青春オーク
パ・ラー・アブラハティ
オクミとオクオ
ちゅんちゅんと雀が鳴く朝。まだ眠気眼だけど、ベットからのそりと起き上がり、リビングで朝食を作ってくれていた母さんに挨拶をする。
「おはよ」
「オクオ、いつまで寝てんの!」
「……ん?」
母さんだと思って挨拶をしたはずなのに、返ってきたのは母さんより少し甲高くて鈴のような美しい音色の声だった。
眠っていた目を擦って無理やり起こすと、そこに居たのは幼なじみのオクミが。
薄緑の肌、おでこからほんの少し飛び出た可愛らしい角、黄色の瞳、肩まで伸びた黒髪。間違いない、オクミだ。
しかし、なんでオクミが俺の家に?
「何寝ぼけてんの、ほら朝ごはん出来たよ」
「あれ、なんでオクミがいるの?」
「はぁ? オクオ覚えてないわけ? 今日から、わたしのパパとママ、そしてオクオのパパとママはオーク協会から召集がかかって二日間家を空けるって言われてたでしょ」
俺は頭をポクポクと回転させて、二日前の会話を思い出す。
「あぁ、そうだった、そうだった。でも、どうしてうちで朝ごはんを作ってるんだい?」
「オクオのママから、あの子は寝坊助で朝ごはんもろくに食べないから悪いけど、オクミちゃん作ってくれない?って言われてたの」
声色をほんの少し変えてオクミは俺の母さんの真似をする。
「余計なお世話を……」
「冷めないうちにチャチャッとご飯食べて学校行くよ!」
オクミは手際よく目玉焼きをお皿に盛り付け、白米をよそい、机に配膳する。
俺は頭をボリボリと掻きながら、椅子に座りまだ起ききれない頭で「いただきます」と言う。
オクミが作ってくれた目玉焼きはほんのりと塩っ気があって、白米がよく進んでとても美味しかった。
思えば、オクミは昔から家の手伝いをよくしていて料理の腕などはかなり高めなほうで、その容姿も相まって皆からの人気はかなり厚い。そんな、完璧で超人な幼なじみがいるなんてなあ、と前に座るオクミを見ながら思う。
オクミに比べたら俺はなんてことがないしがないオークで、取り柄もこれといってない感じ。
母さんや父さんが入っている選りすぐりのオークだけが入れるオーク協会にはきっと入れないだろうし。なんだが、どう顔向けをしたらいいか分からない毎日がぐるぐると続いている気がする。
答えのない自問自答が、正解のない旅が、自分という個を見つめろと嫌でも言っているみたいで、考え無しにふらつくことをやめなさいと咎められている気分が常に付きまとう。
「なーにボサっとしてんの、早くご飯食べて」
箸を止めて、ボケっとしていたらオクミが呆れたように催促を促してくる。俺はご飯をかき込んで「ご馳走様」とオクミに言い、制服に着替える。
俺が着替え終えた頃にはオクミは全ての片付けをし終えていて、玄関で待っていた。
「準備できた?」
「うん」
オクミが居ると否応でもしっかりとしなければならないから、学校へ遅刻することはないし背筋もピンと正しくなる。
扉を開けた向こうは太陽が燦然と輝き、朝の匂いが満ち溢れ、朝露に濡れた葉は酸素を生み出す。
こんな景色を見たら嫌でも眠っていた頭は目覚めて、俺は空を仰ぎながらオクミの横を歩く。
空を飛び回る鳥が羽を羽ばたかせ、意味を持ちながら生きていることに憧れを抱く。
「おーい、鉄骨投げるぞ!」
「うーい!」
耳を通過する工事現場作業員の怒号。オクミはそれを見ながら「またマンション建つんだね」とどこか寂しそうにこぼす。
「田舎だからな、土地の空きが出来れば大抵がマンションだよな」
「ここも昔とは随分変わって、家が多くなったよね」
言われてみれば風景はガラリと変わってしまった。数年前、俺がまだ小さかった頃は田んぼが多いのどか田舎だったが気付けば田んぼは埋められ、変わりに建つのは誰が住んでいるかも分からないマンションばかり。遊んでいたあの公園や、空き地も、気が付いた頃には姿を消して、いまはもう朧気な記憶の中でしか息をしていない。
オクミはそんな世界がきっと悲しいのだろう。でも、俺は諸行無常の世界、時間が経てば何かが消え失せるのは仕方ないと割り切っていた。不変であるものはこの世には少なく、消えてしてまうか、それとも形を変えて残るか。二択を迫られ、世界から姿を消しても、俺はずっと覚えている。俺の心の中では息を続けている。
落ち込むオクミの肩を叩いて、学校へとまた歩き出す。
学校に着いて、クラスが別々な俺とオクミは下駄箱で別れそれぞれのクラスへと向かう。
校内に満ち溢れる活気と、埃臭さが今日がまた始まったことをチャイムの代わりに教えてくれる。
教室の扉を開けると「おはよう」とみんなが言ってくれて、俺は窓際の自分の席に座り外を眺める。
「オクオ!」
教室に響き渡るオクミの声。俺は扉の方に目をやると、オクミがなにやら包みをぶら下げていた。
「ん、どうした。オクミ」
「お弁当渡すの忘れてた」
「ありがとう。お弁当も作ってくれてたんだな」
「お昼食べないと元気でないでしょ、ほら」
俺はオクミからお弁当を受け取り、カバンの中にしまう。そして、授業が始まり学校での生活は目まぐるしく過ぎていく。
昼休みのチャイムが鳴り、クラスメイトが思い思いに様々な所へ行く中、俺は教室に残りオクミが作ってくれたお弁当を食べていた。
お弁当の中身は、俺の好きな鮭と昆布におかかで、オクミがわざわざ朝早く起きて作ってくれたのかと思ったら涙が出そうになってしまう。
お弁当を食べ終えて、その後の授業を受け放課後になる。空は夕に染まり始め、カラスが鳴き始めていた。
俺も帰ろう、とカバンを肩にかけるとまたオクミの声が教室中に響く。
「オクオ、帰ろ!」
「うーい、今行く」
扉で待つオクミの方へ歩き出し、俺とオクミは二人で帰る。
「今日の学校どうだった?」
「どうだったって、まあこれといって特に変わりはなかった」
「そう、面白くないね」
「うるせえな……あっ、お弁当ありがとう美味しかったよ」
「本当? 良かった」
何気ない会話、他愛もない俺とオクミの会話にカラスの鳴き声が混ざり、信号が青になるのを待つ。
「明日も家に行くからね」
「朝から?」
「当たり前でしょ、帰ってくるまでずっとだよ」
「うい、わかった」
「あ、そうだ。夜ご飯も作りに行くからね」
「マジで? 適当なピザでも頼もうかと思ってたけど」
「一人にしてると栄養が偏った食事にするの良くないよ」
「うるせえいやい、好きにさせろ」
オクミの小言を聞き流して、信号が青になる。渡ろうとした瞬間、俺の耳が不吉な車の音を聞く。
視界を音の方へ向けると、蛇行運転を繰り返しこちらへ向かってくる青色のバンが。しかも、それは俺の方でなくオクミの方へ向かって行っていた。オクミはまだ青色のバンの存在に気付いておらず、呑気に歩いていた。
俺はカバンを投げ出し、オクミに覆い被さるように庇い、直後生々しい鉄とぶつかる音が辺りに木霊する。
「やっべ……!」
青色のバンの運転手は俺を轢いたことを分かりながらも、その場からの逃走を試みようとする。痛み背中を堪えながら、逃げようとする青色のバンのボンネットを鷲掴みにし、キュルルルルと車は回転する。
「逃がさねえよ……! お前はオクミを轢くところだったんだぞ! 逃げようなんてふざけるんじゃねえ!」
俺は溢れんばかりの怒気を込めて叫ぶ。腕に力が入り、青色のバンの前方を勢い余って潰してしまう。運転手はそんな俺にビビったのか、車から出てそそくさと逃げていくが、俺にはもう追いかける力がなかった。糸が切れたようにその場に倒れ込んでしまう。
「オクオ!」
「大丈夫か……?」
「私は平気だけど、オクオの怪我の方が!」
「なんてことねえよ……俺はあの母さんと父さんの子供だぜ」
心配するオクミの前だから強がってはいるけど、背中はジンジンと痛んで少しでも気を抜けば意識が今にでも飛んでいってしまいそうだった。
「今、救急車呼んだから!」
「ありがてえや……」
オクミが俺の手をぎゅっと握りしめ、暖かい温もりが心に広がっていく。
少しすると救急車が到着し、オクミはこの後に来る警察に事情を説明するために残るといい、俺は一人病院へと運ばれる。
揺れる車内の中で俺はオクミが握ってくれていた手を見る。
まだ微かに温もりが残っていて、俺は少しでも何かになれただろうか。いや、別にいいか、そんなこと。今はただ助けれた事に安堵しよう。
病院に運ばれ、背中の怪我の処置を終えた俺は念の為、何日か入院することになってしまった。
オクミも後から病院に到着して、入院することになったことを伝える。
「そう、でも怪我は大丈夫なんだよね?」
「医者が言うには酷い状態だけど、大丈夫だって」
「良かった……そのありがとうね、守ってくれて」
「父さんから言われてるからね。強いオークは誰かを守れるやつのことだって」
「……ふふ、やっぱり好きだなあ」
「え?」
「え?」
オクミの口から漏れた「好き」という二文字。俺はつい素っ頓狂な声を出してしまう。
オクミも自分が何を言ったのか少々理解するのに時間がかかったみたいで、顔が沸騰式で赤くなっていた。
「あえ、ちが、違う! いや、違わないけど!」
手をバタバタさせて、慌てふためくオクミを見て俺は少しだけ笑う。
「どっち?」
「……好き」
「実は俺も」
「え?」
「え?」
「そうなの?」
「実はそうだったんだよね」
「……両思い?」
「うん」
「そう、オクオ。これからよろしくね」
屈託なく笑うオクミの笑顔を見て、心臓がドクンと跳ねる。
あぁ、そうか。俺はこの笑顔を守るために生まれてきたんだ。しがないとか、何者でもないとか、些細なことを気にする必要もないんだ。
今はただこの笑顔を守ることだけを考えよう。
青春オーク パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482
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