限界社畜、中年マギア〜契約完了から始まる奇妙な共同生活について〜

不死猫

序章

第1話 猫を拾った日。

 丸三日間にも及ぶ残業を終え、温かくもない我が家に帰る。

 終電はとうになく、会社からの帰り道は徒歩。

 煌々としたコンビニエンスも閑古鳥が鳴いている。

 

「とほほのほ……」

 そして、俺のくだらない呟きに反応するやつもいない。


「歌でも歌ってやろうか」

 

 住宅街なんてことも忘れて、俺は大きく息を吸った。

 明日の新聞の見出しはこうだ。

 『夜の騒音騒ぎ。限界社畜のリサイタル!』

 恥も外聞も関係ない。

 覚悟はとうにできている。

 今から一人カラオケ大会を始めてやる!

 と、今にも歌い出そうという時だった。

 

 誰かが「にゃー」と鳴いたのだ。

 まるで、私はここにいると主張するように声高く。


「ん?」


 声の方を見て、一瞬目を疑った。

 なぜなら————。

 チカチカと点滅する街路灯の下。

『拾ってください』

 そう書かれた大きな段ボールの中から、こちらを見つめる少女と目が合ったからだ。


 悪い夢か、それとも幻覚なのか。

 

 どう考えても普通じゃない。

 だから本当なら、

 『俺は何も見ていない』と、スルーすべきだったのかもしれない。

 

 だけど、この時の俺はもう限界だった。

 疲労もピークに達し、正常な判断能力なんてとっくに失われていた。


「でかい猫だなぁ……」

 人と猫の区別さえも、つかない程に。


「お前も一人なのか……? 一緒に来るか?」

「……いいの?」

 顔を上げて、少女はそう呟いた。

 ……やっぱり、この時の俺は疲れていたんだ。

 普段の俺なら、絶対に言わないはずの言葉が喉に迫り上がった。

 少女の湿り気を帯びた瞳と、薄汚れた髪。

 面倒ごと、責任……俺の大嫌いな“奴ら”の気配が、目の前に鎮座していると言うのに。

 ……この時の俺は気づかなかった。


「おぅ、来い来い!」

 そう言って……俺は少女を連れて、誰もいない我が家に帰るのだった。


◇ 

「お、お邪魔します……」

 俺が自宅の扉を開けると、少女は遠慮がちに部屋へと上がる。

 それに俺も続いた。


 明かりをつければ、見慣れた六畳一間の狭い部屋が視界に広がる。

 

「あぁ……」

 三日ぶりの我が家だが、これといった感動は感じなかった。

「ただいま」と言っても返してくれる人はいない、ただ寝て会社に行く毎日を過ごすだけの生活感のない部屋だ。

 だからなんというか、帰ってきた……と言うような感じがしないのだ。


 ただ……もう、すごく眠い。


 俺は、靴を脱ぎ、着の身着のまま、ベットにダイブした。


「あの……」

 あぁ……そういえば、猫拾ってきたんだったな。

 ちゃんとご飯とかあげないと、と思ったが、眠すぎて身体に力が入らない。

 

「……ごめ、冷蔵庫に食べ物あるから、好きにして……」

 いや、猫相手に何を言ってるんだとも思うが、それ以上に。

 全身に広がる眠気に抗うことができない。

 悪いが、諸々のことは明日起きたらになりそうだ。

 

「……何か、望みはある?」 

 意識を手放しそうになった直後。なぜだか、その声だけが鮮明に聞こえた。

 なんの望みだよ……と思う一方。

 よくわからない感情が湧き上がってきた。


 心が苦しくて、どこか————寂しかった。

 

「家族に……な、って」

 気づけば、俺の口からその言葉がこぼれた。

 そう言ったところで、俺の意識は完全に夢の世界へと旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る