感染症専門医神尾の事件簿 小話集「滝岡総合病院のクリスマス」
高領 つかさ (TSUKASA・T)
「滝岡総合病院のクリスマス」1
「まったく、おまえ、…何をする気かと思ったら」
あきれた顔でいう滝岡に、にっこりと神尾が笑顔で返す。
「ええ、…。前にもお話したかと思いますが、料理を作るのがストレス解消になるんですよ。ですから、今回は、せっかくこちらに良いオーブンもありますから、沢山の方をお呼びして、料理を作りたかったんです」
あきれた顔で滝岡が広く開けた扉の向こうにみえる関の背中にも向けていう。
「よくわからんよ、まったく!お前達のストレス解消になるんだな?これで?大勢人を呼んで料理を作るってのが」
眉を寄せて、一応よばれた人数の為に居間を整えるのを手伝いながら、滝岡がいうのに神尾が笑む。
「勿論です。料理って人数がいると沢山の種類や量が作れるでしょう?それがいいんですよ。普段、作れないものも作れますから」
実に楽しげにいう神尾を、理解不能なものをみる目で滝岡が眺める。
「…―――関も変人だが、おまえもな?」
「いってろ!食わさないぞ!」
背中を向けたまま関がいうのに、滝岡の手が止まる。
「…いや、それはまってくれ!」
「なら、文句いわずにおとなしく準備して、来た連中を中に入れてくれ。神尾さん、こちらのオーブンそろそろですよ」
「ありがとうございます!じゃあ、よろしくお願いしますね!」
実にうれしそうに神尾が関に呼ばれていくのを、滝岡が見送る。どうやら、神尾が呼ばれていったオーブンが、確かに普段使っている方ではないのは何となくわかるが。
背を向けて包丁を使っている関と、楽しげにオーブンの世話を始めた神尾は、最早こちらを振り向く気はないらしい。
「…いいけどな?しかし、…―――誰を呼んだんだ?…一応、此処はおれの家だぞ?」
一応、から何となく小さな声でいって、そういえば、この会か何かを開くことに関してもだが、誰を呼ぶかも全然聞いてないな、と気がついて。
一応、やはり、おれの家だった気がするんだが。
少しばかり考えてから、呼び鈴に気がついて。
「いま開ける!」
大声で応えて、それから玄関へ。
「…―――光?」
驚いて見返す滝岡に、無言で神代光-―つまり、以前此処に住んでいた滝岡のいとこ-―が頤を上げて睨むようにして滝岡を見る。
それに、扉を開けたままで驚いて動きを止めて。
古い建築のエントランスに佇む神原が見ているのに気付かずに。
「…―――――おまえも呼んでたのか、…神尾、」
「入れるのか、入れないのか、どっちなんだ?」
睨んでいう神代に、滝岡が慌てて見直して。
「…―――すまん、…入ってくれ、…」
まだ驚きながらいう滝岡を睨みながら神代が中に入って。
それから、神原がその後から中に入って扉を閉めるのにもホールで動かずにいる神代に。
無言で睨んでいる神代に、滝岡が固まったように見返している。
二人を見て、首を傾げて神原が問い掛けようとしたとき。
同じく、様子に気付いてか、声を掛けに来た神尾が顔を出したそのときに。
「…滝岡さん、中に通してもらって大丈夫ですよ、…―――」
「…――――」
固まる神尾に、自分も同じような顔をしてるかもしれないな、と思いながら神原が無言で二人を見る。
意地の張り合いのように睨み合っていたようにもみえた二人が。
無言で滝岡がしっかりと神代を抱き寄せる。
「…―――おかえり、…―――」
「おそいっ!――…ただいまっ!」
抱きしめて、肩に顔を埋めるようにして手で肩を軽く叩きながらいう滝岡に、怒りながら神代がいう。
「…―――しばらく振りだから、仕方ないだろっ!」
「御帰りとただいまはいわないとダメだろ!で?」
「…―――すまん、その、…。あいしてる、」
「よし!俺も愛してる、うん」
よし!と満足気な光と、多少照れがあるのか、目を瞑って、光の肩に頭を落として抱きしめたままの滝岡と。
「…―――――」
思わず目撃して無言になった二人―――神原と神尾が、沈黙したまま視線を交わす。
「ええと、その、…」
それから、我に返って神尾が、何とか滝岡達に声を掛けようかとしたとき。
「よーう!おお!久し振りに呼ばれて来てやったぜー!て、なーんだ、またやってるのか、…。光ちゃんも、滝岡も、…―――と、神原先生に、神尾ちゃんも、…もしかして、初体験?これ」
勝手に扉を大きく開けて入って来た永瀬が、固まっている神尾と神原、それにまだしっかり互いの背に手を廻して、肩を叩いたりしている滝岡と神代をみる。
「…―――永瀬さん、…よかった、来れたんですね?…―――はい」
神尾が固まりながらも何とか返答して。
神原も、一つ頷く。
それに、あきれながら永瀬がぽんぽんと神代の背を叩いて。
「ほらほら、おまえらの濃すぎる挨拶を説明も無く素人さんにしかも、初見でみせたら気の毒すぎるだろー、…。あれだけいってんのに、まだやってるんだからな?最近、病院じゃみないと思ったら、…―――」
あきれながら二人に声を掛ける永瀬に、神代が振り向いて真顔でいう。
「病院じゃ時間ないだろ。それに、家じゃない」
「…―――前は病院でもおはようとか、挨拶でしてたよな、…」
ぼそり、という永瀬に神尾と神原が目を見張る。それに、滝岡がようやく顔を上げて。
「ああ、永瀬。此処にいるってことは、患者さんは順調なんだな?良かった。あ、神原先生も、すみません。――入ってください。…」
漸く来客に気が付いて驚きながらいう滝岡に。
あきれながらも永瀬が幾度も頷く。
「おまえさん、本当―に、昔っから、光ちゃんには弱いもんなー…」
「永瀬先輩、…―――いえ、とにかく!入ってください!」
「別に正義はおれに弱くないぞ?」
不思議そうに振り向いて、真面目に永瀬にいう光の肩を、軽く幾度か滝岡が叩く。そのまま肩を抱いて居間の方へ。
「…いや、いいんだ、―――とにかく、中へ入ってくれ」
半分位動揺した感じで滝岡がいうのに、神尾が面白そうにみてから。
「あ、すみません、それでは、僕は仕度があるので」
台所へ戻る神尾に永瀬が軽く手を振って。
「はい、コート其処ね。それから、―――何でおれが案内してんだよ、…――滝岡ちゃん、御茶くらい神原先生に出せよー」
「あの、別に僕は」
永瀬がぼんやりしている滝岡の代わりに仕切って外套を置く場所を教えたりとしながらいうのに、神原がくちを開く。
それに、改めて気付いて驚いて滝岡が顔を上げて。
「あ、すみません、…――。御茶でいいですか?それともコーヒーが」
「いえ、何でも、…――」
「いや、すみません」
慌てて連れて来ていた光の肩から漸く手を放して、滝岡が御茶を用意しようと背を向けるのに。
多少、あきれた目線でみながら、特に珍しいとは思っていないような永瀬を神原がみる。
「あの、…。滝岡先生は、どうされたんですか?」
「…――まあ、どーっていうか、…いつもっていうかな?」
「こいつはいつもこんなもんだ」
神代が平然といって、神原を見て呼ぶのに不思議に思いながら神原が近付く。
簡単に居間の古いアンティークの家具やソファに驚きもせずに慣れた風でその一つに座って。
「神原」
「…僕は此処ですか?」
少し首を傾げて楽しそうにいいながら、神原が神代の隣に座る。それに、うん、と神代がうなずいて。
慣れた風に席に着く永瀬を神原が少し驚いてみてから。
「でも、滝岡先生、…―――ありがとうございます。いつも、病院ではもっと落ち着いておられた気がするんですが」
滝岡が御茶を運んで来たのに気づいて、神原が微笑んで見あげていうのに。
神原の前にまず御茶を置きながら、困った風に滝岡がいう。
「いや、すみません、…―――。久し振りに病院以外で会うので、…何て云うか」
「無駄に緊張してどうするんだ、おまえ。本当にヘンだよな?おまえ。それで、此処に戻ることにしたんだな?正義」
「…――――ああ、…。神尾に聞いたのか?おまえを呼んでたとはな、…まったく、良く時間取れたな?」
漸く普段のペースを取り戻しながらいう滝岡に、光が真直ぐ見返していう。
「それは勿論、関が料理作るんだぞ?食べに来ないとダメだろう」
「それはな、…。それに、神尾も作るんだ」
「神尾先生も?…―――正義、内視鏡はやらせてるのか」
神尾の名前を聞いて、反射的に神代がいうのに滝岡が苦笑する。
「それは、今度シュミレータを使わせる予定でいる」
「そうか、ならいいが、…。習練させないと、腕が落ちるぞ?」
「わかってる。…神原先生、すみません。こいつと病院以外で会うのは久し振りで、何ていうか、その」
困ったように神原に向いていう滝岡に。
「…いえ、――神尾先生が、料理を?」
「そーいや、神尾ちゃんも料理する人だっけ?神原先生、ここん家の隣に住んでる関ってのが、日本料理の達人でね?今日は何作るかしらないけど、何か作ってくれるっていうから、おれも今日来たんだけど、聞いてる?」
永瀬が顔を向けていうのに、神原が頷く。
「はい、何か、関さんという方が美味しいご飯を作ってくださると」
「だから、こいつも食わないとダメだっていって連れて来た」
永瀬を真直ぐみていう光に、御茶を配り終えて席に着いた滝岡が苦笑する。
「おまえな、…―――。まあでも、それで正解だ」
「そうなんですか?」
神原が訊ねるのに滝岡が笑んで頷く。
「はい、…―――幼馴染なんですが、…。おれも、光も、関とは、…――――あいつの作るめしは本当にうまいですよ?」
どうやら普段の穏やかさと落ち着きを取り戻した滝岡に、神原が頷く。
「わかりました。期待します、―――あ、…美味しいですね」
手にしていた紅茶を口許に運んで、馥郁とした香りと温かさに神原が驚いていう。
「美味いだろ?正義は茶を淹れるのだけは上手いんだ」
光が茶を飲みながらいうのに、神原が驚いてみる。それに、あきれて滝岡が眉を寄せて。
「おまえな?…――おまえや院長がうるさいから、こうなったんだろ。…神原さん、ありがとうございます」
「いえ、…――――御二人、いとこでしたか?」
楽しそうに微笑んでいう神原に滝岡が眉を寄せる。
「いや、はい、…すみません、何ていうか、」
「お構いなく。随分と面白いです」
本当に楽しげにいう神原に、滝岡が詰まる。
「そ、そうですか?…――あ、誰か、すみません、…」
呼び鈴の音に滝岡が慌てて席を立つのを、神原が見送る。
「大変ですね。…今日は、滝岡先生が主催を?」
「いや。関と神尾、…――さんが勝手にストレス解消で沢山めしを作る会だ。あいつへは事後承諾だな」
「…―――え?それはいいんですか?此方は、滝岡先生の御宅ですよね?」
訊ねる神原を神代が見あげる。
「確かにそうだが、この家の台所は小野さんと関と、多分、いまは神尾さんのものだぞ?」
「え?」
「光ちゃん、神尾ちゃんに内視鏡させるのはいーんだ?」
驚いている神原に、横から永瀬が面白そうにくちを挟む。
それに驚いて神原が永瀬を振り向くのに。
「だってな?光ちゃん、神尾先生っていまいわなかったろ?先生付けじゃないってことは、いまここで内視鏡の話は持ち出さないんだ?」
永瀬の問いに不機嫌そうに神代光が御茶を手に一口飲む。
「…よくはないが、正義が一応、今度シュミレートさせるといってたからな。めしを作ってくれる人には、礼儀として仕事の話はしない」
きっぱり、と力を入れて言い切る光に、からかうように永瀬が楽しげにみながら御茶を飲んでいう。
「そーか?ま、神尾ちゃんも飯作るの上手いらしいから、関と何作るのか楽しみだなー」
実に楽しげにアンティークの椅子にだらりと腰掛けて永瀬がいっていると。
「御邪魔します、…―――と、永瀬先生、今晩は大丈夫なんですか?」
「―――何かあれば呼び出しがあるよーん、西野ちゃんこそ、奥さんはいいの?ちーさいの達も?」
「それは勿論、関さんと神尾先生のおもたせを持ち帰るように仰せつかってます。持ち帰り用御重付きです」
西野が入って来て、永瀬をみて楽しげに笑んで、手にした料理を詰めて帰る為の重箱が入った包みをみせていう。
「おー、それは、流石合理的」
「神原先生、お久し振りです。光先生も」
「西野くん、久し振り!菊ちゃんも太郎くんも元気か?美月さんも」
「二人とも、もう劇を楽しみにしてますよ。元気です。今日は関さんにこちらをもらってくるようにといわれてきました」
「それは大事だな。座ってくれ。正義?」
いいながら、光が席を立ってホールに戻るのを神原が見送る。
「驚きました?光先生、此方に住んでおられたので」
「…――ああ、いえ、…。そうなんですか」
「はい。あ、滝岡先生の御茶だ」
外套を席の背に掛けて、荷物を置いて西野がうれしそうに滝岡が置いてあるティーセットの方にいく。勝手知ったるようにして、西野がティーポットから御茶を入れて、席に戻るのに。
「よく此方へは?」
「ええ、…たまに。時間が御二人にあったら、ですけどね。最近は、光先生が引っ越されて、滝岡先生が拗ねて、無理に一人暮らしをしようとあちらに出たりしておられましたからね。正直いって、此方に戻って来られてほっとしています」
「…そうなんですか?」
御茶を持って座りながらいう西野に神原が驚く。
「まったく、おまえがばかな意地を張ってるから、西野くんにまで心配かけてるだろ?」
「…うるさいな、戻ることにしたんだからいいだろう?」
いいながら戻って来た光と滝岡の背から。
「ようっ!なっくん!久し振りー!」
「おお!たっくん!てことは、花ちゃんくるの?何処どこ?」
席を立って伸びあがって入って来た辰野の背をみる永瀬に。
「…―――なっくん―――!花ちゃん、出張なんだって――――!」
泣き顔になりながら、辰野が腕を広げて抱き付くのに、永瀬が抱きとめて、よしよし、と背を叩く。
「そーか、そいつは残念だな、…――花ちゃん出張?会いたかったのに!」
「うん、おれも美人で綺麗でかわいいうちの花ちゃん自慢したかったけど、しばらくNYへ出張なんだもんー!」
「よしよし、ほーら、落ち着けー、ほらほら、滝岡ちゃんの淹れた御茶だぞ?呑むか?滝岡ちゃん、御茶」
「はい、すみません、おまたせして。辰野さん、どうぞ」
泣き濡れて永瀬の肩に懐きつつ、辰野が滝岡からカップを受け取る。
「…ありがとー、滝岡くん。…良い香りだねー」
くっすん、と嘆きながら御茶の匂いを嗅いで多少立ち直る辰野に滝岡が苦笑して。
「此方へどうぞ」
「あー、うん、滝岡くんもなっくんもありがとー」
くすん、と御茶を持ちながら辰野が移動する背から。
「お待たせしました。…て、滝岡にいさん、迎えにも出ないなんて酷いんだけど?」
「おまえか、…。別に出迎えはいらないだろう」
「ひどーい、あ、始めまして、神原先生ですよね?僕、秀一です」
「あ、はい、あの?」
大きなアレンジメントの器を片手に抱えて、右手を差し出してくるきちんとした仕立ての良いスーツを着た美形に、神原が戸惑いながら腰を浮かせて手を差出しながら見返す。
「…僕は確かに神原ですが、…」
「あ、失礼、改めまして。鷹城秀一といいます。ほら、滝岡にーさん、この花飾ってよ」
「…おまえな、大体、花なんか持ってきてどうするんだ。何か食い物を寄越せ」
「…―――まったく、…―。まあ、この面子だと花は必要無かったですね。…でも、食べるものも野暮でしょう?神尾先生が作ってくださるのに。あ、神尾先生」
「秀一さん!どうしたんですか?花ですか?」
「ええ、…ほら、にいさん、其処の暖炉の上でいいでしょ?飾って」
「…悪かったな、まったく、―――」
いいながら滝岡がぞんざいに花を受取って暖炉の上に置く。それをあきれてみながら。
「はい、神尾さんにはこっちで。関、来てます?」
「来てますよ、というか、―――。ああ、…。凄いですね、ワインですか?」
「はい。関の野郎に、―――失礼、あのバカに良い赤ワインを用意しろ、といわれたもので。いまから、リザーブしますね」
ワインのラベルを見せてから、神尾に微笑んでいう秀一に。
「…ね、ね、秀一ちゃん!それって、秀一ちゃんが選んだ赤ワイン?ね、赤ワイン?」
うれしそうに繰り返す永瀬に、滝岡が花を置きながら振り向いていう。
「あまり量を飲むなよ!」
「…滝岡先生って、…」
永瀬への鋭い剣幕と遠慮の無さに神原が小さくつぶやく。
それに、振り向いて鷹城がにっこり微笑んで。
「滝岡にいさんは口煩いんですけど、悪気は無いんで許してやってください」
華やかな笑顔でにこやかにいうのに、戸惑って見返す。
「ええと、はい、…」
「何をいってるんだ、秀一!とにかく、…。向こうで関と神尾を手伝って来い!」
「はいはい、…と、神尾さん、デキャンタ用意してくれてあります?」
「ええ、関さんが用意してましたよ?」
「えーと、はい、…。これで良かったかなあ、…。うるさいからなあ、…」
「関さんですか?」
「銘柄指定もしないくせに、煩いんですよ、…。これ、保存状態は良いはずなんですけど」
「気になりますね。どうぞ、開けてみましょう」
鷹城がぐちをいいながら神尾と共に台所へ行く背を思わず神原が見送ってしまう。
―――ワインか、…飲んでも大丈夫かな?
そして、ふと思って周囲の面子を神原がみると。
「だいじょーぶ、おれら医者が飲めない分は、関と秀一ちゃんが呑んじゃうから。…おれも本当は飲みたいんだけどね?」
滝岡総合病院と総合第一の外科医ツートップである神代と滝岡に。
一応、僕も外科医ですしね、と思っていた神原の懸念を先取りして。
「あ、と。わかりました?永瀬先生は、…呑まれないんですか?」
「…――飲みたい、けど、飲めないんだよー。…滝岡がうるさくって、と、…たっくん、ほら、秀一っちゃんが、ワイン買って来てくれたってー」
「…鷹城君の買ってきたワイン?…花ちゃんにうらまれるけど、飲もう、うん」
口許に手を当てて、きり、と眉を寄せてみせていう辰野に永瀬が笑う。
「そーか、秀一っちゃんの花は、花ちゃん用かー」
「ああ、…そうか。確かにな。女性がいれば花は必要だな。これ、持って帰るか?辰野さん」
「…いいの?…―――日持ちするかなあ、…花ちゃん、帰ってくるの、…―――」
留守を思い出してがっくりと肩を落とす辰野に、永瀬が肩に手を廻してぽんぽんと叩く。
「落ち着けってー、たっくんー、ほら、ご飯できたぞー?」
「…――ごはん?」
情けない顔で匂いのする方に顔を向けた辰野。
そして、いつのまにか西野が台所から出てくるのに神原が驚いてみる。
「御土産、詰めてもらいました」
にっこり笑んで、それから。
「…凄い、ですね。これを皆、神尾先生と関さんが?」
豪華な料理がテーブルに並ぶのに驚いていう神原に。
「こちらとそちらと、これとこれは神尾先生ですよ、神原先生」
「関さんが作られたのはこちらの方です。美味しそうですね」
「いえ、そちらこそ。しかし、作りましたね、久し振りに」
「そうですね、…。気持ち良かったです。皆さん、どうぞ」
関の解説ににこやかに神尾が本当に気持ち良さそうにいって。それに、確認するように滝岡が問う。
「では、これで全部だな?食ってもいいか?」
「勿論だ、好きにしてくれ」
「よし!神原!食うぞ!」
「え?…―――」
無言で、辰野と永瀬が既に手許の皿へ決めていた目標が乗る皿から、料理を取り分け始めているのに。
気がつくと西野もまた、これは既に皿に取り分けた料理を既に食べ始める処で。
滝岡も無言でミートローフだろうか、…塊からナイフで皿に取り分け始めているのをみて。
「…―――神原」
「あ、はい、…わかりました。どれから食べたいですか?」
真面目な顔で光が隣に座る神原を見あげていうのに。
神原が微苦笑を零して、どれから食べたいかを訊くと。
「あれだ!おまえはどれがいい」
真直ぐ関が作ったといっていた皿の一つをさしていう光に。
「はい、では此方から」
大皿から焦げ目の実に美味しそうなミートパイから、切り分ける神原にじっと光が待って。
「えーと、皆さん、ワイン、…―――デキャンタ開けて呑めるようになったんだけど、皆さんきいてないね?」
鷹城が濃くのある赤ワインを移し入れたデキャンタを手に戻って来たのに、まったく振り向かず真剣に料理に向き合っている様子にあきれながらワインを傍の台に置いて。
「いーんですけど。あ、…。僕もあれ食べたい」
焼いた葡萄が黄緑の果肉を零しているパイ皮とミートの肉汁が零れるさまをみて呟く秀一に。
「ほら」
「…――――天才」
隣に現れた関が、既に先に取り分けておいてあったパイの一皿を差出すのに感激したように両手を組む。
「気持ち悪いからやめろ。…あれとあれ、神尾先生が作ったのもうまいぞ?」
「…食べ過ぎちゃうでしょ?誘惑するのはやめて。あーでも、確かにあれも美味しそう。何が入ってるの?」
「実はな、栗に、…―――」
脇の別に置かれたテーブルに陣取りながら、関が耳許に手を寄せて、こっそりという。
それに。
「…―――関、僕の食事制限って、いまもう殆ど無いよね?」
「――――食い過ぎるなよ」
目を輝かせる鷹城に関があきれた風に肩を竦めて。
フォークを神尾が作ったキッシュに入れて。
くちに運んで、真剣にくちを手の甲につけるようにして沈黙して。
「…―――――!」
よしよし、と頷いて真剣にキッシュを一口ひとくち噛み締めるようにして頷きながら食べていく関がいて。
「…―――美味い」
「ありがとうございます、…うーん、関さんの作る料理って、本当に美味しいですね」
「こっちのは何だ?」
「あ、はい。松の実に胡桃にアーモンド、それにグリーン・レーズンとブラックオリーブを入れて、アーモンドペーストをベースにして作ったパイです。飾りにピスタチオとレーズンを。…――気に入りました?」
「…―――美味い。うん」
真剣に頷きながら滝岡が食べる隣で、関の作った料理に感心しながら神尾が食べて。
テーマは焼き物ですが、…。パイとかオーブン仕掛けの料理を中心にしましたけど、今度はビーフシチューとか、煮込み料理を中心にしてもいいかもしれませんね。
見事なタルトにキッシュ、ミンスパイにミートパイ。幾つか作った小振りなパイは、菓子にもなるナッツ類を詰め込んだものや、栗と鶏肉を詰めて焼いたもの、他にパテやゼリーを綺麗に型に模様を描かせて詰めた野菜のスープをベースに透明でカラフルな画を描くように寄せた飾り物まで。
実に美味そうな焼色がしあわせそうにテーブルに並ぶのをみながら感心する。
関さんって、和食だけではなくて、こうした洋食でもかなりの腕前ですよね。
神尾が思いながら、ふわりと微笑んでしあわせに料理をくちにする。
その隣で、極々真剣に頷きながら滝岡が関と神尾が作った料理を食べていて。
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