ショッピングモール

yasunariosamu

第1話

◯一周目

開店と同時に入り口を通過した。今日はあの話題の作品の劇場版の初日だ。同じ目的なのか、我先にニ階に上がる人に群れ。まあ、最近はスマホで予約。全席指定席だから、争って並ぶ必要もないのだが。


「楽しみー。」


不意に会話の声が耳に入る。よく見れば、母と娘、その弟と思しき家族連れがポップコーンを買っている。さっきの声は、子供の声ではなさそうだから、母親か?最近のアニメは大人のファンも多い。


上映時間まで、まだ少し時間がある。エスカレーターに乗って上に上がる。上がった先は、ゲームコーナーだ。派手目の小学生が、太鼓を叩いている。喋ってる内容でかろうじて小学生ってわかるが、化粧はばっちり、服はピッタリ。アクセサリーはジャラジャラ。これが、普段はランドセルを背負ってるって考えると少し眩暈がする。さて、こいつらがやってるのは、なんのゲームか。流れてる歌が神アニメの主題歌ってのわかる。歌に伴って、右から流れてくる棒を太鼓を叩いて消す。昔はやった、踊りのゲームに似たようなものがあった。ゲームセンターにもあんまりいかない。並んでるゲーム機でかろうじてわかるのは、プリクラとクレーンゲームくらいだ。クレーンゲームの中の人形の元ネタもなんなのかよくわからない。


騒々しいので、本屋に向かう。その前には文房具屋だ。と見ると2歳くらいの男のが一人で歩いている。なんの迷いもないしっかりとした千鳥足だ。ふらふら歩いているのを見てると、当然の疑問が湧きあがる。親はどこだ?周囲を見回してもいる気配がない。子供は、まっすぐ屋内駐車場の方に向かっていく。さてどうしたもんか。迷子にしちゃ、子供に不安感がない。でも親は居そうにない。すれ違う大人達は、子供を見て、目線を上げて子供を見てる俺を見る。親と思われてるな。しょうがないので、声をかける。

「僕、お母さんは?」

声を発した瞬間。店の角から、親子が出てきた。

「いた!」

子供の方が声をあげる。2年生くらいの男の子だ。ヨタヨタ歩いてた方の子供が振り返る。どうやらほんとの親らしい。ちょっと気恥ずかしくなりながら、本屋に行くのはやめて、階下に降りる。エスカレーターを2回降りると、時計屋だ。色とりどりの時計が展示されている。ただよく見るとどれも時間はバラバラだ。手元のスマホを見る。9時15分。これとあってる時計は、あの白と赤の子供向けのキャラクターを模した時計だけだ。時間ぐらい合わせときゃいいのに。そう思いながら、店の前を通過する。向こう側にショーウィンドウに齧り付いてる女性は何を見てるのか?ああ、宝石店か。さっきの派手目の小学生を思い出す。あいつらがつけてた宝石みたいなやつが本物だったら世も末だな。うろうろするのも疲れた。ベンチに座って足を組む。まあ、特段用事も無いし時間まで、ここで休んでいこう。


だが、ついうとうとしてしまった。


◯ニ周目

「楽しみー。」

少し甲高い声で目が覚めた。声のした方を見ると、母と娘、その弟であろう3人連れが歩いている。どっかで見たな。そう、映画館の前だ。昨日もみた。親子連れは、二階に上がるエスカレーターに乗って行った。昨日?うとうとしてるうちに寝込んだとしても流石に1日は寝てないだろう。なんで昨日だと思った?ベンチを立つ。まるで一晩ぐっすり寝たように頭はすっきり、体はバリバリだ。親子の後を追って2階に上がる。エスカレーターを降りると映画館だ。受付に回ってスマホを見せる。家で予約してたので、そのまま入れるはずだ。

「申し訳ありません。これは昨日の上映のご予約です。」

え!予約を間違えたのか。数千円の金だが損するとなると不快感が強くなる。

「払い戻しもできますので、ネットで手続きしてください。」

そういう問題でも無い。すっかり映画を見る気だったんだ。思わずゴネたくなる。うしろで、並んでる人の息遣いが聞こえる。グッと堪えて、窓口を外れる。近くのベンチに座り、スマホを確認する。今日は、21日。予約は20日の10時からの回になっていた。予約をするとき間違えたのか?人の列が、映画館に吸い込まれていくのを見ながら自分のうかつさを呪った。


さて、これからどうする。帰りのバスは、1時間は来ない。店内をぶらぶらするのもいいが、あまり興味がのらない。少し伸びをして、屋上の駐車場に上がることにした。階段の方へ歩く。途中ヨタヨタ歩いてる子供を危うく蹴飛ばしそうになりながら、階段を上がった。エスカレーターやエレベーターもあるが、時間はある。携帯ショップの前を通る。何かキャンペーンかな、バイトの高校生くらいの男子 二人、ティッシュを配っている。携帯会社のロゴと新サービスの紹介の入ったティッシュをもらい通り過ぎる。ティッシュを渡すとき以外は、この二人ずっとだべっている。少年、働くってのはそういうことじゃないぞ。心の中で呟く。


屋上に駐車場に出た。駐車場には、白いハイブリッド車が一台。ナンバーが覚えやすい。1192。昔歴史で習った数字だ。他の車はない。暑いから、ここまで上がってこないで、途中の階で止まるのだ。その方が屋根があって日差しが防げる。向こうの山の山頂付近に、黒い大きな物がぬるりと動く。雲の影だと認識するのに少し時間がかかった。さて、ここからどうしよう。見下ろせば、街は普通に動いている。車は道路で渋滞しているし、チャリンコのガキどもは、いつも通り自分勝手だ。犬の散歩のおばさんは、犬が縄張りチェックをしているのをじっと待っている。日差しは、かなりきつい。エアコンの室外機が、フル回転している。そのくせ音が気にならないのは、室外機の性能なのか、単に俺がこの音になれたのか。室外機の横には、移動式粉末消火設備と書かれた箱。横に消化器が入っているであろう小さい箱が置いてある。改めて見ると随分数が多い。こんな屋上で、何も燃えるものがなさそうなところで、これだけの消化器がいるのかってぐらいたくさんある。

「ああ、車か。」

そうだ、車が燃えたら、中身はガソリンだ。それじゃあ、これだけあっても足らないかもしれない。ここにいても出口はない。車を持ってないと車用の出口からは出られない。階下に降りる、店内に入る入り口を探す。下に降りるエスカレーター。向こうの入り口は、エレベーター。エレベーターの横には非常階段。若い頃は、努めて非常階段を使っていた。エネルギー問題の少しでもの解消になればとの思いだ。今は、なぜそんなことを思って、そんなことをしてたのかよくわからない。


エスカレーターで、階下に降りると、下の降り口を親子連れが横切る。屋上に上がる前にすれ違った親子と違いこっちの息子は三十前後。明らかに障害がある感じだ。親の方は、五十くらいかだろうが、六十くらいに見える。苦労しているんだろうなと思った。エスカレーターが、下に着く頃には、二人は向こうの本屋の方に消えて行った。こういうショッピングモールの上の階には大概本屋がある。一階や地下でも良さそうだが、大概上の階にある。なんでかな。などとどうでもいいことを考えながら、本屋の方に行く。少し違和感。天井を見ると蛍光灯が一列飛びに抜かれている。なんとなく、うすぐらいのは、このせいか。


◯三周目

俺は、三階のエレベーター前のベンチにすわっていた。家族が、恋人が、友人達が待ち合わせに使えるように店側が設置しているプラスチックの台座に、木で座板を組み合わせたおしゃれベンチだ。そのベンチの反対側に座っていた男が目を上げた。目があった。さっきまで、フロアの床のホコリを一つ一つ注意深く数えているような目が、まっすぐに俺の目を見る。

「あなたもですか。」

男は不意に口を聞いた。置物が喋り出したような違和感。

「家内と逸れまして。もうずっと探してるんです。」

独り言のように喋り続ける。話しかけられているのだということを理解するのに時間がかかった。

「そうですか。受付で奥さんを呼び出して貰えば早いんじゃないですか?」

めんどくさいが、ゆっくり答える。昔からこの手の年寄りにはよく声をかけられる。

「まあ、そうなんですが。それもできなくて。もう3日もここにいるんです。」

何を言ってるのかわからなかった。店には開店時間も閉店時間もある。流石に、3日もここにいることはできない。

「帰れないんです。」

あなたもでしょう。そんなふうに言われたような気がした。

「は?19日からここにいるんですか?」

「いえ、今日は22日ですから、20日からです。」

22日?スマホを見た。確か22日になってる。映画館で見た時は21日じゃなかったか?見間違いか?記憶に自信がなくなる。

「車で来てるんですがね、出方がわからないんです。」

聞けば、新しくなった精算機の使い方がわからないらしい。たまに車でくるから、わからないでもない。あの切符も何もない精算機はいまだに信用できない。

「車のナンバーは、何番です?精算してあげましょう」

老人の顔が嬉しそうに変わる。

「いい国です。1192。鎌倉幕府が開かれた年です。最近はちょっと変わったみたいですが。」

精算機の前まで老人を連れて行き、俺は、ディスプレイに1192と押す。車の写真が出てくる。

「これですか?」

老人に尋ねた。

「ああ、これです。こういうふうに使うのですか?駐車料はここに入れればいいですか?」

「ええ。」

男は財布から小銭を出して入れる。ディスプレイの画面が変わり15分以内に出るように指示が出る。

「車まで行って、15分以内にここから出てください。」

「助かりました。家内は、後から迎えにくることにします。家に帰れば、携帯の番号もわかりますし。」

「そうですか。」

老人は、駐車場の奥に消えて行った。


◯4周目

老人を見送ったあと。階下に降りる。3日もここにいるとか言われて急に腹が減った。一階の飲食店で何か食べよう。そう思った。エスカレーターを降りた目の前は時計屋。小さなスペースにいろんな掛け時計。時計の針は、まちまちだ。たしか、合ってるのは、子供向けのキャラクターの顔を模した赤白の時計だけだったはずだ。大きな数字とキャラクターのついた長針と短針。秒針はない。短針には敵役の黒いキャラクター。長針には、ヒーローの赤いキャラクター。よく見ると3の横に四角い枠。24とある。日付の出る機能もあったらしい。24が日付だって、子供にわかるのかな。今日は21日。これであってる時計はこの時計屋には一個もないことになる。電波時計とかじゃないのか最近のは。


一階の食料品売り場。何か買って食いたいところだが、りんごとか買っても、その場で食べれないな。ちょっと恥ずかしい。諦めて周りを見回す。真っ赤な看板が目を引いた。たこ焼き屋だ。スマホ決済は使えるのか?レジの印を見る。今どき現金だけのようだ。財布を開けてみるが、現金はわずかしか入ってない。まあ、ギリ足りるか。帰りのバス代は、帰りにATMで金を下ろせばいいだろう。店前に設置してあるイートインスペースに、座り込んで丸いボールに爪楊枝を突き刺し、一つづつ食べる。妙にうまい。3日ぶりの食事のような美味さ。この店こんなに美味かったか?向こうの端っこのテーブルでは、障がいのあるような男とその母親らしき女性が、うどんを食べている。どっかで見たなあの二人。向かいのテーブルには頭が禿げた長髪のおっさん。俺と同じ上着だ。少し腹が落ち着いたら、妙に眠たい。目を瞑って力を抜く。


これでしばらくじっとしてると、眠気が少し飛んでくから不思議だ。


◯5周目

目を開けて、立ち上がる。たこ焼きのガラを捨てる。端っこの親子はいなくなっていた。向かいのおっさんも立ち上がったところまでは視界にいたが、いつのまにか見えなくなっていた。


「楽しみー。」


不意に声が聞こえた。聞いたことある声だ。振り向くとたこ焼き屋の前をあの親子が通り過ぎて行った。何が楽しみなんだろう?今度はふと気になった。後をつけてみるか?魔が刺した。親子は、エスカレーターに乗って二階に上がる。目の前は映画館だ。同じ映画。親子は、受付を済ませ映画館の中に消えて行った。そういえば、俺もこの映画を見るつもりだったんだ。予約を間違えたんだった。空いてるみたいだし、ワンチャン席が空いてたらその予約で入れてもらえるかもしれない。そう思って、受付に行った。


「すみません。予約日が違いますので、入れません。一旦払い戻しをされてまた予約し直されたら良いかと思います。あと、払い戻し期限は一ヶ月になってますので、あまり期限がありません。本日中に手続きをされた方が良いかと思います。手続きの仕方は分かりますか?」

一ヶ月。まだ何日もある。何を言ってるのかよくわからない。受付のカレンダーを見ると9月19日とプレートがはめられていた。夏休みの終わりかけの最後の日曜日だったはず。9月?どういうことだ。あの老人なんて言ってたか。出れないとか。日付が進んでいるのか。俺は、家に帰ったか。閉店時間もあったろう。どうしたっけ。頭が混乱する。看板の映画の告知が不意に切れた。画面が暗転して、自分の姿が映る。長髪に半袖半ズボン。イートインで見たおっさんだ。よく見ると自分自身だ。もともとこんな長髪だったか。いやいや。一昨日散髪に行ったばかりのはずだ。


一昨日って何日だった。


◯6周目

老人が座ってたベンチに戻る。体中から何かが抜けてくような疲労に襲われている。俺は、いつからここにいる。いつから居続けてる。いやいや、この店は24時間営業じゃない。夜は閉まってるはずだ。ベンチでうとうとしてるうちに夜になっても、流石にガードマンとかに追い出されるだろう。腹が減った。スマホ決済の残高を見る。随分減ってる。取られたのか。くそ。いつの間に。履歴を確認してみる。毎日、同じ店で使っている。このショッピングモールの食べ物街の店だ。一階のラーメン屋。腹も減った。いそいで、一階の食べ物街に行く。ここは、たまにしか来ない。真ん中のテーブルが食べるスペースで、そこ囲むように店が並んでいる。目的のラーメン屋は、右から三番目にあった。店に向かって一直線に歩く。

「あ、いらっしゃい。今日も来たの。毎日飽きない?」

店のおばさんに声をかけられた。毎日?いつ来たか覚えていないのに、毎日?このおばさんは誰だ。

「で、いつもの?」

思わず頷いた。数分後、出てきた塩ラーメン。あまりにも自然だったので、思わずスマホで決済をして、席に移って食べる。

「器はそこに置いといて。また割るといけないから。」

あまりの馴れ馴れしい応対に毒気を抜かれ、そのまま店を後にした。自然すぎる。もし、俺のスマホから残高を抜くとしたらあのおばさんしかない。おばさんを問い詰めようと、カウンターに行こうとした。緑の髪の少年とぶつかる。少し小太りでヤンチャなタイプだ。ちょっと睨まれる。絡まれると厄介そうなタイプだ。


思わず食べ物街から逃げ出した。


◯7周目

何かまずいことになっている。よくわからない何かに巻き込まれている。このショッピングモールにいることが、まずい。入り口はどこだ。ここから出よう。すぐに。出口は、どこだっけ。ここは一階だから、どこかに出口があるはずだ。向こう側にショーウィンドウに齧り付いてる女性がいる。宝石店だ。たしか、宝石店は入り口近くにあったはず。なのに、見つからない。このドアは、バックヤードへ続く。この路地の先はトイレだ。あっちにいけば生鮮品売り場だ。出入り口だけが見つからない。誰かに聞いた方が早いか。インカムつけてうろうろしている男の店員に尋ねる。

「出口はどこですか?」

上擦ったような声になってしまった。店員は、聞こえないふりをして向こうに行ってしまった。インカムで何かを話してる風だったからほんとに聞こえなかったのかもしれない。しかたない、次は、ああ、サービスカウンターに女性の店員がいる。ショートカットの感じの良さそうな人だ。

「すみません。出口がわからなくなって、どういけばいいですか?」

少し笑いを含んで、女性が答える。

「あっちですよ。駅前に行かれるのなら反対側の出口がいいですけど。」

指差した先を見ると、自動ドアの向こうに車が行き交っていた。さっきまでは、見当たらなかった。あると分かればある。一刻も早くでたかった。急いで、自動ドアをくぐる。ドアが開くのが間に合わずドアにぶつかってしまったけど。太陽が眩しい。


思わず目を瞑った


◯8周目

目をあけると3階のベンチにいた。緑の髪の少年が、チラリとこちらを見て前を横切る。向こう側のゲームコーナーに行くようだ。障害のある息子を連れた老婆が、写真店からでてきた。随分とめかし込んだ格好だ。で、俺はどうしたんだ。確か、道路側に出たはずだ。なぜか3階にいる。俺は出れないのか?一生ここで過ごすのだろうか。暗くなった気がして顔を上げた。緑の髪の少年が、前に立ってる。随分と大きい。なんだこいつ。思わず逃げ出したくなる気持ちを抑えて顔を見た。

「おっさん大丈夫か?」

甲高い。子供のような声。あらためて顔みる。でかいは、でかいが子供だ。少しホッとする。

「出れないんです。この店から。」

田舎のボロ屋の我が家が脳裏に浮かんだ。とにかく、そのボロ屋に帰りたかった。

「なんだ、おっさん迷子か?」

迷子?俺は、迷子なのか?

「どうやってここまできたんだ。」

「バスで。自分家の目の前がバス停なんです。だからバスで。」

「なら、俺がバス停まで送ってやるよ。おっさんの家に行くバスに乗っけてやる。降りるところはわかるか?」

「もちろんですよ。」

ならついてこい。と言って少年は先に歩き始める。俺は、ヨタヨタと後をついてゆく。正直もう疲れ切っていた。店からは、簡単に出れた。バス停でバスに乗る。少年は、私がバスに乗るまでそばにいてくれた。あの世のお迎えも、こんな感じで来るんだろうか。


バスに乗ってる間、そんなことを考えていた。


◯9周目

バスから降りると屋上だった。羊雲が、青い空の下に広がっている。山々の木々の緑は少し薄汚くなってる。叫び出しそうになった。我慢できずに、叫んでしまった。

「なんなんだ、こんちくしょう。」

屋上まで、バスは来ない。なら、さっきまで乗ってたバスはなんなんだ。後ろを振り返ってみても、店内への入り口があるだけだ。下に降りるエスカレーターだけが、律儀に動き続けている。

もう一度、屋上を見る。駐車場には車ひとつ停まっていない。等間隔で設置してある消化器の箱やら、車止めやらが、墓石のように見えてきた。急に寒気を感じて、階下に降りる。エスカレーターが、二階に着く頃不意に目の前を家族連れが、横切った。


「楽しみー。」


思わず視線をあげる。母親と娘。息子はいない。でも見覚えのある顔だ。ただ、着ているものは、厚着になっている。俺は、恐ろしくなって、エスカレーターを小走りで降りる。たこ焼き屋と宝石店を抜け外へ続く道を走った。行き止まりの向こう側はドラッグストア。薬屋だ。道を間違えたのか?俺はその場でへたり込んだ。周囲の客は俺を避けて歩く。俺の方は見ようともしない。叫び出しそうになる。思わず叫んでいた。

「大丈夫。落ち着いて。」

そう言って、羽交い締めにされた。インカムをつけた店員。大きな男だ。思いっきり力を込めてもびくともしない。諦めて、言われるままイートインコーナーの椅子に座らせられる。自動販売機から出てきたお茶を勧められた。蓋をキュッと回す。暖かいペットボトルの中身をゆっくりと飲む。

「出れないんです。」

俺は必死で訴えた。店員は、俺の顔を見ながらため息をついた。なんだこいつ。頭に血の上らせながらもう一度言った。


「出れないんです。この店から。」


◯10周目

店員の目に奥の光が、虫ケラを潰すときの親父に似ていた。俺は、立ち上がり、大男の前から逃げ出す。男は追ってくる。何かにつまづいてこけた。足元を見ると、子供が、泣いている。俺は急いで立ち上がり、駆け出す。

「りょうくん大丈夫?」

母親らしき声が聞こえる。今はそれどころじゃない。のんびりと上がるエスカレーターを無視して、階段を駆け上がる。頭の中は、親父の靴の下のカブトムシのイメージに支配されていた。潰される。俺は潰される。ゲームコーナーの横を抜けて、立体駐車場の方に走る。暗い出口の方に駆け出す。駐車場に飛び出したところで、体が竦んだ。車のヘッドライト。屋上の駐車場で見た。1192のナンバープレートをつけた白いハイブリッド車。運転手は、あの老人だ。出口とは逆方向に走ってくる。俺の方に走ってくる。加速した。まっすぐに俺に向かって、突っ込んでくる。避けなければ、逃げなければ、気ばかり焦って体がついてこない。鈍い音がして、鋭い痛みが体を貫く。はねられた。当てられた。体がスローモーションのように宙に浮く。ボンネットに背中を打ちつけて、フロントガラスに頭をぶつけた。耳に当たったワイパーの感触。地面にうちつけられた俺は、横目で白い大きなものが、金網を突き破って、室外機に突っ込むのを見ていた。消化器の先から、白い煙が出ているのを見た。ドアの窓が開いて、粉まみれの男がでてきた。


何か喚いていた。



◯ エンドロール

「いつもいましたね。あんな風体でしょ。みんな極力話しかけないようにしてました。」

「友達とはオチィって言ってました。長髪で禿げてたじゃないですか。落武者みたいだって。冬でも半袖半ズボン目立ってましたね。え?話しかけないですよ。絶対ヤバい人じゃないですか。」

「私達も見ました。今話題の映画何回見ても泣けるじゃないですか。来るたびにいるんですもん。帰ったら映画より、あのおじさんの話題が多かったりして。たこ焼き買ってたとか。」

「あんまり視線は合わなかったですね。ぼく達のこと見えてたんですか?」

「ああ、亡なったんですか。なんで?事故。ああ、立駐っすか。」

「え?オチィ車乗ってたんですか?いつもバスだったのに。ああ、巻き込まれて。あの立体駐車場から車が落ちそうになった事故ですか。それは気の毒ですね。」

「おじいちゃんが、アクセルとブレーキ間違えたんですっけ?怖いですね。」

「じゃないよ。一旦室外機に激突した車が、バックしてもう一回轢かれたって聞いてる。」

「あのおじいちゃんもずっといたよね。最近は一人だったけど、前は、おばあちゃんと一緒でだったよね。」

「おばあちゃん、確か亡くなったんじゃなかったけ?おじいちゃん知ってる人がいてそう言ってた。」

「おじいちゃん、この店から出れなかったって言ってるんですか?それ嘘ですよ。普通に車で帰ってるの見ましたよ。」

「ああ、精算機の使い方よくわからなかったみたいですね。よく人に聞いてました。」

「認知症だったんですか?あのおじいちゃん。見えませんでしたね。いつもきちんとした格好してましたし。オチィの方が、まだそれっぽかったですよ。」

「オチィといえば、大流血事件あったじゃん。割れた丼の上にこけて、血だらけになったやつ。」

「オティ、パニックになって、救急車やら警察やら大変だったやつだね。」

「あのあと、一週間くらいいなかったよね。」

「一ヶ月じゃない?あれまだ夏休みだったし。」

「オチィ?ああ、あの長髪のおじさんですか。ベンチで死にそうになってたんで、バスで家まで送ってあげました。家?普通の一軒家でしたよ。一人暮らしって感じじゃなかったですね。ああ、お母さんと一緒だったんですか?それはお気の毒でしたね。バスの中?いえ、ずっと普通でしたよ。何話したかは覚えてないけど、何度もお礼を言われました。バス代なんかもちょっと多めにくれたりして。」

「はい。あの時までは普通でしたね。まあ、格好は変でしたけど。私が話しかけたら急に叫び出して。何かしたのかと思っちゃいました。何もしませんよ!なんでしたら、ここのカメラ見てください。防犯カメラ設置してるんです。時々、触られたじゃ、お前が罪をぬすくったじゃごねるのがいますからね。」

「しばらくきてましたね。いつきても初対面な感じで話しかけられたですけど。ええ、いつも塩ラーメンでした。支払いはスマホ決済。残高?支払えないってことはなかったですね。仕事してる風じゃなかったけど、どうやって補充してたんですかね。」

「家でですか?今朝出るまでは普通でした。小遣い?ああ毎月渡してました。いつもどこに行くのか知らなかったですが、そうですか。そのお店にお邪魔してたんですか。で、なんですか?うちの息子は被害者ですよね。」

「あいつが嘘を教えて、俺を出れなくしたんだ。当然の報いだ。」






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