第1話 始まりの夜

『莉央奈…私の……』


 暗闇の中、声が聞こえる。どこか懐かしい。暖かいような、冷たいような。


『あなた…は…』


 わたしは、何? わたしはだれなの? 何も、わからない。思い出せない。どこから来たのかも。


『ふ…りの…』


 声がどんどん遠くなる。待って! 教えてよ、わたしのことを。あなたは誰? 行かないで!


「待ってえぇぇ!!」


「っ!? 」


 あれ…?ここは、どこ? わたし…ベッドに、横たわってる。つまり…寝てたのかな? 今のは…ゆ、夢?


「…いきなり叫ぶから、驚いた」


 はっ! と声をした方を向く。さっきわたしを助けてくれた男の人だ。どうやら、わたしが寝ぼけて叫んだために、この人を驚かせてしまった…といったところかな。


「す、すみません。夢を見てたみたいで…」


「あの後すぐ気を失ったから、元気そうで良かった。どこかおかしいところはないか? 」


 呆れたような、困ったような苦笑い。なんだか申し訳ないな。そして恥ずかしい。


「大丈夫そうです。えっと、何から聞いたらいいのやら」


 なんとか会話ができているが、頭の中はまだぐるぐるだ。だれか助けて。


「聞きたいのは俺も同じだが、とりあえずこっちから先に話す。俺は神楽誠奈人。魔導協会所属の魔導士だ。さっきの港の辺りで魔力と見られる怪しい光が見えたという通報があったから、現場に急行した。そしたら君が襲われてる所を発見した」


 ぐるぐるが大きくなった。魔導士? さっきもそんな言葉を聞いた気がする。炎を出せたりする人のことなんだろうか。当たり前みたいに言われたけど、全然ぴんとこない。


「ま、魔導士って、なんなんでしょう…? 」

恐る恐る尋ねる。他にもいっぱい疑問はあったが、まずはひとつ。あぁっ! なんだかびっくりされてる。「こいつは何を言ってるんだろう」みたいな表情じゃないかなアレは!


「魔導士を知らない? 見たことも聞いたこともないか? 」


「魔導士を、といいますか。全然何もわからないんです。自分が誰なのかも。記憶喪失というヤツなんでしょうか。」


男の人、神楽さんはわたしをまじまじと見つめる。おかしなこと言ってるってのはわかってますよ。だけども仕方ないじゃない。本当の事なんだから。自分の顔がかぁっと熱くなっていくのを感じる。恥ずかしっ。


「人間の中には、生まれ付き魔導核っていう器官を体内に持って産まれる者がいる。魔導核は魔力という独自のエネルギーを作り出す。それを用いて魔導と呼ばれる超常現象を操るのが魔導士だ。この世界ではずっと昔から存在している。日本でも占星術とか陰陽道とか、様々な形で存在してきた。現代ではさっき見せたみたいに戦闘に特化した物が多い」


 日本とか人間とか、そういうアタリマエな言葉は最初から理解できた。不思議な感じだけど、赤ん坊みたいに何も知らないわけじゃないみたい。収穫だ。


「なるほどなるほど…神楽さんも、さっきの暴漢も、魔導士なんですね 」


「…演技くさくない気がするな。嘘をついてる訳じゃなく、本当に何もわからない、のか」


 ひょっとして、わたしの反応を探られている? まぁ疑うのも無理ないのかなぁ。


「えっと、ここはどこですか? 」


「ここは日本魔導協会の詰所。協会は、日本中の魔導士を統括する組織だ。さっきみたいに悪い魔導士を捕まえたりしていて、魔導士の警察みたいなものだ。大掛かりな施設も日本にいくつかあって、そこで魔導に関する通報を受けたりしてる。そして俺みたいな実働部隊に指令が飛んでくる」


 魔導士の警察、か。やっぱりこの人は良い人だったみたい。少しだけ現状が理解できてきた。


 ちょうど話がひと段落した時、部屋の扉が開いて男の人が入ってきた。歳は40歳前後だろうか、しゅっと背筋がのびてスーツでびしっと決めている。大人の男性って感じだ。


「ふむ、その子が例の少女か」


「お疲れ様、隊長。夜中までご苦労様」


「お互い様だ。連日ご苦労だったな」


「仕事なので。それにまだ余裕はある」


 なんだかお仕事増やしてしまったみたいで申し訳ないなぁ。でも、わたしにも何が何だかわからないし、仕方ないよね。


「お嬢さん、私は日本魔導協会第一学生魔導隊隊長の三木みき博貴ひろたかと申します」


「ご丁寧にありがとうございます。わたしは…ええと」


 自分の名前…それすらも分からない。怪訝そうな顔をした三木隊長さんに、神楽さんがわたしの記憶喪失について説明してくれた。


「なるほど。誠奈人も、話してみて本当に記憶喪失と感じたわけか。そうだな…何か持ち物は? 」


「そこにあるメモ帳だけだった。悪いが中を見させてもらったが、最初のページに名前と生年月日らしき日付が書いてあるだけだった」


 なるほど、私の横に飾りっ気のないメモ帳が置いてある。簡素で、どこにでもありそうな物だ。


「実は、女性の協会職員に簡単な身体検査をやらせてもらった。知らないうちに危険な物を持ってたかもしれなかったからな。その結果、ポケットからそのメモ帳だけが出てきた」


 神楽さんが補足説明してくれた。手掛かりになるようなものはこのメモ帳だけ、か。恐る恐る手に取り、表紙をめくる。


「みのり、りおな? 」


みのり莉央奈りおな、それと西暦表記での年月日。メモ帳に書いてあるのは本当にそれだけだった。実莉央奈という名前、なんとなくしっくりきた。これがわたしの名前?


「それを信じるなら、歳は16か。俺と一緒だな」


 なんと! 同い年という事もそうだけど、神楽さんがそんなに若いという事がちょっとびっくりだった。なんだかとてもしっかりしているし。もっと年上なのかと思っちゃった。


「とりあえず、適当に決めるよりは実莉央奈でいいんじゃないか? 名前が無いと不便だしな。それに、この名前を知ってる人が見つかるかもしれない」


「そう、ですね。ふふ、自分で名乗る名前を決めちゃうっていうのも、なんだか変な感じ」


 ちょっとおかしくなっちゃったわたしを見て、三木隊長さんが微笑みかける。


「笑顔が出せるようでよかった。大変な目にあったようなので。その上記憶がないというのは不安でしょうが…」


「そうですね…。でも良い人たちに助けてもらえたなぁって思ってて。少しだけ前向きな感じです」


 不安なのもあるけど、今は何が何だかわからないって気持ちのほうが大きいのかも。それか、わたしってかなりにぶちんなのかな。


「それは良かった。あなたの身柄は、一旦我々が預かります。悪いようにはしません。まずは夜が明けたら病院で検査を受けてみましょう。行方不明者の情報なんかもあたってみますよ。あなたを探している人が見つかればよいのですが」


「何から何までありがとうございます。しばらく、お世話になります」


「では、今日はこの部屋で泊まって下さい。詰所の中には一通り生活に必要なものは揃っています。出入口は施錠されていますし、魔導士が待機しているので安全です。私も今日はここに泊まりますし、女性の職員もいます。何かあれば遠慮なく言って下さい」


 安心できる話をいっぱいいただけた。さっきみたいに襲われる心配もない、かな。他に行くところもないし、遠慮なくお世話になろう。


「じゃあ俺はそろそろ行く。明日も学校だから」


 神楽さんが出口に向かう。学生さんかぁ…それにしてはすごくしっかりしてる人だなぁ。


「神楽さん、本当にありがとうございました。危ないところを助けてもらって」


「これが俺の仕事だから、気にする事じゃ無い。疲れただろうから、ゆっくり休んでほしい。不安かもしれないが、ここは安全だから。じゃあ、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


 記憶喪失なわたしのおやすみ第一号は神楽さんだ。正直なところちょっとぶっきらぼうな話し方だけど、優しい人だったな。言葉の節々から感じた。さて、おやすみを交わしたらか、眠くなってきちゃった。ふぁ、と小さく欠伸がでる。いやだわ、わたしったらはしたない。


「では、私も行きます。枕元の電話で内線がつながります。私の部屋や他に人のいる部屋の番号を渡しておきますから。あとは、詰所内の簡単な見取り図も」


 三木隊長さんからメモを受け取る。シゴデキ…ってやつだね。頼りになるなぁ。


「ありがとうございます。三木隊長さんも、おやすみなさい」


「どうも。おやすみなさい、実さん」


 おやすみ第二号は三木隊長さん。また優しく微笑んでくれた。わたしを安心させようとしてくれたのかな。こんなわけわからない状況だけど、二人のおかげでちょっぴり安心できて、なんとか眠れそう。明日から何が待っているのかわからないけど、とりあえず…おやすみなさい。

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