第13話 決別の第四幕

 二人でダブル主演をしたい‥‥璃久のその願いは《月下の檻》で叶えられる事になった。

 既にいくつかのドラマや、舞台に出ていた璃久は、新人から、期待の新人……として、注目される存在になっていた。

“舞台界の女王”藍沢千景と、“期待の若手”七瀬璃久の共演、さらに“舞台監督の異端児”として名を馳せていた有馬航生の演出という話題性は、マスコミを沸かせ、私たち三人は一躍、時の人になった


『有馬監督といえば、映画界では知らない人はいない異端のヒットメーカーでしたからね〜。あの独特の演出が舞台でどう活きるのか、興味津々です!』

『実は稽古場も取材させていただいたんですが、千景さんの佇まいがもう圧倒的。照明が入ってない稽古場でも、彼女だけが舞台に立ってるって感じでしたよ。さすが舞台の女王!』

『璃久さんもすごく努力家で、稽古が終わったあとも一人でノートと台本と向き合ってる姿、印象的でした。“いつか千景さんを超えたい”って言ってたのも、ちょっと胸に響きましたね』

 

ワイドショーではその進捗状況が逐一放送されるほどだった。



《月下の檻》のリハーサルが始まった日、私は、あの時の璃久の表情を今でも忘れられない。

「ほんとに‥‥本当に、私がこの役をやっていいんでしょうか?」

 台本を胸に抱いたまま、璃久が小声で私に囁いてきた。

「誰が“いい”って言ったか、わかってるでしょ?」

「‥‥有馬監督」

「だったら、自信持ちなさい」

“リハーサル、始めるぞ。千景、璃久。第四場の“決別”から行こう”

 有馬の声が響き、私は舞台中央に立った。

 

=あなたは檻を壊せば自由になれると思ってる。でも、本当に怖いのは、外の世界なのよ=

=それでも……あなたを、出したいんです=

 

璃久の台詞に、稽古場がしんと静まる。

 私が演じる役は、自由を望まない。外の世界に出た途端、信じていたものが崩れることを知っているから。

 この舞台の脚本は、有馬の書き下ろしだった。

 稽古の合間、璃久が私の隣に座って言った。

「この舞台、好きです。すごく、苦しいけど」

「役が?」

「ううん、全部。全部が、どこか現実みたいで」

 そう言いながら璃久はいつものように笑っていた。

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