幻花「げんか」

@9121

幻花

私の役目は別れを知らせること。

終わりを教えること。

そしてその時に花を降らせること。

私は花降らしと呼ばれている。


人には私の姿は見えない。夢のなかで花を降らし、教えてやっている。だが、鈍感な人間たちはそれだけでは気づかない。別れや物事の終わりを実感した時にようやく


「そういえばこうなる前に不思議な夢を見たんだ。」


などと言い始める。まったく無駄なことをしているなと心底思う。まあ、私にとってはただの暇つぶしだから何でも言いのだが。


 そんなことを思いながら過ごしているうちに私は奇妙な人間にあった。

その若い女の人間には重い病の母親がいる。そして、その病は治らず近い将来母親はこの世を去る。私はそれを知らせるために夢で花を降らせに来たわけだが、その若い女が私に話しかけてきたのだ。


 「あなたは誰?」


こんなことは初めてだ。まずもって私の姿を夢の中で目に見えた人間など今までいなかった。ましてや話しかけてくる人間なんて。

 「お前、私が見えるのか?」

 「うん。」

 「なぜだ」

 「知らないよそんなの(笑)あなたは誰なの?」

 私は不思議に思いつつ答える。

 「花降らしだ」

 「それが名前?」

 「そうだ」

 「綺麗な名前ね」

 「馬鹿にしているのか」

 「してないよ(笑)ほんとにそう思ったの。」

 それがその少女との出会いだった。

 初めのうちは私の姿が見えるし、ましてや会話も出来てしまうこの少女を警戒していた訳だが、話しているうちにその気持ちも薄れていった。 


「初めてだ、人間と話すのは」

「そうなの?どうして?」

「そもそも私の姿が見える人間に会ったことがない」

「あ、だから最初になんで見えるのか聞いたのね」

「まぁもういい。お前の名前は?」

「私の名前は雨。字もそのままだよ」

「雨?辛気臭い名前だな」


少し拗ねたような顔で答える

「うるさい、いいの、私は気に入ってるんだから。雨の日は空気も綺麗になるし、植物たちが育ったり、良いことたくさんあるんだから。天の恵み、なんて言ったりするんだからね。」

「物は言いようだな」

「いじわる!」

 雨は良く喋る女で、年はまだ18らしい。だが、母親の身体が悪くなり、大学に行く金もなく、今はバイトをして家庭を支えているらしい。

父親は、雨がまだ幼い時に病気で亡くなったそうだ。その後は母親が女手一つで雨を育てた。親子仲もとてもよく、お母さんの病気が治ったら温泉旅行に行きたいと雨は言った。


 「雨は母親が好きなんだな」

「うん大好き!これまで私を育ててくれて本当に感謝してるし、料理だって世界一おいしいし、優しくて綺麗でほんとに尊敬できるお母さんなんだ。だから早く病気が治って色んなところに旅行行きたいんだ~」


 私は返事に困った。このあと雨の母親は死ぬ、私はそのことを知らせるために夢に現れたのだ。


 「そうか」

 「反応薄くない?」

 「もし治らなかったら、とかは考えないのか」

 「考えない!お母さんの教えなの、人間はその人の考え方の方向に進んでいくの、暗く考えたら物事も暗いほうに進んでしまうし、反対に明るく絶対うまくいくって思っている人は良い方向に進んでいくのよって」

 「なるほどな」

 雨の根っからの明るさはそこから来ているのか、と思った。

 「そういえば」

 「ん?」

 「花降らしさんはどうしてここに来たの?」

 「ただの暇つぶしさ、お前たち人間の名付けた妖怪なんて者達は何もすることがないからな」

「そうなんだ、花降らしさんは暇人なんだね」

「うるさい」

「でもどうして花降らしさんは花降らしって名前なの?花を降らすってことはその人の好きな花をたくさん見せてくれる妖怪ってこと?」

「……」

「まぁ、そんなところだ」


 私は初めて嘘というものをついた。


「素敵!やって見せて!」

「そのうちな」

「えー、ケチ」

「そろそろ目覚めるころだな」

「そっかぁ残念、せっかく友達になれたのに」

「友達?」

「そうだよ!また会える?」

「どうだろうな」

「そんな寂しいこと言わないでよ、またね!花降らしさん!」

私はそっぽを向いたまま手を雨のほうに上げる。


雨といると全く調子が狂う。妖怪相手に友達か、と小さな笑いがこみ上げてくる。もう少しこの雨という人間の子と関わってみようと思った。

それからでも役目は遅くないだろう…。


それからしばらく私と雨の奇妙な関係は続いた。夢の中で何回会っても雨は色々な話を尽きることなくしてくる。


「ほんとにおしゃべりだな」

「だって楽しいんだもん、妖怪のお友達なんて初めてだし。それに、花降らしさん何だかんだ話聞いてくれるから」

「まぁ私も人間と話すのは初めてだからな、暇つぶしになって良い」


雨は微笑んで答える。

「暇つぶしとか、そういう正直に言う花降らしさん好きだよ」

「それに…」

「ん?」

「お母さん最近話すとすごく疲れちゃってる気がして、あんまり話せないの。だからその分も花降らしさんに話してるんだよ。」


ここ最近雨の母親の容体が良くない。身体も前より痩せて袖口から見える手首が格段に細くなった。時折咳もして、よく雨が背中をさすっているらしい。


「お母さん良くならないのかな。」

「母親の教えはどうしたんだ」

俯いていまにも泣きそうな顔をして雨は言った。

「そうなんだけど…、さすがに、ね。」


私の口が意識と関係なく動く

「…きっと」

「ん?」

「きっと大丈夫だ」


この日わたしはまた雨に嘘をついた。


「ふふ」

「なんだ」

「優しいね、ありがとう。明るく考えるよ、お母さんに怒られちゃうもんね!」

「お前が口数少ないとわたしの暇つぶしにならないからな」

「はいはい」

呆れたような、少し馬鹿にしたような、嬉しそうな顔で雨は相槌を打った。



 それからまもなくして母親の容体が急変した。もってあと数日らしい。

医者が言うには末期がんだった、しかし母親から雨には言わないでと口止めされていたらしい。


「お母さんらしいけどさ、言ってほしかったよ。」

「そうだな」

「だってもう…。」

雨はうつむいたまま肩を揺らしていた。


 私は何も言えなかった。そもそも私が初めに役目をこなしていれば雨は変に期待することなんてなかった。雨を騙し続けてしまった。後悔の念が私を覆う。

しばらく沈黙が続き、雨の泣く音だけが夢の中に反響していた。私はどうすることも出来ず、ただ雨を見守ることしかできなかった。


「黙っててごめんなさい雨。」


私たちの後ろから澄んだ声がした。

徐に振り向くとそこには雨の母親が立っていた。それもまだ病気になる前の佇まいで。


「お母さん!?なんで?」

思わず目を見開いて雨は言った。

「わからないの、眠ったらここにいて雨の声がしたからこっちに歩いてきたの。」


「……っ」

雨は何か言おうとして口を開く。しかし喉が震えて声にならない。

「おかあ…さん」

その一言で涙がとめどなく溢れ出た。

「うわああああん」

幼い子供の様に雨は母親に駆け寄りその腕の中で泣いた。母親は泣いている雨を優しく抱擁し、ただただ何度も謝っていた。


 しばらくして雨が落ち着くと母親が声を向ける。

「あなたは?雨のお友達?」

「お前も私が見えるのか」

「あら、他の人には見えないの?何だか嬉しいわね。」

雨「花降らしさんって言うんだよ」

母「花降らし?素敵な名前ね~」

親子だなと思った。

花「…雨の友達だ」

母「まぁそう!仲良くしてくれてありがとうねぇ、おしゃべりでしょ?この子」

花「ほんとにな」

雨「二人してなんなのよ!」

楽しそうに親子二人で笑っている、そんな中母親が不意に私に問いかけてきた。

母「花降らしって昔おばあちゃんに教えてもらったわ。別れや終わりを花を降らして      教えてくれるんでしょう?」 

雨「え…?」

雨がこちらに焦点を合わせる。

雨「ひょっとして花降らしさんはお母さんの病気が治らないこと知ってたの?」


私はもう嘘をつけないと思い正直に話した。

花「すまないその通りだ。全て知っていた。雨に母親との別れがあることを知らせるために私は雨の夢に現れたんだ。何とでも言ってくれ、何度でも責めてくれ。私はずっと雨に嘘をついていたんだ。」

 私は雨の顔を見れず俯いていた。


雨「顔を上げて。」

冷たい声がする、私はゆっくりと雨に顔を戻す。



雨「辛かったでしょ」



予想外の言葉が私を打ち抜く。

花「…は?」

雨「だって私が悲しむと思って嘘をついてたんでしょう?」

花「それはそうだが…」

雨「そんな優しい噓つきさんに怒れないよ。お母さんだって私に言ってなかったし」

母「ごめんね雨」

雨「いいの!二人とも優しい嘘なんだから何も怒ってないし責めもしないよ。」


 私はそんな言葉を聞いてなんとか力になりたいと思った。しかし死の運命は変えられない。私はただの妖怪なのだ。


花「妖怪…?」

雨「ん?」

花「そうだ。私は妖怪なんだ」

雨「今更どうしたの」

花「雨、いつかの約束覚えているか?」

雨「約束?」

花「私がいつか花を降らせてやると言っただろう」

雨「言った…けど、いいの?」

花「母親の運命は変えられない。だが、親子二人の最後の思い出作りを私に手伝わせてほしい。こんなので罪滅ぼしにはならないが。」

雨「罪滅ぼしなんて…でもありがとう」

母「私が余計なことを言ってしまったから…、ごめんなさいね。」

花「いいんだ。いずれ話さなければいけなかった。最後のひと時を親子水入らず楽しんでくれ、こんな風に降らせるのは初めてだな。」



 大きく息を吸う。私はゆっくりと宙に浮いた。



花「なにか好きな花はあるか」

雨「お母さんが言っていいよ。お母さんが好きな花を最後に一緒に見たい。」

 涙を滲ませながら雨は言う。

母「雨ありがとう。そうね…」

 短い沈黙の後母親は答えた。

母「桜…。」

雨「桜?」

母「そう、桜がいいわね。まだ雨が小っちゃかったころにみんなでお花見したのよ。お父さんも一緒にね。あの時雨がものすごく喜んでね、すごく楽しかったの。」

雨「そうだったんだ。」

母「だから私にとって桜は特別な花なのよ。」

 母親は微笑んで懐かしむように雨を見た。


花「わかった」

 私は大きく両の腕を広げ祈った。

  ひら…ひら…

何処からともなく花びらが舞い落ちる。

  ひら…ひらひら…はらはら…

私はさらに強く念じる。春一番のような強い風が荒く吹き抜けた。

雨「わっ!」

驚いて思わず目を瞑る。次に目を開けた時そこには幻想的な世界が広がっていた。


 

                白い嵐   



そんなような表現だ。辺り一面に花びらが舞い身体中で桜を感じられる。美しい?可憐?煌びやか?私が知っている言葉達では全く足りなかった。


雨「すごい…」

母「綺麗だね。本当に。こんなに綺麗なもの初めて見たよ。」

雨「最後にこんな綺麗なもの二人で見れてよかった。」

 最後。その言葉が大きくのしかかる。夢というのはわかっている。ほんとはこんな時間は現実にはないということも分かっているつもりだ。充分に贅沢をさせてもらっている時間だということも分かっている。だけどやっぱりお母さんとはまだまだ一緒にいたいというわがままが心に強く残っている。


母「まだ雨がこんな年なのに病気でごめんね。もっとあなたの成長を見たかった。お嫁さんになるところも見たかった。あなたの子供も見たかったし、おばあちゃんってよばれたかった。」


 母の目から花の雫のような涙が零れる。


母「だけどこれだけは忘れないで。この夢から覚めたらきっと私はこの世にいない。でも、私は雨の傍にずっといるわ。誰よりも傍にいて、いつでもあなたの味方よ。だから寂しがらないで、いつも明るく物事を考えて強く生きてね。大丈夫よ。私のかわいいかわいい娘なんだから。」

雨「うん。わかった。約束する。でも、寂しくなったら空向いておしゃべりするから聞いててね。」

母「もちろんよ。大好きよ雨。この先もずっと。」

雨「私も大好きだよ!お母さんの娘でほんとに幸せだった。向こうでお父さんと仲良くしてね。」

母「あの人ちゃんと待ってるかしらね」 

雨「きっと待ってるよ」


 こうして花吹雪のなか最後の親子の時間が終わった。


花「親子水入らずの時間楽しめたか」

雨「おかげ様でね!ありがとう!」

母「本当はこんな話も出来ないでお別れするところだったのに、花降らしさんのお     かげね。本当にありがとうございました。」

花「いいんだ、少しは力になれてよかった。さて、そろそろ目覚める時間だぞ。 雨、大丈夫か」

雨「もう大丈夫!いっぱいお母さんと泣いたし、言いたいことも言えた!」

花「そちらも大丈夫か」

母「大丈夫よ、安心してあちらにいけます。」

花「そうか。最後に」

雨「ん?」

花「暇つぶしなどと言っていたが、私もこの夢でお前と話すのはとても楽しかった。心から礼を言う、ありがとう。」

雨「花降らしさんってそんな顔で笑うのね」

 いたずらっ子のような顔で雨は言った。

花「最後の最後まで調子が狂うな、雨といると」

 三人で大きく笑う

雨「また会える?」

花「どうだろうな」

雨「いつもそれなんだから」

 拗ねた様な顔で言う。


花「またな」

夢から覚める瞬間にそんな声が聞こえた気がした。



あれから5年の月日が流れた。


 母と不思議な夢の中で最期に過ごしたあの夜、しっかりと私は笑って母を見送ることができた。冷たくなった母はとても清らかな顔をしていて、苦しまず眠るようにこの世を去っていった。

 いま私は花屋で働いている。色々な人がそれぞれの思いを持って花を買いに来る。花というのはその時々で見方が変わるとても不思議なものだ。それを育てて、また誰かの思いを表現や、体感するものになっていくことにとても喜びを感じている。

 母が死んだあの夜、夢で母と桜を見たことを今でも覚えている。だけど、もう一人、3人で過ごしたような気がしているのだ。むしろその人のおかげで言葉では言い表せれない美しいものを見れた気がする。それが強く残っていて花屋になったところもある。


「うーん、誰だったかなぁ」


 カランカラン

 店のドアの鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ~」

そのとき初冬を迎える時期だというのに春一番のような風が一風入ってきた。

「うわ!なに?」

驚いて声を上げてしまった。

「変な風」

ドアを閉めようとしたその時、閉まる瞬間の隙間から桜の花びらが一枚店に入ってきた。ひらひらと舞い、私の肩もとについた。

「桜?こんな時期に?桜の木なんて近くにないのに…」

そう思った矢先、口が意識とは裏腹に言葉を発した。




                 また会えたね    

                                                            




 

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