見上げた空に、僕がいた
ヒラク
第1話
梅雨という季節は、どうやら僕のことが嫌いらしい。
湿った空気がまとわりつき、毎朝、目覚まし時計より先に僕を起こす。
午前六時半。
起きない選択肢は最初から存在しない。
コンビニで買った菓子パンを口に放り込む。
七時二十分発の電車。
同じ車両、同じ位置。
隣にはいつも同じ中年男性が立ち、座席では同じOLが器用に口紅を引く。
互いの体温と息遣いだけが、ここに確かに人がいることを教えてくれる。
電車は、荷物を扱うように僕たちをまとめてオフィスビルへ運んでいく。
職場は駅から徒歩七分。
二十階建てのビルの入口に掲げられた「株式会社ヤクモ商事」という文字は、今日もきっちりと磨かれている。
九階、営業二課。角の席。
ノートパソコンを開き、キーを叩く。
仕事をしているふりをしながら、別のことを考えている。
昼休みになれば、社員食堂でA定食を選ぶ。
同僚たちの会話は背中をすり抜け、食欲だけを満たすと、僕は席を立つ。
いつからだろう。
空を見なくなったのは。
六畳一間のアパート。
窓の外には隣のマンションの壁しか見えない。
空は細長い四角形に切り取られ、「これだけ見ていれば十分だ」と言われているみたいだ。
夜。
コンビニ弁当を温め、湯を沸かし、テレビをつける。
バラエティ番組の笑い声は賑やかなはずなのに、なぜか遠く感じてしまう。
その音に紛れて、今日も一日が終わっていく。
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見上げた空に、僕がいた ヒラク @Hiraku-
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