一万円札と引き換えに永久機関を手に入れる能力

@TK83473206

第1話 一万円で、永久機関を無から生み出せる能力を手に入れた

 財布の中に残っていたのは、一万円札が一枚だけだった。


 バイト帰り、終電一本前。駅前のコンビニで支払いを済ませたあと、俺は無意識に財布を開き、もう一度その事実を確認していた。小銭はある。だが、札はそれだけ。今月を乗り切るための、最後の一枚だ。


 大学三年。特別な才能も、特別な夢もない。講義とバイトと、安いアパートを往復するだけの生活。そのくせ、電気代や通信費みたいな「生きるだけで減っていく数字」には、やけに敏感だった。


 部屋に戻り、電気をつける。六畳一間。ベッド、机、棚。全部、必要最低限。天井の蛍光灯が、少しだけ遅れて点いた。


「……ほんと、ギリギリだな」


 独り言が、部屋に落ちる。


 財布を机に置き、一万円札を取り出す。これを崩せば、今月は少し楽になる。食費に回せるし、光熱費の足しにもなる。現実的で、正しい選択だ。


 そのはずだった。


「一万円でいい」


 不意に、声がした。


 耳元でも、頭の中でもない。部屋の中央――何もないはずの空間から、はっきりと。


 俺は反射的に立ち上がった。


「……誰だ」


 返事はない。代わりに、空気が変わる。冷蔵庫の低い音も、外を走る車の気配も、すっと遠ざかったような静けさ。


 視線の先で、空間がわずかに歪んでいる。


「一万円札と引き換えに、能力を渡す」


 淡々とした声だった。感情も、抑揚もない。


「永久機関を、無から生み出せる能力だ」


 一瞬、意味が分からなかった。


 永久機関。

 物理法則を無視して、エネルギーを生み続ける存在。教科書では「存在しない」と断言される概念。


「……冗談だろ」


「冗談なら、ここには来ない」


 即答だった。


「装置を作る能力じゃない。理屈を理解する能力でもない。ただ――発生させる」


 背中に、冷たいものが走る。


「代償は?」


「一万円」


「それだけ?」


「それだけだ」


 安すぎる。

 だからこそ、怖かった。


 視線が、机の上の財布に向く。一万円札が一枚。偶然にしては出来すぎている。


「……使い放題か」


「生成できるだけだ。どう使うかは、お前が決めろ」


 俺は、しばらく黙ったまま床を見つめた。


 これを失えば、現実はきつくなる。

 だが、これを使わなければ――この瞬間は、二度と来ない。


 後悔しても、やり直せない選択。

 だからこそ、選ばされている。


 俺は、ゆっくりと財布を開いた。


 一万円札を取り出し、歪んだ空間へ差し出す。紙は途中で消えた。燃えたわけでも、破れたわけでもない。最初から存在しなかったみたいに。


 次の瞬間、理解が来た。


 音も光もない。だが、確信だけがある。


 作れる。

 理由は分からない。説明もできない。


 それでも、分かる。


 俺は――

 永久機関を、無から生み出せる。


「……これで終わりか」


「終わりであり、始まりだ」


 声は、それだけ言って消えた。歪みも、静けさも、すべてが元に戻る。


 時計を見る。ほとんど時間は経っていない。


 それでも、世界はもう同じじゃない。


 ベッドに腰を下ろし、手のひらを見る。震えてはいない。その事実が、いちばん怖かった。


 この力を、どうするか。

 隠すか、使うか、売るか。


 まだ、何も決めていない。

 それなのに――


 一万円で、絶対に戻れない場所に来てしまった

 という実感だけが、胸の奥に残っていた。



□□□

年末年始は

朝9時3話更新

夜21時3話更新

計一日6話更新で進めたいと思います

1/6に最終回で完結します

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る