第12話 届かない手のひら
初めて彼の監督の舞台に立った時、私は彼に自分を見せつけようとしていた。
舞台の女王として格‥‥まわりの役者は大したこともなく、リハーサル後に有馬の前に立った私は、当然、賞賛されると信じて疑わなかった。
だが、結果は違った。
有馬は椅子に座ったまま、私をジロ‥‥と黙って見つめた。
「君は君が演じてる役を理解していない」
「‥‥‥‥」
その言葉はあまりにも衝撃的だった。
「どういう意味です?」
「君はいつでも自分の演技を100%で表現しようとする。だが、君が演じる役はそうではない」
「‥‥‥‥」
言ってる意味が分からなかった。
常に全力で当たる‥‥そうして私は今の地位まで登ってきた。
「君は、美しすぎて“役を壊す”」
その言葉に私は眉をひそめた。
けれど、その直後に彼は静かにこう続けた。
「でも、それを抑えてコントロールできるなら、君の演技は観客を“飲み込む”」
それは、初めて、女優としての私の“外見”ではなく、藍沢千景という“中身”を見てくれた瞬間だった。
彼は本物だった。
俳優の本質を暴き、役に切り裂いては投げ込むような鋭さが。
私は、その目に惹かれた。
有馬航生を愛してしまった。
舞台中に役者に厳しい指摘をしている時の、後ろ姿……。
その後ろから両手を回して抱きしめたい。
いつも着てるセーターの首筋から腕をその中に忍ばせて彼の鼓動を直に感じたい。
叫んでいるような舞台の声で、彼にこの気持ちを伝えたい。
彼が喜ぶ事、悲しむ事……その全てを私で塗りつぶしたい。
際限なく沸き上がる衝動を抑える事が段々と難しくなってくる。
けど彼は既婚者。
噂だと美人の奥さんと、可愛い娘さんがいるとか。
だから私の『愛』を口にする事は出来ない。
私は彼にとっての舞台女優という演技を続けていた。
それは終わる事のない舞台のように。
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