紅となり

赤い欄干に身体を預け、頬杖を突きながら下にある池を眺めている。

その池はあまりに透明で池底の石まではっきり見える。


色とりどりの魚が泳いでいる中に、黄金色の大きな鯉が悠然と泳いでいた。

岩のごとくの大きさのようだが、池の深さがわからない。なにせ影すら映らないのだから。

あまりの姿に天女は見惚れていた。


隣に立っていたシワクチャの老婆に声をかけた。

「母よ、あの黄金の鯉はどのくらい大きいのかねぇ」

「天女よ、あれは主じゃよ」

「主さんか。母よ、共に下に見に行こうではないか」

と声をかけ、大きな赤い橋を下ることにした。


天女は白檀の香りを漂わせ、美しい衣をズルズルと引きずりながらゆっくり降りていく。

頭に指している牡丹の花びらが1枚、ひらひらと舞った。

老婆は地に足がついていないのか、滑るように下りながら天女の後をついていく。


白い砂がどこまでも広がっている地面に足をおろした。

天女が通った後には衣の引きずった後だけがついていく。


欄干下の池に着くとしゃがんで手を伸ばした。

主に触れられると思ったのだが、全く手が届かない。

主は天女が作った波紋を察し、地面へ消えていった。


「あれま…」


覗き込んでいると、遠くの方で跳ねる音がした。

顔を上げ辺りを見渡すと、果てしなく広がる白い砂の所々に、色々な大きさの池があちこちにある。

どうやら地面の下は池が繋がっているようだ。

主が跳ねた方へ足を延ばした。


しかしそこにもう姿はない。

別の池も見に行く。色とりどりの魚達が泳いでいるだけ。


後ろを振り替えると赤い橋が小さく見えた。

随分遠くまで来てしまい、戻るのも億劫になった天女は近くの池で待つことにした。

暫くすると突然、池が黄金色であふれた。

すぐさま手を伸ばす。

またしても触れられそうで触れられない。


天女は一瞬目を丸く大きく開き、いつもの微笑んでいるかの優しい目に戻った。


「母よ、銛を持ってきておくれ。長い銛を」


老婆はどこからともなく、まるで当たり前かのように銛を持ってきた。

それを見て、天女は衣の紐をほどき、たすき掛けにして袖を止める。

はだけた衣は裾が池に浸かっていた。

老婆から受け取った銛を構える。


長い間待っていると、天女の前で主が跳ねた。

つかさず銛を刺す。

硬くて全く刺さらない。


天女の目が少しつり上がったが、銛の先に大きな鱗が刺さっているのを見て、笑みがこぼれた。

顔ほどある一枚の大きな鱗は虹色に輝いている。


「母よ、竿を持ってきておくれ。主さんを上吊りげられる竿を」


老婆は既に竿を持っていた。


その竿を取り上げると、天女は池に糸を垂らした。

待ってるうちに、天女の髪に刺さっている牡丹は朽ち果てていた。


突然折れそうなほど大きくしなる竿。

しかし老婆の竿はどこまでも折れない。


「ふんっ…」

天女は踏ん張った。

老婆は離れた所でただ立っている。

やっとの思いで主を吊り上げた。

吊り上げた主は水面から出たと同時に黄金の巨体は白濁した色に変わり、無数の足が生えている。

主の全てを釣り上げて、天女の目の前に落ちてきたその姿はオオグソムシへと変わっていた。


池の水は泥水に変わり、果てしなく続く白い砂も泥になり、桃源郷のような景色は薄暗く土色の景色に変わる。


老婆はシワクチャな顔を歪ませうすら笑いながら

「水にいるからこそ綺麗なんだよ」


オオグソムシを前に立ちすくんだ天女にその声が届いたかはわからない


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紅となり @benikan

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