第2話

俺が命の軽さを知ったのは、5歳の時だ。親が消えてから1ヶ月後。俺は空腹で瀕死の状態になっていたらしい。でも、近所のおばちゃんが不審に思って警察に通報してくれたそうで、俺はギリギリのところで保護された。

そして病院に運ばれて、そのまま入院生活だ。

1ヶ月くらい経って、元気になった頃。暇だった俺は、病室を抜け出して病院内を探索したことがある。そん時に、俺と同じように白脳病にかかった奴らの病室を見たことがある。

白脳病については、オッサンがこう言っていた。白脳病にかかると、頭がどんどんと悪くなっていく。それで、最終的には脳の機能が停止して、そのまま死んでいく。名前通り頭が真っ白になる病気だってな。

そんで話を戻して、その病室にいたのは俺よりも何倍も酷い、重病患者のガキどもだ。

まだ10歳もしないようなガキが、病気のせいでろくにものを考えられず、大人になるまで生きることが出来ない。

その時に、簡単に人って死ぬんだなーって思って、そいつらに同情した。まあ、俺がどう思おうが向こうは俺の存在にも気づいてなかっただろうがな。

だけど、大人になれたからって、幸せなわけじゃあ無いらしい。


オッサンの仕事をしていると、色んな裏社会の連中と絡むことが多かった。まあそのほとんどは下っ端だが。

そいつらの話を聞くと、白脳病のやつが多かった。なんでも、普通の会社に入れないか、入れてもすぐクビになるかでまともな職に就けず、結果汚れ仕事をやるしかないらしい。

ちなみに、話が出来るやつもいれば、会話もできず、そもそも自分がなんでそんなことをしているかすらわかんねえ様なやつもいた。


急にこんなことを思い出したのは、「働く」ってワードで、裏で働くアイツらの顔を思い出したからだと思う。




「君も、ウチで働かないかい?」

「は?」

目の前の、白露 志戸と名乗った青年。こいつは突然そんなことを言い出した。

いや、何を言ってるんだこいつは。あのクソガキや白露の言葉から、EXEというのが異能犯罪専門の警察みたいなもんだというのは想像できる。そんで、俺は銀行の金を持ち逃げしようとしたり、無免許で異能を使った犯罪者だ。そんなやつを働かせる?普通に考えて有り得ねえ。

何か裏があるのかもしれない。いや、そうに違いない。

俺の名前を知ってるのは、俺のことを調べたってとこか?んで、白脳病の馬鹿だからいいようにこき使ってやろうって魂胆だろ?裏の方じゃあよく見たやり方だ。

残念だったな!俺はそんな単純じゃねえんだよ!

「まあ急に言われても困るよね。まず、ウチでは異能犯罪者を確保して警察に引き渡すってことをしているんだ。そこで、君は結構戦えそうだから、是非ウチに来て欲しいなって思ってね。」

「そうかよ。それじゃ、悪いが俺は他に」

「あ、ウチは給料は歩合制なんだけど、基本みんな億は稼いでるし、僕なんかは年で15億はいくよ。」

「ここで働かせてください!」

気づけば俺はベッドの上で土下座をしていた。




暫く経って、EXE本部の廊下。

「白露さん。朝霧 悠真について、ある程度調べ終わりました。」

悠真と戦ったあの少年が、白露を呼び止めた。

「お、終わった?ありがとね、桜我くん。どんな感じだった?」

「……朝霧 悠真。出身はF地区。家族構成は父、母、弟の朝霧遥斗の4人家族。全員が異能者で、悠真と遥斗の2人が白脳病を患っています。それが発覚したのは悠真が5歳の頃。そして、それから約1ヶ月後に両親が蒸発しています。」

「そっか、悠真くん白脳病だったんだ……。」

白露がポツリと呟く。

「悲しいよね。実の親でも、病気が怖くて子供を捨てちゃうんだから。」

「……続けますよ。その後悠真は近所の人の通報により、警察に保護されました。通報理由は原因不明の異臭だそうです。」

「ん?」

白露は何かが引っかかり微妙な顔をした。そして、少し考え、その正体に気づいたようだ。

「ねえ桜我くん。悠真くんの弟くんは、どうしたの?」

「……朝霧 遥斗は行方不明です。警察が家に突入した時には、既に姿が無かったそうです。その後捜索が続きましたが、結局見つけられず捜索は打ち切りとなりました。」

「ふうん、行方不明、ねぇ……。うん、いい話が聞けた。ありがとね。」

「もういいんですか。」

「うん、何となくだけど彼の内側が見えてきたからね。充分だよ。」

「そうですか。……ハッキリと言いますが、俺はアイツを入れるべきでは無いと思っています。無教養で粗暴。その上裏社会との関わりもある。トラブルの元にしかなりませんよ、あんなの。」

それを聞いて、白露はニッコリと笑って答えた。

「僕はね、この組織には新しい風が必要だと思ってるんだ。いつも言ってるでしょ?お利口さんだけじゃあ時代は作れないって。それじゃ、僕は行くところがあるから、じゃあね。」

そう言うと白露は踵を返し、歩き去っていく。

「あ、今夜一緒に飲み行こうよ〜。」

「……いつも言ってますが、未成年を飲みに誘うのはやめてください。」




俺はあの後、部屋に拘束されてずっと大量の書類とにらめっこをする羽目になっていた。

それで、1時間くらいかけて何とか全ての書類を終わらせた。机には書類のビルが建っている。書いてあることはほとんど読んでないが、ただ働くだけでこんなにサインする必要があるのか?というかそもそもあんな簡単に決めちまったけど、もうちょっと考えた方が良かったんじゃないか?

そんな疑問を問いかけたとしても、返す人間はいない。自分で考えられるほどの脳もない。……なら、今考えてもしょうがねえか。

後でオッサンに聞くとしよう。

書類が片づいたら研修するから夜に駅に来いって言われたが、それ以外は何も言われてないため、ここからは自由時間だ。

だから、今からオッサンに話をしに行くところだ。

俺は立ち上がり、部屋を出た。

「あれ、出口どこだ……。」

その後、外に出るまでもう1時間かかったのはまた別の話だ。




診察室に入ると、相変わらずオッサンが一人で寛いでる。ここは患者がほとんど来ないため、行くと基本オッサンは一人でいる。

「よう、オッサン。」

俺が呼ぶと、オッサンはこっちを見て思い出したかのように大声で笑い出す。

「おう悠真!結構早かったな!んで、金は手に入ったかよ!」

「あー、それなんだけどなぁ、ちょーっと色々あって金は用意できなかったんだが……、EXEってとこで働くことになってな。」

「へぇ、EXEねぇ……。」

「……。」

「……。」

「え、どうやったんだアンタ。」

オッサンから笑いが消え、代わりに素っ頓狂な声が出る。かなりの衝撃だったらしい。

「そこまで驚くようなとこなのか。」

「そりゃそうだろ。っつーか知らねえのかよ。EXEっつったら、毎年数万人いる入社希望の中から一人入れるやつが出るかどうかってとこだぞ。」

「毎年一人……?」

数秒ほど考えた後、結論が出た。

「やばくね……?」

「だからやべーっつってんだよ。悠真、アンタどんな裏技使ったんだよ。」

「いや、なんか入んないかって言われて、それでそのまま……。」

「んだそれ。変わったやつもいたもんだなぁ。」

「……そうか、それじゃあもう裏の仕事をやんのはリスク高えか。バレりゃクビ飛ばされかねねえしな!」

「え、あ、ああそうだな。」

普通にこっちも続けるつもりだったが、言われてみれば確かにそうじゃねえか。裏社会の人間と関わって犯罪もいっぱいしてまーす、は流石に見逃して貰えない可能性が高い。というか俺だったらそんな危険そうなやつ即クビにする。

「ま、そういうことなら、金が貯まったらまた来いよ。どうせ暇なのは変わんねえしな。」

オッサンはそう言うとそっぽを向いて、パソコンを起動した。そして、俺の方を見ることは無かった。

「……そうだな。じゃあ、またな。」

俺はそれだけ言い残し、部屋を後にする。その直前。

「あとよ、金は自分のために使えよ。」

「……なんで気づいた。」

「少なくとも、借金の取り立てくらいで10万も貰えないってことは俺でも分かるよ。」

それ以上は2人とも、何も言わなかった。


「あ、そういやなんか聞きたかった気がすっけど、何だったっけ。」




午後6時。G地区第3ステーション。またの名を旧新宿駅。この時間帯は帰宅で駅を使う人が多く、駅前は人で埋め尽くされている。

「やっほ〜、ちゃんと時間通りに来てくれて安心したよ。それじゃ、とりあえずこれあげる。」

合流するや否や、白露は2枚のカードを渡してきた。ひとつには異能免許と、もうひとつにはEXE社員証と書かれている。

……異能免許?

「あ、社員証は実はね、通信機にもなっていてね、それで連絡が取り合えるんだ。」

「あ、そう……。いや、それより……。」

「どうかした?」

「いや、異能免許ってこれ……。試験とか色々なんないといけないんじゃ……。」

オッサンに教えられたのを覚えている。

異能免許があれば私有地以外でも異能を使うことができるが、免許取得には教習所に行って試験に合格しないと行けないそうだ。

俺は当然教習所なんか行ったことはない。

「ん?ああ、それはね、僕の友達のお偉いさんに頼んで作って貰ったんだ。」

「それって、いいのか……?」

流石に、ギリセーフの範囲内だからやったんだよな……?

「勿論、完全にアウトだよ。バレたら君も僕もお偉いさんもみーんな捕まっちゃうね。」

そんなことを、笑顔のまま言いやがった。

数秒の沈黙の後、ようやく俺の口から言葉が出てきた。

「なんで今言った……?」

それが、俺が最初に思ったことだった。

周りに人が、というか全方位から人が密着してくるような状況なんですけど。普通に聞こえる距離なんですけど。

「ま、そういうことだから!ほら、行くよ悠真くん!」

白露は普通に歩き出した。俺が言うのもアレだが、罪悪感とかそういうのは無いのか?


これ、もしかしてこいつ関わっちゃダメなやつだったのか?




結局のところ、俺には着いて行く選択肢しか残されていない。つーか、今更だけどもし働かないっつってたらムショにぶち込まれてたのだろうか。そう考えたら、最初っから俺はこれしか無かったってことだろうか。

「おーい、聞こえてる?」

「あっ!はい!」

「ちょ、どうしたの急にそんな畏まっちゃって。」

あの態度のままでいられるか!アンタの機嫌ひとつで刑務所行きにされるかもしれねえんだぞ!

「ま、いいけど。悠真くん。こうやって街中を歩いて、異能犯罪者を見つけて確保。そして警察に引き渡す。それが僕たち”執行官”の仕事だよ。」

仕事内容は予想とほぼ同じだな。犯罪者をぶっ飛ばすだけなら、俺の得意分野だし、問題は無い。

「でも、そんな見つかるもんなんすか?」

「んー、まあ適当に1時間くらい歩けばー……お、悠真くん、あれ見て。」

白露は足を止め、前方を指さす。そこには、男がいた。その男は、全身真っ黒な服に、帽子とマスクで顔を隠している。更にやたらと周囲を気にしていて挙動不審で、見るからに怪しい。

「ああいう明らかに怪しいやつは、尾行して見るといいよ。」

そう言うと白露はこっそりと男の跡をつけた。俺もそれに着いていき、何も起きないまま1時間近く歩き続けた。

尾行中俺はずっと黙っていたが、流石に痺れを切らし、白露を呼び止めようとする。

「なあ。もういいんじゃ」

「しっ。彼、やるよ。」

「やるって何を……。」

俺は男の方を見る。男はコンビニの前で立ち止まっていた。

次の瞬間。突如男の手から炎が吹き出し、一瞬でその手を包み込んだ。しかし、男は一切熱そうな素振りを見せない。つまり、炎を操る異能。

男はそのままコンビニの中へと入っていく。

「いくよ、悠真くん。」

「ウス!」

俺達も男の後に続く。すると、

「燃やされたくなけりゃあさっさと金を出せ!」

男はコンビニ強盗をしていた。今日は強盗とよく会う日なのかもしれない。

「それじゃ、今日はただの研修だし僕がサクッとやっちゃうよ。」

白露は強盗に近づく。

「はあい、そこのお兄さんストップー。どうも、EXEの執行官でえす。大人しくしてください ねー。」

なんて、覇気のない声で言うもんだから、

「ああ?んだテメェ、邪魔するな!」

強盗も全然怯まない。本当に大丈夫なのか……?

「あー、無理そうだねこれ。ま、止めてくれないなら仕方ないか。」

はあ、とため息をつく。

「悠真くん。異能犯罪者を制圧する時に大事なことをひとつ教えるね。」

更に距離を詰める。

「お、おい!近づくとマジで……!」

そう言って強盗は手を前に突き出して牽制する。

「僕たちは警察と同じ。市民から見られる存在であるということを、意識した行動をすること。」

「お、おい!話聞いて……!」

「制圧時には、市民に過度な不安や恐怖を与えないように、あまり無駄に出血などは抑えて……」

「い、いいんだな!な、なら、やってやるよ!」

先程と同じように、強盗の手のひらから炎が吹き出す。そして、その炎は白露を襲う……!

……ことは無かった。男は、白露とは真逆の方向。つまり真後ろを向いていた。炎はそのまま虚空を焼く。

「は?あ?は?どこに消えて……。」

強盗は何が何だか分からないって感じだ。

「こうやって、スマートに……」

白露は強盗の後頭部を掴み、

「無力化する!」

思い切り、床に叩きつけた。衝撃で床に亀裂が走り、男が気絶したことで、炎も消滅する。

……スマートか?これ。

白露が男の顔を持ち上げ顔面を確認する。普通に額から出血している。

あ、床に戻して隠しやがった!

「あー……。こ、こうやって無力化したらそのまま警察に連行するか、通報して警察が来るまで待機すること!あと、もし今みたいに何か壊しちゃったら弁償だから気をつけてね!それじゃ、今日は警察に来てもらうから、もう研修は終わり!帰っていいよ!」

「あ、そっすか……。」

なんかもう、俺も色々と面倒くさくなってきた。言われた通り、さっさと帰ろう。俺は足早にコンビニから出ていった。




翌日。EXE本部ビル。

「ってな感じで、ミスっちゃってねー。」

白露と桜我が話していた。話しているとは言っても、白露が一方的にボールを投げているだけだが。

「あの、話ってなんですか。」

桜我が無理やり話を遮る。

「ああ、そうだったね。」

「……神上 桜我くん。君には、朝霧 悠真くんとバディを組んでもらいたいんだ。」

「絶対に嫌です!」

桜我の答えは、白露が言い終わるのと同時に出ていた。

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