正暦244億年 蠱毒イベント関係でちょっとびっくりしたこと
ちょっとびっくりしたことがあったのでここに書いておきたい。
最初のきっかけは蠱毒会だ。
蠱毒会というのはネモネックという魔術士が運営する組織で、あちこちの世界で定期・不定期に蠱毒イベントを主催しているのだ。
では蠱毒というのがそもそも何かというと、虫とか動物とかを一ヶ所に閉じ込めて互いに殺し合わせて、最後に生き残った奴に怨念やら何やらが集まってるから、それを魔術の材料に使うというものらしい。
で、蠱毒イベントは何かというと、参加者を沢山募って一ヶ所に閉じ込めて互いに殺し合わせて、最後に生き残った一人に力が集まってパワーアップするという大掛かりな魔術イベントなのだ。
参加するカイスト達は、自分を殺した者に自分の抱えてる我力の半分を提供するという契約を結ばされる。殺されたら長年の修行で広げてきた器も半分に縮んで、殺害者の方の器は少し広がることが多いが、この辺りは人によって違うからきちんとしたものじゃないな。
っと、我力の器の話も一応しておくか。戦ったり術を使うために溜めている我力が『中身』で、自分が溜め込める我力の最大量が『器』と呼ばれる。この『器』の大きさがカイストの格の目安になったりするのだ。Bクラスなら大体一千万アイル以上、Aクラスなら十億アイル以上と言われているが、俺みたいに『器』が小さくても強い奴はいるので、飽くまでも目安にしかならない。それでも多くのカイストは強くなるために、沢山の我力を使えるようにと頑張って少しずつ『器』を広げている訳だ。
あ、自分で器が小さいって書くとなんか自虐してるみたいだな。
話を戻そう。つまり蠱毒イベントってのは、なかなか成長出来ない雑魚カイスト共が一発逆転を狙って参加する殺し合いギャンブルなのだ。
まあ、こんなイベントであっさり手に入った力なんて簡単に抜けていくものだ。だからまともなカイストなら参加しない。
俺はこの間久々に参加してきたんだけどね。
ちょっとした気まぐれだ。どうせ参加するのは雑魚ばかりだろうけれど暇潰しにはなるかと思ったのだ。
ただ、俺が今回参加することを蠱毒会は事前に喧伝したので、そこそこ名のある奴らもやってきたのだった。俺を殺したって大して我力は手に入らないと思うんだが、まあそれよりも名を上げようって奴が多かったんだろうね。それと、俺への恨みかな。はっはっはっ。
そんな感じで第何億回と言ってたかは忘れたが、参加者は一万人を超えてたね。Aクラスも入ったのでネモネックはホクホク顔だったな。勝者が受け止めきれずに洩れた我力は運営が回収するルールだからな。
ただ、参加者にはただの一般人も多かった。腕自慢なんだろうが、カイストの前じゃあ蚊みたいなもんだ。
七割くらいはいたんじゃないかな。多分賑やかしなんだろう。後は、一般人に憑依とか統制強化したり魔術の材料にしたりするようなカイストのためもあるのだろう。会としては色んなカイストに参加して欲しいからな。
結界で封じられた戦場は『蠱毒壺』と呼ばれたりもするが、実際には白い濃霧に覆われた数キロ四方のエリアだった。集まった参加者達が契約内容の最終確認を済ませるとゾロゾロと霧に向かっていく。エリア内でないと殺した相手の我力が手に入らないので、入る前に殺し合いになったりはしない。一度入ったら最後の一人になるまでは出られないから、特に一般人は緊張してる奴が多かった。
特に俺の横を歩いてた若い男なんかはブルブルブルブル派手に震えていて、戦場に着くまでに筋肉痛で倒れないか心配になるくらいだった。
なので俺はそいつの肩を叩いて言ってやったんだ。
「緊張してるな。蠱毒は初めてか」
そいつはちょっとあっけに取られた顔をしていた。俺のジョークが通じなかったみたいだ。
「は、はい。初めてです、けど」
「そっかあ。一般人ならまあ、そうだよな。不安かい」
「……はい。凄く、怖いです。契約してしまってから段々怖くなってきて……正直、後悔してます」
そいつはナヨッとした感じの優男で、戦闘どころか喧嘩もしたことなさそうだった。どうして殺し合いイベントなんかに参加したのか分からない。目にちょっと涙が滲んでもいた。
「そっかあ。なら俺がアドバイスしてやろうか。必勝法なんて高級なもんじゃないが、勝つ確率が少しは上がる方法だ」
「えっ、いいんですか。なら、お願いします」
「最初は隠れてじっとしてろ。カイストは弱い一般人を殺しても得がないから終盤まで放置するし、一般人同士なら静かに隠れてりゃ見つかりにくいからな。そして、殺し合いでなんとか勝ったが重傷を負って弱ってるような奴がいたら、忍び寄って後ろから刺す。そしてまた隠れる。その繰り返しさ」
「……はあ」
そいつは分かったようなよく分からないような顔をした。
「説明にあったろ。戦場は森林が多いから隠れやすいぞ。まあ気楽にやりなよ。どうせ生き残れる確率はメチャクチャ低いんだから、ダメ元さ」
「そ、そうですね。ありがとうございました」
そいつはまだ弱気さも残っていたが、妙に爽やかな笑顔で礼を言った。愛嬌のある奴だと俺は思った。どうせすぐ死ぬだろうけれど。
そんなこんなで白い霧を抜けると深い森の中にいた。既に何千人も入っているが開始前なので互いの姿は見えないようになっている。今のうち良い場所を確保しておくのがセオリーだ。
俺はそこそこ高い木に登り、葉が沢山茂っているところの枝に横たわって、開始まで寝ることにした。
後何十分で開始とかいうアナウンスが流れるのを聞きながらうつらうつらしていたら、いつの間にか始まっていた。
Bクラス達が早速バチバチやり合っていた。一般人は必死の形相で殺し合っている奴らと、カイストのレベル違いの戦闘を見て呆然と突っ立っている奴らがいた。降参だと武器を捨てて跪く馬鹿がいたが、それを背後から襲う奴もいた。
Aクラスの奴らはまだ動かず静観していた。強者の余裕もあるのだろうが、俺がいつ仕掛けるか分からないので用心していたのだろう。俺が気配を消していたらAクラスの探知士でもそうそう見つけられない。
で、他人の殺し合いを三時間ほど見物してたら飽きた。Aクラスがいたら一日、Bクラスでも数日くらいで片がつくイベントだが、なんかまともに殺し合いに加わるのも馬鹿馬鹿しくなった。なんで俺は蠱毒なんかに参加したのだろうか。
なので「おーい、運営。馬鹿らしくなったから抜けるわ」と呟いたらちゃんと相手に届いたようで、慌てた声が返ってきた。
「フロウさん、困りますね。あなたは契約を結んだ。ルールは守って頂かないと」
『紫指侯』ネモネックの声だ。何人もの弟子に手伝わせているが、戦場となる空間に特殊な結界を張っているのは奴の能力だ。
「ほーん。確かに俺は契約したような気がするが、契約書には『結界から出てはならない』とは書いてなかったなあ」
その主張が屁理屈であることを俺も分かっているが、悪びれるつもりもない。
「あなたは自由な方だ。何も背負わず何にも縛られず、心のままに生きている。しかし、何も背負わないということは、何も得られないことと同義ではありませんか。こんなことばかり繰り返していたら、あなたを信頼する者など四千世界に一人もいなくなりますよ」
「うん、そういう説教は何万回も聞いたからもう充分だ。話を進めてくれよ」
そもそも一般人でもカイストの力を手に入れられる可能性があると謳って、詐欺みたいな募集してる奴らに偉そうなことを言われたくないものだ。蠱毒イベントの長い歴史の中でも一般人が優勝したのなんて本当に数えるほどだろう。
しかし俺は紳士なのでそういうことをわざわざあげつらったりはしない。
「……仕方ありませんね。参加者を封じる結界は強力なものですが、あなたなら脱出可能でしょうし。ただ、あなたを目当てに参加したカイストも多いのですよ。折角ですから彼らの相手くらいはしていってはどうですか。どうせ長い時間はかかりませんよね」
「まあ、いいぜ。俺とやりたい奴は今からまとめて相手してやってもいい。運営としても賭け金の全払い戻しにならなくて安心だろ」
蠱毒の洩れた我力を掠め取るのとは別に、運営が賭けの胴元もやっているのは公然の事実だ。最後の勝者は誰か、人数が百人に減った時点で誰が生き残っているか、終了までどれだけの時間がかかるかなどについて、見物のカイストからルースを集めているのだ。賭けの都合で勝負に介入はしないと運営は明言しており、インチキして信用を失う方が問題だから、確かにそういうのはやってないのだろう。
ただ、賭けの本命だろう俺が抜けてノーコンテストになるのは運営としてはよろしくない。俺が他の有力候補ときっちりやり合っておけば、「誰が俺を殺すか」についての賭けは払い戻さなくて済むだろう。多分。
ネモネックの声が告げた。
「ありがとうございます。参加者のカイストから希望者を募ってみますので、五分ほどお待ち下さい」
「そのくらいなら待つさ」
五分の間にカイスト同士の戦闘はやみ、空気の読めない一般人が血みどろで殴り合ったり刺し合ったりしていた。
やがてネモネックが言った。
「希望者はAクラスの五人を含めた千二百八十四人です。一対千二百八十四となりますが、よろしいですか」
「別に構わんぞ」
「それと提案なのですが、あなたの隠形レベルが高いために今でもあなたの居場所を掴めていない者が殆どです。すぐに終えたいということですから、あなたの現在位置が分かるように光源を付与してもよろしいですか。ご自分で参加なさったイベントを途中で抜けるというのですから、このくらいは受けて頂かないと」
俺はついニヤニヤしてしまった。ネモネックの奴も分かってたんじゃないかな。
俺がとっくに、カイストの参加者全員に糸を掛けてたということを。
「いいぞ」
「ありがとうございます。では五秒後に戦闘開始とします。四、三、二、一、開始です」
ネモネックのアナウンスは俺との対戦希望者全員に伝わっていただろう。俺の頭上五十センチの場所に眩い光の球が出現し、枝の上に寝転がる俺の姿を浮かび上がらせた。
瞬間、戦場のあちこちで待ち構えていたカイスト達が一斉に光に注目した。一部は魔術や飛び道具を放とうとし、一部は俺の方へ猛スピードで駆け出そうとした。
俺は糸を引いて、千数百人の首をまとめて切り落とした。
首に掛かった糸に気づいて予め切っていたのはAクラスのカネロくらいだった。まあ、腰に掛かってたもっと細い糸には気づかなくて胴体を輪切りにされた訳だが。
カネロは名を上げるってより俺に恨みがあった口だ。何度も俺に殺されて糸にも用心してた筈だが、まだ精進が足りなかったな。後のAクラスについてはちょっと覚えてない。これまで関わりがなかったか、有象無象で俺の記憶に残らなかったか。
後、対戦希望者以外のカイストも何十人か殺してしまったかも知れないな。見分けがつきにくかったんで。
「これでいいだろ」
俺が言うと、返ってきたネモネックの声にはやはり動揺の欠片もなかった。
「いいでしょう。例外的に途中棄権を許可します。殺害した相手の我力を持ち帰ることは出来ませんが、そもそもあなたは完成されていますから不要のものでしたね。もし希望があれば、残っている参加者の誰かに獲得我力を譲渡出来ますよ」
「妙にサービスがいいな。一気に殺したからお零れが沢山あったか」
どうせ俺は抜けるんだし、受け取り手のなくなった我力がどうなろうがどうでも良かった。が、ふと思い出した顔があった。
「そうだな……俺が会場に入る前に話をした奴がいたろ。一般人の若い男だ。名前は知らん」
「……はい、確認しました。サルエンという一般人ですね。まだ生き残っています」
それは分かっている。
「そいつに我力をやってくれ」
「カイストではないので一度に吸収出来る我力にかなり制限がかかりますが、それでもよろしいですか」
「構わん」
「サルエンに何かメッセージでもあればお伝えしますが」
「いや、別にない。ただの気まぐれだからな」
という感じで俺はそのまま結界を抜けてイベントを途中棄権したのだった。
それが百数十年前の話で、俺はすっかり忘れていた訳だが、今日酒場で飲んでた俺に声をかけてきたのがそのサルエンで、俺はびっくりしたのだ。
長くなったので続きは明日にしよう。
注)探知士とは広範囲の情報をリアルタイムに取得する能力者である。探知士同士で信号のやり取りをすることで独自の情報ネットワークを構築している。フロウが探知士の能力を持っていると解釈されることがあるが、実際には糸を掛けた相手の様子をある程度把握出来ることによる。
ネモネックの綽名『紫指侯』は、蠱毒に使う虫をつまみ上げた指が毒液で染まることに由来しているようである。
ルースとはガルーサ商会が発行する通貨である。我力の単位であるアイルとは等価であり、我力の『中身』を提供するとルースで買い取ってくれる。
文明管理委員会の管理世界ではカイストの存在は隠蔽されているが、そうでない世界も多く、フリー・ゾーンと呼ばれる。一般人がカイストと共存している世界である。
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