第40話 この声を信じたことがある

 私は玄関に目がいく。

 そこには私が履いてきた白のパンプスがある。

 もし慧が気が付いたら……私は彼女の前に出ていくしかない。

 そうなったら……どう声をかけていいのだろうか。

 少なくとも、同じではいられない。

“ふん、相変わらず、面白味のない男ね。今日、わざわざ来たのはね。もっと私の指示に従えって事! 私はあの女の絶望した顔を見たいの! それは榊原さんも同じ! だから私の言葉は榊原さんの言葉と思ってくれないと!”

「…………」

 耳に入ってくる言葉を理解する事が出来ない。

 慧は……私を陥れたい?

 なぜ? 

 それに……榊原さんがどうしてそんな事を?

“自分の立場を理解したら、明日からきちんと言いつけを守る事ね”

 慧は吐き捨てるようにそれだけ言って、玄関の方に歩いていった。

 そこには私の靴がある。

 慧が自分の靴を履くときに下を向く。それでバレる。

“じゃあ、またね、名監督!”

 慧は靴を脱がずに上がっていた。

 あまりなふるまいだったが、それで助かった。



 慧がいなくなっても、しばらくは体を動かす事が出来なかった。

 彼女の言葉の残した衝撃はあまりにも大きい。

 整理しようにも、納得できる糸口が見つけられたない。

「…………」

 私は静かにクローゼットの扉を開けた。

 音に気付いた有馬は、ゆっくりと私の方に顔を向ける。

「聞きたい事が……増えたんだけど……」

「ああ」

 有馬は大きく頷いた。

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