第20話 光と影の狭間で
「失礼します」
ドアをノックするとすぐに声が返ってきた。
「わざわざご足労いただいて、恐縮です」
最初に聞こえた声は、想像よりもずっと柔らかかった。
抑揚を抑えた、低く穏やかなトーンだった。
彼は品のあるグレイのスーツを身にまとい、ネクタイの結び目まで一分の隙もない。
全体に無駄がなく、削ぎ落とされた美学を感じさせる佇まい。
しかし、年齢のわりに若々しさを保っていて、背筋もまっすぐ、眼差しは静かに研ぎ澄まされている。
まるで、舞台の裏側から全体を見渡す照明のように、冷静で、光も影も見逃さない目。
髪は白髪混じりのダークグレー。綺麗に整えられてはいるが、妙に形が崩れないのが逆に気になった。
肌には年相応の皺もあるが、不思議と老いを感じさせない。
むしろ『枯れている』という言葉すら似合わない、鋭さを感じる。
「千景さん、相変わらず、華のあるお姿だ」
「私を……ご存じでした?」
「もちろんです。あなたの活躍は毎日、目にしていました。これからの業界を背負って立つものと思っておりました」
「…………」
過去系で語っているあたりが胸に刺さる。
「それがあんな事になるとは……」
「…………」
榊原理事長は事の顛末を知っているようだった、
話が早い。
「今日、伺ったのは、監督の有馬航生の事についてです。彼が今、何処にいるのか、もし心当たりがあればと、思いまして」
「有馬君か……」
私から視線を外して窓に顔を向けた。
「彼は日本にはいない」
「居場所を知っているのですか⁈」
「有馬君は、若手女優とのスキャンダルが報道された日の夜。私の家に来た。そこで話を聞いて、すぐに国外に退避する事を勧めた。私にも具体的にどこに行ったかまでは分からない」
「……よろしければ……何があったかを教えていただきたいのですが」
「あなたには辛い話になるかもしれませんが」
「構いません」
私は首を縦に振った。
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