診断
「こんにちは、斉藤さん。私はこのクリニックの診断医、御門 舜と言います。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
患者さんの名前は「斉藤 眞子(さいとう まこ)」と言うらしい。
『らしい』というのは問診票に『仮名でも可』と書いてあるからだ。
だから本名かどうかは分からない。
(おそらく彼女は本当のことを書いていると思うけど)
御門先生は問診票に目を通していく。
「えっと、チェック項目の症状はあまりないんですね。
あるのは『ずっと緊張しているみたいに胃がゾワゾワする』
『心の中でずっと泣いている』
そして最近よくいう言葉は『助けて』ですね。」
「…はい。」
「他の病院で『不安障害』という診断を受けたんですね。」
「…はい。
自分でもそうだなとは思います。薬も処方されて…。
でもどこか納得できない気がして、薬も飲みたいと思えないんです。違うんじゃないかって。」
「確かに症状だけみれば不安障害に当てはまりますね。
一つ、教えてください。
『心の中でずっと泣いている』とありますが、どんな風に泣いています?」
「……。」
一瞬の沈黙のあと、
「『わーん』っと泣いています。変ですよね。しっかりとした言葉で『わーん』って思うんです。」
「全然変ではありませんよ。そこには必ず理由があるんです。
それを今調べますね。」
そう言って御門先生はPCに問診票の内容を入力していく。
タンッ
「診断結果が出ました。」
斉藤さんの背筋が伸びた。
「あなたは子供の霊に頼られています。」
「…えっ? 霊って… 幽霊?…」
「はい。急にそんなことを言われたら信じられないですよね。
私の診断結果を聞いた皆さんは、あなたと同じ顔をします。」
すまなそうな顔で御門先生は説明を続ける。
「あなたは緊張していて胃がゾワゾワする感覚がありますね。それって泣いているからではないですか? 声に出していなくても大きな声で泣き続けている。そのせいで身体の感覚はとても疲れているんです。
胃が握られている感じはありませんか?」
「あります。」
斉藤さんは、自分の状態を言葉にしてくれる御門先生のほうを、はじめてきちんと見た。
その目に、信じようとする光が灯り始めた気がした。
「大人になると、あまり声を上げて泣くことがなくなるので、覚えていないかもしれませんが、
子どもの頃、わんわんと声を上げて泣きませんでしたか?
それこそ、身体全部を使って。
そのとき、私は胃が握られているような感覚があった気がします。
息を吸うのも苦しくて。」
「……その感覚は、今の私の状態に近い気がします。
子供の霊……。
普通だったら、信じられないですよね……。」
斉藤さんは腿の上で両手の指を絡め、視線を下げた。
人差し指同士をすり合わせ、その動きに意識を集中させている。
「……『まさか』って、頭の中では否定しているのに、
心のほうは、それが正解だと思ってしまうんです。」
それは、自分の奥から絞り出すような声だった。
斉藤さんは顔を上げ、まっすぐに御門先生を見つめた。
「先生、信じます。
……これから、どうしたらいいですか?」
今ここで聞いたことを肯定しなければ、先に進めない。
その言葉は、そう自分自身を納得させるためのものに聞こえた。
「斉藤さん。私ができるのは、診断までです。
薬を出すことも、ましてや除霊のようなことも、私にはできません。」
「えっ……?
それじゃあ、どうすれば……。」
「お寺で供養してもらってください。
ただ、それだけで成仏してくれるかどうかは、私にはわかりません。
斉藤さん、カウンセリングを受けてみませんか?」
「カウンセリング、ですか?」
「はい。私は、ここに来た患者さんたちが、完治していくのを知っています。」
そう言って、御門先生は私のほうへ、斉藤さんの視線をそっと誘導した。
「そちらにいらっしゃる花村先生は、カウンセリングの先生です。
彼女が、患者さんを救ってくださっているんです。
彼女がこのクリニックに来てから、私は――
自分の診断が、間違っていなかったのだと知ることができました。」
「……って、なんだか変な宗教みたいに聞こえますよね。
難しいなぁ、説明が……。」
そう言って御門先生は、頭の後ろに左手を回し、自虐的に笑った。
「これじゃあ、花村先生が教祖様みたいですよね。」
「先生、私に向かって手を合わせないでください。」
二人で、ちょっとしたコントのようなやり取りをする。
張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。
斉藤さんの、しっかりと鍵のかかっていた心も、少し外れたような気がした。
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