北嶋勇の心霊事件簿19~死出の村

しをおう

救い出せ

 慌ただしくBMWに乗り込む私達。運動は勿論と言うか、当然と言うか、私だ。

 助手席にはクラウス。その膝には、未だ気絶から覚醒していないクルークが乗っている。

「神崎、今から言う住所をナビに登録しろ」

 後部座席で偉そうに指示を出す北嶋さん。その横には、タマが神妙な顔つきでお行儀よく座っている。

「北東北か……ソフィアさんにも伝えておく?」

「いや、場所は知っているだろ。薄汚い爺さんを迎えに出したくらいだからな。だが、見つからなくて逆に良かった」

「良かったって?」

「もし葛西を見つけたとしたら、薄汚い爺さんも彼方側・・・に踏み入れた事になるからな。尤も、薄汚い爺さんならルール・・・を知っているだろうから、問題無かったかも知れないが」

 彼方側?踏み入れる?ルール?

「所長、自分ばかり解っても仕方ないだろう。我々はチームなんだ。我々にも解るように説明してくれ」

 クラウスが私の代わりに言ってくれた。北嶋さんも、そりゃそうだと頷き。話始めた。

「暑苦しい葛西が請けた依頼は、「心霊スポットに肝試しに行った息子が帰って来ないから助けてくれ」と言う、実に自業自得で、正直助けに行きたくない依頼だった」

「そりゃ北嶋さんはそうでしょうし、本人は確かに自業自得だけど、親御さんからすれば、息子が帰って来ないのは凄く心配なのよ?」

「それは確かにそうだし、実際俺も依頼を請けたら助けに行くよ。かなり割高にするけどな」

 頷くクラウス。全く同感だと言わんばかりに。

「我が社にもたまに来るよ、そう言った依頼が。廃墟とか墓とかに面白がって幽霊見に行って、憑かれた奴等からの依頼がね。行かなければ憑かれる事も無いのを解っていない」

「ウチも来るけど、北嶋さんがみんな断っちゃうからなぁ……逆に言うと、北嶋さんが出張らなくても解決できると言う事なんだけど……」

 だが、これは葛西にも言える事だ。葛西もそんな自業自得の連中を救う事はあまりしない。ソフィアさんや松尾先生が、やはり割高で祓う程度だ。

 だが、今回のケースは「行方不明になった」との事。幾ら自業自得とは言え、そこまで深刻なら、助けに行かなければならない。

「当然ながら、葛西に話が来る前に警察に捜索願を出した筈だが、見付からない。そこで漸く心霊現象のスペシャリストを頼る事にしたようだ。少し遅かったがな」

「遅かったとは、つまり……」

 クラウスの問いに一つ頷き、全く変わらない表情で言い放った。

「そいつは既に死んでいる」

 やはり、との重い空気が車内に充満した。

 その空気を追い出すように、窓を開ける。

 冷たい風が車内に入るが、誰もそれを咎めようとしなかった。

 いや、北嶋さんは咎めた。

「開けんなよ。あ、煙草吸うからその儘でもいいか」

 この人は、どんだけ自己中なんだ。

 軽くイラっとするが、そこは押さえる。

 北嶋さんは煙草に火を付けて、煙を吐き出しながら話を続けた。

「だけど霊視すりゃ、そいつが死んでいるか否か程度なら解る筈だ。当然葛西も既に手遅れなのは視ただろう。葛西はそう伝えた。だが、親は納得しなかった」

 そりゃ信じたく無いでしょう。自分の息子が出先で行方不明になり、既に死んでいるなんて事は。

「ならばせめて遺体を発見して警察に届ければ納得するだろうと、葛西は問題の森に向かった。問題の森は昔大量殺人があって、廃村になった村だとか」

 よく聞く都市伝説系のアレか……

 殆どはある場所であった大量殺人事件をモチーフにして話を膨らませたのだが、実はそうじゃない話もある。

 まず、大量殺人事件が、大昔なら確実に有り得る話だからだ。

 飢饉時の人肉食らいも、死んだ人間を食べていただけじゃない。あまりにも凄惨過ぎて、後の世に伝えられなかった話は星の数程ある。

「確かにそこに遺体はあった。葛西が霊視を間違う筈も無いからな。だが、問題の森に差し掛かった時、そこは森では無かった」

「森に行ったのに森じゃない?異界に迷い込んだのか?」

 クラウスの問いに、普通に応える北嶋さん。

「まぁ、近いな。だがそんな単純な話じゃない。異界に迷い込んだのなら、葛西ならば自力で脱出可能だ。ならば何故葛西は捕らわれた儘なのか?それはルール・・・に則ってしまったからだ」

 ルールとは、異界とやらが人間を縛る為に作り、いや、創り上げたものか……?

 それも気になるが、何故葛西は森に行ったのに森じゃなかった事に違和感を覚えなかったのだろうか?

 あの葛西・・・・を欺ける程の幻術でも仕掛けたのだろうか……?ならば、かなり巨大な敵と言えるだろう。

「そこは確かに森の筈だったが、葛西の眼前には一つの町があった。その町の中には郵便局も銀行もスーパーもコンビニもあった。所謂今の日本のちょっと田舎的な町だった」

「え!?現代の日本のちょっと田舎みたいな町!?私達が住んでいる所みたいな!?」

 頷く北嶋さん。

 これは信じられない話だ。巷によくある廃村伝説は、当時の風景、人間も当時の着物や洋服を着ていたり、勿論郵便局などある筈も無く、ただの家が並ぶ程度のものだが、それがコンビニまであるとは……

「故に葛西も迷い込んだとは思わなかったんだろうな。道間違った程度にしか感じなかったんだろう。ならば一息つこうと、直ぐそこにあったコンビニに立ち寄り、食い物と水を買い、駐車場でそれを食った」

「食べ物まで買えたと言うのか!?ちゃんと金まで支払って!?」

 驚愕のクラウスに頷いた北嶋さん。

「ちゃんと店員がコンビニのエプロンを着て出て来て接客したようだな。勿論葛西も金を払った。お釣りとレシートまで貰ってたよ」

 流石に二の句が出てこない……

 それは異界じゃない。間違い無く存在する一つの町じゃないか!?

 もしも私が迷い込んだとしても、気付く自信が全く無い… …

「駐車場でそれを食った。コンビニで買った物を。そのコンビニは、あっちの世界のコンビニだ。つまり葛西は向こうの食い物を食ってしまった。これがルール・・・。あーっと……隈取は知らないだろうが、黄泉戸喫ってヤツだ」

「ヨモツヘグイ??なんだそれは?」

「黄泉戸喫ですって!?」

 ギャギャギャ!!とタイヤが暴れる。あまりの驚きでハンドル操作を誤ったのだ。

「おおお……おい神崎……お前は気を散らさずに、真っ直ぐ前を向いて運転してくれ……」

 ルームミラー越しに見た北嶋さんは、真っ青な顔をして、今にも吐きそうな感じだった。

「事故はいけない。大事の前に大事を重ねる訳にはいかない」

 クラウスにも苦言を呈された。真っ青な顔で。

「そんな無表情になって責めないでよ……悪かった。反省します」

 これは完全に私の失態。素直に謝罪する。

「いや、俺も言い過ぎた。ちょっと吃驚してしまって。ところで、ヨモツヘグイとは何だ?」

 外国人のクラウスは知らないだろう。私は先程のハンドル操作ミスの名誉挽回とばかりに、解説した。

「黄泉戸喫とは、黄泉の国……黄泉と言うのは冥界かな……その国の火で煮炊きされた食物を食べる事を言うの。黄泉戸喫を終えると黄泉の住人となり、二度と地上の国には戻れない。つまり……」

「つまり……死ぬ………」

 頷く私。戦慄するクラウス。

 そんな毒物よりも物騒な物が、何の違和感も無しに、コンビニで売られていたのだ。

 一週間も生き延びている葛西の方を流石だと誉めるべきだろう。

 思えば、私達の家、心霊探偵事務所になる前は、あの家に棲んでいた悪霊が男性に食べさせる為に作った食事も、黄泉戸喫だった。

 色情霊らしく、精のつく物が沢山食卓に並んでいた。

 当時、北嶋さんは万界の鏡を持っていなかった。霊なんて見た事も感じた事も無かったので、それはまぁ今もだけど、兎に角、色情霊の食事にも気付く事も無く、当然食べる事も無かったけど。

「つまり、アツクルシイカサイは、今冥界に迷い込んでいると言う事か……」

「いえ、ちょっと待って。あの葛西が冥界の空気を読み損なう訳が無いわ。明らかに現世と違うもの。万が一見切り損なっても、彼には鬼神が居る。羅刹が冥界に入り込んで大人しくしている訳が無い」

 冥界は鬼の領域でもある。

 その鬼の中でも超強力な鬼神、羅刹が、冥界に入っても変わらない訳が無い。入った途端、一気に凶暴性が増し、葛西を襲わないとも限らない。

「誰が冥界だと言った?」

「それは所長が……いや、言っていない?」

「確かに、明言はしていなかったけど、ニュアンス的に匂わせていたわよね?いや、そんな些末な事は置いといて、冥界じゃない?」

 頷き、そのまま続けた。

「便宜上、異界でいいとは思うが、実はそうじゃない。当然冥界でも無い……!!」

 話の途中、険しい顔に変わった。露骨に舌打ちまでした。

「ち……移動しやがった。神崎、四国だ!」

「四国!?移動!?いきなり……」

 戸惑いながらも高速を降りようとスピードを緩めた。

「いや待て。今から四国とか遠過ぎだな。もしかしたら、俺達が着くより先にまた移動しやがる可能性もある……」

 徐に携帯を開き、コールする。

『……はい…』

「おいパツキン。今から言う住所に、小汚いじいさんと二人で直ぐ来い。いいか……」

『はい…はい…そこにキョウが居るんですか?』

「いや、厳密にはまだ居ない。逆に居たら大変だし」

『はい…解りました……キョウは無事なんですよね……?』

  此方からも解る力無い声。可哀想に、余程参っているんだろう。

「あいつがそう簡単にくたばるタマか。何の心配もしなくていい。俺達が出る・・までひたすら待っていればいい」

『……?はい…解りました……』

 不安ながらも電話を終えたソフィアさん。意味も解らないようだし……

「ちょっと北嶋さん、ちゃんと説明しないと、彼女が不安でしょう?」

「それに俺達も不安だ。敵は一体誰なんだ?準備は必要じゃないのか?」

「話せば長くなるからな。説明に時間を使うよりも、現地に行って見た方が早いしな。準備か……よし、神崎、次のインターを降りて、ホームセンターに行ってくれ」

「ホームセンター?うん、解った」

 言われるが儘、インターを降りて、近くのホームセンターに入った。

 停車するまで待っていられないと、まだ動いている車から飛び出した北嶋さんの後を慌てて置う。

「カセットコンロ、水、ラーター、缶詰めか……キャンプにでも行くような装備だな……」

 北嶋さんが買い物かごに突っ込んでいる品物を見て、クラウスが呟いた。

「俺は兎も角、お前等は下手したら捕らわれちまうからな。それを避ける装備だな」

「心外だな。いかなる敵が現れようと、魔剣テュルフィングで粉砕してみせるさ」

 自信たっぷりなクラウスを一瞥し、言った。

「剣とか霊能力とかの問題じゃねーんだ。お前は剣で現象を斬れんのか?」

 凄みのある言葉で言われ、黙るしかなかったクラウスだが……

「まぁ、俺は斬れるけどな」

 最後の一言で、威厳みたいな緊張感が簡単に吹っ飛んでしまった。

「沢山買ったわね……」

 食料も勿論、懐中電灯の電池とライター類、固形燃料が半端無い程買い物かごに入れられている。

「火は必要だからな」

「火なら向こうにも……あ!!異界の火を使わない為か!!」

「そういう事だ。そんなに神経質になる事も無いだろうが、念の為にな」

「でも食料、こんなに必要ないんじゃないの?一週間分以上あるわよ?」

「葛西が黄泉戸喫を終えたのに、未だに生き延びている理由の一つに、それから水すら口に入れていない事が挙げられる。確かにルールに則ってしまったが、それは騙されたからだと。知っていたなら絶対に口には入れなかったとの抗議の念でな。だから辛うじて引っ張られずに済んでいるんだろう。黄泉戸喫から一週間、何も口にしていない」

 この一週間分の食料は葛西の為か……

 だが、その弁を辿れば、一週間分まとめて食べさせるって事になる。確かにかなりお腹が空いているだろうが、一度に一週間分食べられる訳が無い。

 車に荷物を詰め込み、私達も乗り込む。

「それで、やっぱり四国に行けばいいの?それとも印南さんに頼んで、ここら辺りの警察からヘリを飛ばして貰うとか?」

「いや、いい。取り敢えず真っ直ぐ走ってくれ」

 言いながら窓を開けて半身を出す。

「危ないわよ。ちゃんとシートベルトを……」

「行け、神崎!」

 最後まで言わせずに発した北嶋さん。

「……所長には何か考えがあるようだな」

「碌な事じゃないような気がするけどね」

 笑みを零してアクセルを踏んだ。リアタイヤが悲鳴を上げてアスファルトを引っ掻く。

「どんだけチューニングしてるんだ……」

 実は、印南さんにバレたら大変な事になる程チューニングしている。次の車検は絶対に通らないだろう。そうなると、新しい車を買わなきゃいけないのよねぇ。ああ、困った困った。次はAMGとか、いいかしら?

 駐車場から勢いよく飛び出すBMW。

「真っ直ぐだぞ神崎!!」

 半身を乗り出している北嶋さんの右腕には、いつの間にか喚び出した草薙が握られていた。

 そして空を一閃。BMWの前に空間が斬り開かれた。

「そのまま突っ込め!!」

「了解っ!!」

 成程、こういう事ね。と笑った。

 BMWは映画のバック・トゥ・ザ・フューチャーのように、光に飲まれるが如く、向こう側・・・・に吸い込まれて行く―――

 驚くクラウスを余所に、私は後続車が居なくて良かったと、軽く安堵した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

北嶋勇の心霊事件簿19~死出の村 しをおう @swoow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ