アンフェア・アドバンテージ ウザくて頼れる奴との異世界生活
@ShafuGai
1章1話 始まり 灰原 遥斗《ハイバラ ハルト》
プロローグ
「めんどくせぇ......」
気づけば、口が勝手に漏らしていた。
目の前に広がる景色を前に、これから片づけなきゃいけない面倒ごとを想像しただけで、こめかみがじわりと痛む。
赤茶けた屋根が波みたいに重なり、石畳の坂道は蛇行しながらどこまでも伸びていく。
曲がり角ごとに古びた街灯と尖塔が顔をのぞかせ、並ぶ建物はどれも針のように天へ伸びたゴシック。
十九世紀の絵はがきを、雑に現実へ貼りつけたみたいな街だ。
状況が違えば「おお......」の一つも出てたかもしれない。
けど、今の俺に観光客の余裕はない。
(これ、全部登るのか...?)
見上げれば、石造りの階段が途切れず続いている。
吹き抜ける風はやけに心地いいのに、胸の奥は鉛みたいに重い。
名前も知らない通り。
耳慣れない発音。
看板に並ぶ、読めない文字列。
視界に入るたび、頭の芯がズキズキと軋んだ。
「なんで俺が、こんな――」
そこまで言いかけて、飲み込む。口に出したら負けだ。
それでも、不思議と足は止まらなかった。
たぶん、あの能天気な笑い声が、どこかでまだ響いている気がしたからだ。
根拠はない。ただ、それだけで前に進める程度には、俺は単純らしい。
先は見えない。
手がかりもない。
頭は痛いし、心は重い。
それでも――この街みたいに、俺の人生もこれから大きく“高低差”を抱えるんだろう。
登って、滑って、また登る。めんどくさい。
でも、きっとそういう道だ。
俺はひとつ息を吐き、石段の最初の一段に足をかけた。
1章1話
ピピピ、ピピピ──。
アラームが耳の奥を小突く。
まぶたを閉じていても分かる。カーテンの隙間から差し込む朝日が、「そろそろ起きろ」と無言で催促してくる。
うっすら目を開け、時計を見る。六時ちょうど。
いつも通り。...いや、いつも通りにしかならない。
ため息をひとつ。上体を起こし、
ぼんやりした頭のまま“朝の儀式”に体を流し込む。
俺――灰原はいばら 遥斗はるとは、いわゆる
“朝活人間”だ。
まず、洗面台で冷水を顔に叩きつける。強制再起動。
それから五分だけ外を歩き、肺に冷たい空気を通す。
戻ったら軽く筋トレ、朝飯。
登校までの残り時間は、趣味か稽古に回す
――これが定常運転。
6時半から8時までの1時間半。
思っているよりも長い。やろうと思えば、だいたいのことは片づく。
「だるい」が口癖なのに、毎朝きっちり動けるのは、
もう体が勝手に覚えているからだ。
うちは、昔からそういう家だった。
“騎士の家系”――文字にするとやたら大仰だが、
要するに代々、剣で飯を食ってきた家だ。
物心つく前から、いろんな武器を握らされた。
直剣、レイピア、槍といった西洋武器。
ご先祖が日本に腰を落ち着けてからは、刀、空手や柔道みたいな“武道”も増えた。
結果、一通りは使える/できるくらいには叩き込まれた。
――どれも“そこそこ”止まりだけどな。
ひとつを極めきれず、全部が中途半端。
俺の戦い方は、基礎の上に継ぎはぎを重ねた
“我流の複合術”。
柔軟と言えば聞こえはいいが、実際は器用貧乏ってやつだ。
だから昔から、圧倒的な“本物”には勝てなかった。
多分、その記憶が今の気だるさの根っこにある。
「――どうせ俺は“そこそこ”止まり、か」
苦笑して、前髪をかき上げる。
無造作な黒髪が朝日に触れ、
一瞬だけレッドダイヤみたいに赤い輝きを宿した。
黒に見えるのに、光で半透明に赤く染まる――
この髪色、昔から少し苦手だ。
“血の色みたい”って言われたこともあるし。
「...ま、いいか」
雑念を振り払うみたいに、腹筋百回、腕立て百回。
仕上げに木剣を取って、空を切る。
振り下ろすたび、空気が裂ける音が耳の奥に通り、
体の芯がゆっくり温まっていく。
「ふー、やっぱ、動く方がマシだな」
汗をシャワーで流し、鏡をのぞく。
濡れた黒髪の下で、透き通る空色の瞳がこちらを見返した。
まるで高い空の一部を閉じ込めたみたいな、淡い青。
冷たさと静けさ、そんな目だ。
映っているのは、やる気ゼロ顔の高校生。
――でも、“やる時はやる”ほうの人間だ。
「...さて。今日も一丁、いつも通りやるか」
ワイシャツの袖をまくり、ドアノブを握る。
家を出て、ひんやりした朝の風を吸い込む。
さっきまでの筋トレで熱を帯びていた体が、少しずつ冷めていくのが心地いい。
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