【短編】あの場所に置き去りにされた絶望LEVEL6
渋紙のこ
「あの場所に置き去りにされた絶望LEVEL6」
置いてきた、あの場所に。もう戻ることはない。人のことを信じられなくなったのはいつからだろう。しんしんと積もる人間不信に、俺は人に期待をしなくなった。
例えば、10人しかいない世界で生きるひとがいる。そこで、お山の大将になって、満足している。俺が突然その仲間に入ろうとすると、お山の大将は、あれやこれやと攻撃してくる。そんなやつがいるのが、LEVEL1だ。ひどく閉鎖的な、自分がその世界しか知らないお山の大将だなんてことを知らないで。
そりゃ、世界中の人を相手にしてる人とたった10人の価値しか知らない人が、共存できるか?できないね。周りにイエスマンだけに囲まれて生きることも地獄だろうけどさ。その地獄さにも気づかないんだろうな。
いきなり俺は、LEVEL6の世界で絶望した。そうだな、田舎の中学を卒業して、これまた田舎の高校に入って、大学で東京に進学したぐらいのLEVELだ。年を取るたびに、少しずつ新しい人間に出会って、生きてきた。でも、LEVEL6にもいるんだ。LEVEL6のお山の大将が、ああ、世界の狭さを知らずに、全部自分が正しいって顔してさ。
俺は、はじきだされた。たった数百人の世界から。そのLEVEL6の絶望を前にして、俺は、考えることをやめた。もっと広い世界になんか思いを馳せることはできなかった。そういう絶望は、外ではなく、内側にめがけてやってくる。
それに大事なことは、絶望は、外の世界からやってこない。内側のそこで生きなければならない場に、絶望は落ちている。
きっかけを話そう。高校で友達になったやつだった。俺とは、気が合ったと思う。彼より俺はすべてが優れていて、教師からも一目置かれていた。それが気に入らなかったんだろうな。彼の心の中までは推察できないけど、次第に敵対心のようなものを彼から俺は感じるようになった。
俺には、そんなこと問題じゃなかった。ここは狭い世界だと、ハリウッド映画を見て、知っていたから。でも、彼は、違った。僕と彼は、中学のときまでは学力に差がなかったからだ。俺になんか簡単に勝てると思ったはずさ。いじめ、仲間外れ、俺を陥れた。周りのやつも彼の方についたってわけさ。俺を救いにくるやつなんかいやしなかった。狭い世界だからな。彼の父親も偉い人だったから。
彼は、一人で嫉妬心を燃やし、俺のことを仲間はずれにしたんだ。彼は、自分で選べるはずの選択で、自分の醜さに気づかぬLEVEL2ってわけだよ。
俺の方と言えば、仲が良いと思っていたから、傷ついた。遠い国の話じゃなかったのさ。絶望はずっと身近にある。
俺は、もう他人には期待しないようにしよう。LEVEL6の絶望から自分を守ったんだ。
もう忘れたよ。人のために生きるのをやめた。やめだ、やめだ。そんなばからしいことをしても、誰もピンチのときに助けてはくれないさ。常に自分のリズムを優先し、身体を鍛え、節制し、食事も他人とは一緒に食べない。すべて長生きするためだ。最初のうちは、それで良かった。身体も軽く感じた。俺は、一番だ。俺は、自分の強さに自信があった。LEVEL6の絶望に俺は自分の力で勝ったんだ。
あの慟哭の日から、俺は、ひとりで生きようと思ってしまったんだ。周りの景色は真っ暗に。彼のLEVELに自分のLEVELも合わせてしまったんだ。
一ヶ月、半年、一年、十年と経った頃、俺は、急に寂しさに襲われた。このまま死んでいくのか。職場でも必要なこと以外話さなくなった俺は、たぶん孤独を全身で抱えた。
Level10まで知性のLEVELが、この世にあるとしたら、Level6ぐらいだったんだろう。Level6は、絶望Levelだ。その先に行くには、俺には何か足りなかった。その足りないものは自分で見つけなくちゃいけなかったんだ。
ある日、いつものように職場を避けて、公園で自分の作った弁当をひとりで食べていたんだ。そこで、やせ細り、俺より孤独そうな人を見つけた。あぁ、あの人もひとりで昼めし食べてる。あの年になってもひとりなんだな。俺は、その人に心を寄せた。
次の瞬間、俺の考えは、間違っていたことに気づいたんだ。ひとりで食べる昼めしを楽しそうに、嬉しそうに、食べ始めた。もしかしたら、誰かが作ってくれたお弁当なのかもしれない。
さらに、その老人は、通りすぎる子どもが転びそうになると、手を差し伸べた。箸を落としてしまっても、助けたんだ。俺は、その光景を見た瞬間、雷が走った。
老人は、LEVEL10である。俺が絶望した先の希望を知っている。明るさ、人への優しさ、悲しみの先の希望、それを知ってる人だと。何より俺にはない楽観さを持ち合わせていた。何しろ箸を落としたら、洋服で拭いて、普通に食べ始めたのだから。
俺が悲しみで我を忘れてすべてを捨てたLevel6までの人間だとしたら、もっと先の知性とともに生きたのが、この老人なのだろう。しなやかに生きてきた人のほほえみより素敵なものがあるだろうか。
もし俺が、部屋で転び、誰も助けが来ないと嘆くとしたら、彼は、転んでも、立ち上がり、誰かに花束を届けようと杖を買うだろう。
誰かを恨むことは、容易にできる。人生に絶望するのも簡単だ。
だけど、もっと大切なことがあると俺はこの目で見た。
若い頃の姿格好より、生きるすべてを糧として、人のために優しくなれる人をぼくは、少しだけ信じてみよう。数は少ないかもしれない。だけど、自分のためだけに生きたひとの末路を。恐ろしく孤独な。自分のためだけに生きる喜びは、一時的なものだった。他人と通じ合う喜びには、代えがたい。
置き去りにした悲しみの先にふたつに分かれる道がある。信じるか、疑うか。
まだ俺は選べる。Level6に置き去りにした俺を救うなら、まだ間に合う。またあそこに置いてきた俺から始めよう。
さぁ、さぁ。幸せを選ぶことは、誰にでもできると知るLevel10に向かって。静かにじわじわと広がるあたたかさに手を伸ばすことはできる。
あたたかさは、今、俺の中で広がる。優しさにそっと触れたときに。
【短編】あの場所に置き去りにされた絶望LEVEL6 渋紙のこ @honmo-noko
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