魔法少女、紀州嵐は主人公ではない

愛内那由多

魔法少女になった日

プロローグ

 紀州嵐きしゅうあらしが魔法少女と出会ったのは、単なる偶然だろうか?


 嵐の悪癖は母の帰りが遅いことが分かると、夜遅くまで外を徘徊することだ。彼女の母が『帰りは遅くなる』と連絡すると、ほぼ間違いなく、12時を超えても帰ってこない。それを悪用して、嵐は中学生が補導されるような時間になっても家に帰れないことがしばしばあった。制服を着ていなければ、案外バレないものだということも経験則で知っている。


 その日は人気のない公園で夜のピクニックを楽しんでいた。ゴールデンウイークを終えて少し。日が暮れてからの方が気温的に過ごしやすい涼しさ。加えて家でひとりでご飯を食べるよりかは、外で食べる方が寂しい思いをしなくて、いくぶんマシだ。


 公園のベンチに座りながら、嵐は家から持ってきた、サンドウィッチを食べていた。夜遅くの食事が肌に悪いと思いながら、サンドウィッチに歯形をつけていく。

 グラウンドの方から大きな物音がした。


 嵐はサンドウィッチを軽くラップにくるんでから、鞄に適当に突っ込んで、音のする方に駆け寄った。


 こっそりと盗み見るように、嵐は陸上グランドを覗いた。怖いもの見たさの心臓がうるさい。


 そこには二足歩行の牛の悪魔がいた。

 悪魔は牛の頭、上半身が成人男性の人間、下半身はおそらく馬のよう。さらに、コウモリのような翼まで生えている。

 牛は牛でも闘牛、人間の部分もボディービルダーのような剛腕。細かいところは違うけれど、バフォメットのような悪魔を連想させた。


 非現実的な光景に、

「うわ……」

 うっかり声を漏らしてしまったのが運の尽き。


 悪魔に気が付かれてしまった。


 きびすを返して、狩られる側のキツネの気持ちになりながら、陸上グラウンドの入口を通り抜ける。

 嵐はさらに、公園の木の間を縫うように駆ける。10メートルも走れば、交通量の多い道路にたどり着くのに。


 けれど、悪魔の跳躍は嵐が稼いだ距離を一瞬で無意味にした。真上から一瞬、影が覆いかぶさったかと思うと、影は嵐の前方に移動していた。


 目の前に、悪魔がいる。

 急ブレーキを自身にかけてしまって、バランスを崩す。転んだ。砂利に肌がこすれて、血が出てくる。


「あっ……」


 這うようにして、逃げるが、足がいうことを聞いてくれない。

 そいつの手が嵐にむかって伸びてきて、キュッと目をつぶった。

 自分の人生が終わった。

 もう少しくらい、いい人生を送りたかった。一度くらい、主人公みたいになりたかった。


 「……」

 なぜか、冷気が鼻をかすめた。周囲の空気が季節はずれの温度低下に違和感を覚える。


 異変に気が付き、再び目を開いたとき、怪物の拳は氷で固められていた。動きを完全に封じられ、重みのため、地面に腕がだらりと落ちている。


「大丈夫かい?もう安心していい」


 振り向くと、裾の短いスカートに、ところどころプレートアーマーがついている女騎士のようなコスチュームで、全身透き通ったエメラルドのような青色の少女がいた。


 嵐の方を一瞬だけ見ると、相手を落ち着かせるような優しい笑顔を見せた。


 そして、少女のなにもない右手から、いきなり棒状のものが現れる。持ち手に青い宝石があしらわれたレイピアだった。


「魔法少女は――みんなを助ける存在だから」


 少女は嵐の目の前にいた怪物の攻撃を蝶のように舞い、ひらりとかわすと、蜂のようにレイピアを突き付ける。

 胴体に、脇に、背中に。

 三度ついたところで、怪物は倒れてしまった。

 その光景を嵐は決して忘れない。

 そして、嵐は彼女のようになりたいと思ってしまった。

 いや、ずっとそうなりたいと思っていた。

 彼女のように堂々と振舞える人間に。

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