第35話 電車の窓に映る女
稽古場からのアパートへの帰宅途中。
ガタゴトと揺れ続ける電車の窓に顔を映して、自問自答。
今日は曇り空で、日が落ちるのが早かった。
外がいつもより暗くて、自分の表情が良く分かる。
今の私は……どうしようか悩んでる顔。一目で分かる。
……らしくない。
それだけは、分かってる。
慧には相談出来ない。
彼女は私と違って迷いがない。
それに返ってくる返事は分かっている。
《全ては、あの男に一泡吹かせる為にしている事。迷う事は何もないはず》
そう言って呆れ顔になる。
「…………」
いつからだろうか……。
私は慧に引っ張られるように行動している。
気が付けば、舞台で演じる事に夢中になっていた。
「…………」
カーブに差し掛かり、電車が大きく揺れた。
私は窓に押し付けられる。
二つの驚いた顔がくっついた。
真実が……本当の事を知りたい。
それが分かれば、この迷いも吹き飛ぶ。
このままでは前に進めない。
どうすればいい?
誰に聞く事も出来ない。
「…………」
窓鏡の向こうの私を見つめる。
行き過ぎるマンションの灯りが、次々と後ろに遠ざかって行く。
「……そうだった」
人に聞くまでもないのだ。
役者は演じた姿が、演出家は描いた脚本にその真実がある。
舞台とはそういうもの。
考えてみれば、この《月下の檻》の元々の台本を見た事がない。
私に渡されているのは、慧が修正したものだ。
今の月下の檻は、璃久と私が出ていた昔のものとは違う、現在の有馬航生が作った脚本。
それを見れば、少なくとも有馬という人間の心の骨格のようなものが分かるに違いない。
もし……。
「…………ふふ」
向こう側の私が笑った。
それが自分の表情だと、気が付かなかった。
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