驚いて床に倒れた。
「舞衣っ、大丈夫か!?」
足下から上がってきていた黒い
「うん、だいじょぶ、だけど……っ、悟! それ破いて、すぐに!!」
「この札か!? でも、いいのかよ、大事なものなんじゃ……」
「いいから早く! じゃないとまた爆発するの!!」
舞衣がそう言うなら、動かないわけにもいかない。
手元に張り付いていた白い札を勢いよく破る。
綺麗に二分割――びりり、という音が、舞衣にも伝わっただろう。
「舞衣っ、破いたぞ、これどうすればいい!?」
「え、や――破いたの!? なんで破いてるのよ!?」
「は? だってお前が破けって言ったんじゃないか!」
「あたしっ、なんにも言ってないんだけど!?」
言ってない? でも確かに舞衣の声だった……でも。
確かに黒い靄で、舞衣が言った、とは、直接この目で見ていないわけだ。
じゃあ、あの声は、誰だったんだ……?
「オレだ」
黒い靄が晴れた時、すぐ近くの
長く、背中を覆うくらいに多いブロンズの髪。
肉食獣の毛皮を羽織った、座っていても分かる長身。
赤い棒を肩に担ぎ、草履を履いた風来坊のような……古風な雰囲気だった。
まるで侍にも思えた。
髪で目元が見えない、無精ひげを生やした中年らしき人物――だ。
「ふぃー、っと、助かったぜ、サトル、オマエのおかげで外に出られた」
「…………誰だよ、あんた」
「岩戸の山猿」
岩戸……?
「岩ん中で封印されたまま力尽きた
「え、うそ……まさか、…………そん、ごくう……?」
と、舞衣。
そんごくうって、あの?
――孫悟空、なのか……?
「……孫悟空って、あの孫悟空……?」
「違う、そっちじゃないよ」
「そうなのか……って、なんで分かったんだよ」
「顔に描いてあるもん。都会っ子は孫悟空と言えば違うものを思い浮かべるだろうって分かってるしね」
確かに、思い浮かべたのは人気漫画の方だけどさ。
しかし、実際、孫悟空は孫悟空でも、おれがまず浮かべたのはキャラの元となった方だ。
またの名を
西へ目指す物語の主人公――のはず。
……あれ? でも目の前の男は孫悟空だけど、封印されたまま死んだ、と言ったよな? ということは、三蔵法師に助けられたわけじゃ、ない……?
岩の中で一生を終えた、ってことだよな?
「事実、オレはそうだった。……そっちの知識は知らねえよ。なんで事実が妄想に合わせなくちゃならねえ――遥か昔のことだろうが。どっちでもいいんだよ」
「それもそっか……あれって史実じゃなくて、物語なんだもんな……」
「ああ、そういうこったぁ――よッ!!」
その時、男が動いた。
担いでいた赤い棒が一瞬で伸び、倉庫の壁に大穴を開けた。
「――! それ、如意棒か!?」
「だぜ。いいだろ、貸してやんねえけど」
「まさか、筋斗雲もあるのか!?」
「ウキキ、乗っていくかい、クソガキ」
「……なんでちょっと仲良くなりかけてるの……?」
男同士のシンパシー、だろうな。
――倉庫に空いた大穴から、風が吹き込んでくる……そして、Uターンした風は倉庫の中のものを巻き込んで外へ出ていく――つまり。
悟空を封印していたような白い札をも巻き込んで、だ。
紙吹雪のように大量の白い札が、倉庫の外へ――――
「っ、ダメッ、あの札にはたくさんのっ、」
「
飛んでいく白い札を、できるだけ両手で掴むが、取りこぼしは存在してしまう。
風に乗った白い札が、海の方角へ飛んでいってしまい――
「フラストレーションを溜めた妖怪が、解放された後でなにをするか、想像できちまうからこそ大変だよな」
「ダメっ――本当に、ダメなんだってばっ!!」
…つづく
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