学生魔導士は街を駆ける ー現代社会における魔導の在り方ー

小仲はたる

第1章

第1章プロローグ

 わけがわからないまま、わたしは走った。腰まで伸びた黒髪を振り乱しながら。ここがどこかもわからない。真っ暗闇。夜。たくさんの倉庫。かすかな潮の香り…海? 混乱した頭の中で必死に現状を整理する。考えながら走っていたからか、何かにつまずいて転んでしまった。痛みと息切れで動きが止まる。立ち上がれない。


「ようやく諦めたか? あんまり手間を取らせるなよ」


 後ろから男の粗暴な声が聞こえた。すぐ近く。全速力で駆けてきたのに。


「鬼ごっこは終わりだ。着いて来い」


 男の手が私に伸びる。どうして追われているのか。何も思い出せない。嫌だ。怖い。恐ろしい。男の掌がわたしに触れようとした、次の瞬間。


 ――私の視界に青い閃光が走った。


 綺麗…と、思った。呑気にも。我に帰り、青い何かが男を吹き飛ばした事に気づいた。


「…怪我はないか」


 後ろから聞こえた声に驚いて、尻もちをついたまま振り返ると、別の男の人が立っていた。どことなく物静かで落ち着いた雰囲気。ツンツンと無造作に束になった髪が風に靡き、軽く逆立っている。長めの前髪と夜の闇のせいで、目元まではよく見えない。と、人のことをじろじろ見てる場合じゃなかった!


「えっあっ、は、はい! ありませんっ! 」


 なんとか声を絞り出す。この人は私を守ってくれたのだろうか。吹き飛ばされたあの人はきっと悪者だし。いきなり話しかけられておどおどしてしまった。だけど、不思議と心が落ち着き始めているのを感じる。少しだけ余裕ができて、その人の手元に目線を移した。右手に青白く光る何かを握っている。あれであの暴漢を攻撃したのだろうか。鍔がないけど、刀? のように見える。反りのない、真っ直ぐな。


「おまえ…日野ひの剛也ごうやだな。強盗一件、暴行二件。魔導犯罪の容疑が掛けられている。足取が途絶えていたが、こんな所でお目にかかるとはな」


 声をかけられた暴漢がこちらを睨みながらゆっくりと立ち上がった。足取りは少しふらついている。後から来た男の人はわたしの前に立ち、あの暴漢をまっすぐ見据えている。やっぱりわたしを守ろうとしてくれているんだ。その背中がとても大きく感じた。そんなに大柄な人ではないはずだけど。


「てめぇ…協会の魔導隊か? うぜえんだよ」


 暴漢が凄む。きょうかい…教会? わたしを守ってくれそうなこの人は、何か宗教を信仰している方なのかしら? そもそもあの青い刀は何? あの暴漢はだれ? なぜわたしを追いかけて…と、たくさんの疑問を反芻するうちに、もっと重大な事に気づく。わたしは…だれ?


「お前のようなヤツがいるから魔導士の信用が損なわれる。だから、うざかろうが目障りだろうが、それを抑止する俺たちのような存在が必要になってしまう」


「…うるせぇ! 邪魔するってんなら、まずはてめぇから…燃やしてやるよ! 」


 暴漢が叫ぶと共に、その右腕を前に突き出す。開かれた掌から、鮮やかなオレンジ色の炎が吹き出した…って、ほ、炎!? 炎がこっちに向かってくる! あまりの光景に言葉が出ない。だけど私の前に立つ男の人は全く慌てる様子もなく、刀を横に寝かせて左肩のあたりまで引き、静かに構えた。そして―。


 一閃。刀を水平に振り抜いたのだろう。わたしが見えたのは、青い光の軌跡だけだった。その光が炎を包み、瞬く間に消し飛ばした。その先にいた暴漢も、ゆっくりと地面に倒れ伏していく。何が起こったのか、理解はできなかった。


「無理だな。そんなぬるい魔力じゃ俺には届かない」


 ―これが、全てを失ったわたしの、最初の記憶。魔導士、神楽かぐら誠奈人まなととの出会い。その日のことを、わたしは決して忘れないだろう。

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