クリスマスなんだから、やっぱり好きな人と過ごしたいじゃん、例えば――君とか

音愛トオル

クリスマスなんだから、やっぱり好きな人と過ごしたいじゃん――例えば、君とか

 ユイと出会ったのは、高校の入学式。


「どうしよ、髪めっちゃ跳ねる……!」


 苦労して直してきた寝ぐせが息を吹き返して困っていたところを、


「私のヘアピン余ってるから、貸してあげるね」


 助けてくれたのが、きっかけ。


「みやこちゃん、これからよろしくね」


 その言葉の通り、あたしとユイはすっかり仲良くなって、何をするにも一緒だった。ユイは文芸部、あたしはバドミントン部で、インドア派のユイとは趣味が合わないこともあったけど。

 例えば、めったに読まない本をオススメしてもらったり。

 例えば、一緒にランニング――は断られちゃったから、ウォーキングしてみたり。

 二人で、いろんな時間を過ごした。


「ユイ、はいこれ」

「あっ、ありがと~みやこちゃん」


 あたしは仲良くなった子とはべったりだけど結構人見知りで、逆にユイはみんなから頼られていた。だから時々、距離を感じてしまうこともあって。

 でもユイは、いつもあたしのそばにいてくれる。

 それが、あたしはうれしかったんだ。


「もうすぐクリスマスだね~」


 そんなある日。

 12月も半ばすぎたころ、あたしはなんとなくその話題を口にした。当然一緒に過ごすつもりだったから、「どこに行こうか」の確認のつもりで。

 けれど。


「う、うん……あ、えと、呼ばれてるから行ってくるね」

「あ、うん。行って……いってらっしゃい」


 なぜか、最近のユイはあたしと一緒にいる時、どこか気まずい表情を浮かべていて。今だって、クリスマスの話題が出た途端にそそくさとどこかへ行ってしまった。

 息が苦しくなる。

 のどの奥が詰まって、目が少しかすんで。


「ユイ、どうして」


 昼休みの喧騒が、あたしの世界から消えた。



※※※



 結局ユイとはすれ違ったまま、まともに話せないまま、その日がやってきた。

 学校は今日が終了式で、後ろの席の子は友達と遊びに行くと言っていたし、その話を聞いてユイの顔が浮かんで、あたしは自分の親指の腹をつねった。


「じゃあね、みやこ」

「あ、うん。またね」


 あたしと仲よくしてくれるユイ以外の数少ない友達に手を振って。

 それから、次々と教室を去っていくみんなの背中を眺めて。

 教室には、あたし一人だけになった。


 ――当然、ユイもいなくて。


「……はは。なにやってるんだろ、あたし」


 実はどっきりなんじゃないか、とか。

 サプライズでプレゼントを渡すためにそっけなかったんじゃないか、とか。

 あることないこと考えて、何かあるかもと甘い現実逃避。腰は椅子にぴったりくっついて離れてくれなくて、どうしてだろう。このまま一人で教室を出ちゃったら、もうユイとは前みたいに話せない気が、して。


「ユイ」

『――みやこちゃん』

 

 頭に浮かぶのは、あたしの名前を呼ぶユイの姿だった。

 人懐っこい笑みで、自信満々に、楽しそうに自分の好きな本を紹介してくれるユイ。あたしに付き合ってレジャー施設のアトラクションに最初は困り顔だったのに、最後ははしゃいでいたユイ。夏休みに一緒に見上げた花火、8月の夜、空に咲く花に微かに照らされたユイ。初めて体育祭が楽しいと感じたとあたしに一番に報告してくれたユイ。

 あたしのこの一年ぜんぶ、ユイと一緒だった。

 なのに――


「……クリスマス、ユイと一緒がよかったなぁ」

「――えっ」


 一人だけの教室で、頬を濡らしながらこぼしたその言葉に。

 聞きなれた声の、反応があって。あたしは慌てて教室の入り口を振り向いた。


「……みやこちゃん」

「ユイ」


 そこには、筆記用具とノートを抱えたユイが所在なさげに立っていた。

 あたしを見る目が、とてもさみしそうで、今にも泣きそうだったから思わず立ち上がってしまった。びくっ、とユイの肩が跳ねて、あたしは悟る。

 ああ、そっか。

 ユイ、一歩後退るんだ、あたしから。


「ユイ、ごめん。帰るね」

「あっ、ま、待って、違くて……っ」


 あたしは自分でもびっくりするくらい低い声が出た。

 でも、そうしないと、今にも泣いてしまいそうで、そんな顔をユイには見られたくなくて。

 だから慌てるユイを視界に入れないように必死にうつむいて、反対の出口から出ようとしたのに――


「待って、みやこちゃんっ!」


 ユイが、あたしの手をつかむから。


「……離して、ユイ」

「待って、違うの。わ、私、だって、みやこちゃんが……男の子と一緒に、いるところ、見て」

「え」


 弱弱しくこぼれたユイのその言葉に、あたしは思考が止まる。

 真っ白な頭のおかげで、こぼれかけていた涙も引っ込んで。

 顔を見るつもりはなかったけど、あたしは結局振り向いてしまった。でもユイもユイで俯いていて、表情なんてわからなくて。


「ま、待って。なにそれ? 誰のこと?」

「12月に入ってすぐ、その……中庭で。なんか、楽しそうに、してたから」


 12月、中庭――

 ひょっとして、ユイはあれを見たのだろうか。


「それ、男バドの一年だよ。あたし女バドの一年リーダーしてるから。ちょこちょこ話すんだよ。その時期だと、週末にやった練習試合の遠征のこと話してたんだと思う」

「……こ、恋人、じゃ。ない、の?」

「――ゆ、い」


 今にも消えてしまいそうな低い声で、まるで、それを口にしてしまったら世界が終わってしまうのではないかというほどの悲痛な表情で告げられたその言葉。

 スパークする。

 バドミントンの試合で、相手のスマッシュがやけにゆっくりに見える時みたいだ。

 ああ、そっか、ユイ。


「あたしが、取られちゃったと思ったの?」

「……っ」


 あたしの言葉にばっ、と顔を上げたユイと、そこで、久しぶりに目が合った。

 この距離でちゃんと目が合うのは、たぶん、2週間ぶりくらい。


「わ、私、そ、その日は、みやこちゃんと、クリスマスどこ行こうか、って、その、話そうと思ってて。でも、み、みやこちゃん――先客がいるのかも、って」

「……はぁ。バカだねユイは」

「ば、馬鹿!?」


 ああ、久しぶりに聞いた。

 ユイのその、かわいい声。


「あたしがユイ以外とクリスマスどこかに行きたいなんて思うわけないでしょ」

「~~~っ!!」


 ユイの勘違いでここ最近すれ違っていたとわかって、あたしは安堵からつい本音を言ってしまった。一瞬恥ずかしさが込み上げたけど、でもそれ以上に、あたしの言葉を聞いたユイの表情。

 頬が、耳まで朱に染まっていて、目が泳いで、しきりに前髪に触れていて。

 そんな、まるで、恋する女の子みたいな――


「わ、私、も! みやこちゃんと一緒がよかった。だ、だって、クリスマスなんだから、やっぱりと一緒に過ごしたいじゃん」

「……すきな、ひと?」

「あ」


 売り言葉に買い言葉、とはちょっと違うけど、勢い余って告げられたその言葉。

 まず、平仮名で頭に入ってきた。「すきなひと」、うん。隙とか「ナヒト」という言葉があるのかも、とか。

 いやいやいや、違う。「好きな人」だ。

 え、好きな人?


「好きな、人?」


 ユイと目が合う。

 その瞬間、あたしは知った。

 その目はだって、あたし以外何も見ていなかったから。


「……例えば、君とか。だよ。みやこちゃん」

「それって」

「ほんとはもっと、ちゃんと告白するつもりだったのに……そうだよ。私、みやこちゃんが好き」


 その好きって。


「その好きって、恋人にしたい、ってこと?」

「……うん」

「~~~っ!!」


 その瞬間、びゅうと風が吹いた。

 開けっ放しにしていた教室の窓から入り込んできた風が、あたしとユイの間を通り抜けていく。風に揺れる髪を抑えながら、あたしを覗き込むユイの表情が、はっきりみえた。

 風の、せいだ。


「ユイ――」


 あたしだって、もっとちゃんと言うつもりだったのに。

 つい数分前まで心に空いていた穴も、胸を締め付ける痛みも、息の苦しさも。

 気が付くと、嘘のようになくなっていて。

 代わりに今、のあたしの心を満たすあたたかな言葉を、あたしは口にした。


「あたしも、大好き。ユイ」


 ねえ、もうクリスマスは半日過ぎちゃったけどさ。

 これから予定を立てたって、まだ遅くないよね?


 だって、あたしの隣には大好きな彼女がいるんだから。


「ユイ、これからよろしくね」


 あたしはユイの髪にヘアピンを留めながら、微笑んだ。

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