第41話 封じられた過去の再生
座り心地に悪い丸椅子に腰をおろす。気が付かなかったが、膝が震えていた。
何分かの無言の時間が流れていく。
「…………」
本降りになってきた雨の音が薄い屋根に当たる音が響いて、私はハっと目覚めた。
「今の慧の話……どういう事なの?」
ゆっくりと……まるで視線に質量があるように、私は有馬を見つめた。
「…………」
「またダンマリ?」
そう言うと、有馬は言った通りに口を閉じた。
それからまた数分も経った頃……。
「千景……俺がこれから言う事を信じるか信じないかはお前次第だ。無理に納得してもらおうとは思わない」
脚本家らしい、慎重な言葉選びだ。
私は首を縦に振った。
「俺は‥‥昔から舞台監督に憧れていた。上京してから榊原監督の下で演劇の勉強をしてきた。彼は俺の脚本家としての才能を評価してくれた。幾つかの映画を任せてもらえるまでになった頃……お前と、七瀬璃久に会った」
「…………」
「その頃は榊原さんは、映画界での大御所になっていた。彼は俺が監督に決まった《月下の檻》に、七瀬璃久と、お前……藍沢千景をキャスティングした。最初はそれは最もだと思ったが、彼は……彼の目的は……」
有馬は言いにくそうに言葉を区切った。
「……お前たち二人を……自分のものにする事だった」
「え⁉」
「俺は反対した。何とかしようとしたが……榊原は……奴は……誰もいないときを見計らって璃久を襲った。俺がかけつけた時は……もう……」
「…………」
「もし、この事を訴えれば、マスコミは騒ぎ立てるだろう、そうなれば傷つくのは璃久だ」
「だから……黙ってたの?……警察に訴えれば……」
「…………」
有馬は首を振った。
「榊原憲明の影響力は想像以上だ。何を言っても揉み消されてしまうだろう」
「だからって!」
「…………」
私の声に有馬は顔を歪める。
「奴はそれだけにとどまらず、お前にも……」
言葉を続けようとした有馬の喉が、つかえるように動いた。
「俺に、お前を口説けと命じた。“お前が俺の言う通りにすれば、璃久の件は見逃してやる”と……」
その言葉に、体の奥から何か熱いものが込み上げた。怒りとも、悲しみともつかない、複雑な感情だった。
「……最低……っ」
「俺は拒否した。拒否した結果……《月下の檻》からも、他の舞台や映画からも降ろされた。あの頃、突然業界から姿を消したように見えたのは……それが理由だ」
「…………」
思い出した。
あの時、何の前触れもなく、有馬航生の名前がどの舞台からも消えた。
誰もが“気まぐれ”や“スランプ”と言ったけど、本当は‥‥。
「俺は……お前を守ることしかできなかった。何もしてやれなかった」
そう呟いた有馬の目は、深く、どこまでも暗かった。
「…………」
だけど……分からない。
何が本当?
今のは有馬の作り話の可能性だってある。
また私は騙されてるのかもしれない。
分からない。
「千景……お前がそう思うのは当然だ」
有馬は棚の奥から小さなライターのようなものを出してきた。
有馬がスイッチを入れると、微かに「ピッ」という音が鳴り、次の瞬間、古びた音質で録音された男の声が部屋に広がった。
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