第28話 模倣の檻
「……やっぱ、すごいな」
ぽつりと、若手の一人が呟いた。
その言葉を皮切りに、小さな声が稽古場のあちこちで漏れ始める。
「立ち姿だけで、空気変わったよね……」
「千景さんの“言葉”って、本当に届くんだな……」
「あれが“舞台”ってことか……」
囁きにも似たその声たちが、私の背中に突き刺さる。
朝比奈は、もう一度台本を手にした。
今度は、先ほどまでの“空っぽの模倣”ではなかった。
私の芝居をなぞろうとしているのではなく、
そこにある“温度”を、自分の中に取り込もうとしている――そんな気配があった。
「……違う。私は、檻に閉じ込められてなんていない……」
彼女の声が震えていたのは、演技ではなく、緊張だった。
それでも、一言ずつ丁寧に、何かを掘り起こすように言葉を紡ぐ。
まだ未熟。だけど、さっきよりずっと“伝わる”。
稽古場の空気が、もう一度変わった。
誰も彼女を笑わなかった。
私自身も、その懸命さに、どこかで応援したくなる気持ちさえ抱いた。
ただ――
その空気の中に、妙な“ざわつき”が混じっていた。
誰かが何かを、口に出さずに飲み込んでいるような。
舞台スタッフの一人が、有馬の方をちらりと見た。
別の一人が、そっと私の方に視線を寄越す。
空気が、妙に静かだった。
「……朝比奈、前よりは良くなってる。もう一度やってくれ」
有馬がそう言った時、朝比奈は顔を上げ、けれど少しだけ目を伏せた。
「はい……」
短く頷いたその顔には、先ほどのような覇気はなかった。
その時、私はようやく気づいた。
これは、“比較”される立場に立たされた時の顔だ。
有馬の目も、玲奈を見ていなかった。
それからは、重要と思われる場面には、私が前持って演技してみせる事が、ごく自然な流れのように繰り返されるようになった。
「じゃあ藍沢さん、さっきのシーン、もう一度やってもらえますか?」
有馬監督のその言葉に、スタッフたちも頷き、玲奈も表情を変えずに従っている。
あの子の中で、何かが少しずつ削られている。
私の芝居を“参考”にするたびに、彼女は“自分の形”を見失っていっている。
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