6:誰も信じない砦
◇三日目【6月12日(水)】
■欠席
目を覚ますと、姉ちゃんがベッドの横でおれの手を握っていた。
今にも泣きそうな顔をしている。
「大丈夫?」
優しい声に、おれは小さく頷く。
すると、姉ちゃんは布団の上からおれを抱きしめた。
耳元で鼻をすする音が聞こえる。
二日連続でボロボロになって帰ってきたから、相当心配したんだろう。
「今日は学校休む?」
おれはもう一度頷いた。
こうやって姉ちゃんに抱きしめられるのは、一年ぶりくらいかな。
両親が亡くなったのは、去年の今頃だった。
葬式のとき、姉ちゃんはおれを強く抱きしめて、
「琢磨は私のそばからいなくならないでね……」
そう言いながら、いつまでも泣いていたっけ。
それから、姉ちゃんは時間ぎりぎりまでおれの世話を焼いてから会社へ出かけていった。
今朝も心優が迎えに来たらしいが、学校を休むことを伝えると、心配そうにしながら登校していったらしい。
腹が減った。
おれは起き上がってリビングに向かった。
ダイニングテーブルには、温かい朝食が用意されている。
……姉ちゃんには感謝しかないな。
何気なくテレビをつけると、朝のワイドショーのオープニングが流れているところだった。
そして画面に映ったのは、見覚えのある街の風景。
おれの住む街で、またも猟奇殺人事件が発生したというニュースだった。
「……」
今朝、児童公園で、首に噛み傷のある遺体が見つかったという。
『この連続猟奇殺人の犯人は吸血鬼です』
……そう警察に届けるべきか?
でも、どう考えても悪質な捜査妨害扱いされる予感しかしない。
……でも、黙っていていいのか?
おれが通報することで、一人でも犠牲者が減るかもしれない。
どうするべきか頭を抱えて考えていると、固定電話が鳴った。
ディスプレイには、見覚えのない市内の電話番号が。
「はい、吉野です」
電話に出ると、学校の事務局からだった。
「はいっ……はいっ。分かりました。今日、取りに行ってきます。はいっ。ありがとうございます」
内容はこうだった。
昨夜、おれが落としたカバンが甲川で見つかったらしい。
巡回中のお巡りさんが拾ってくれ、現在は甲川交番で預かっているという。
□
……そして今、おれは甲川交番でお巡りさんに襟首を掴まれている。
「ふざけるな!」
おれは安そうなパイプ椅子の上で飛び上がった。
――――――――――――
■通報
ふざけるな、とおれを怒鳴りつけたのは、甲川交番の若いお巡りさんだ。
「人が何人も死んでいるんだぞ! 警察はそんなふざけた話に付き合ってる暇はないんだ!」
やっぱり、おれの話は信用してもらえなかった。
「まあまあ」
年配のお巡りさんが、若いお巡りさんをおれから引き離す。
おれは俯いて、唇を噛んだ。
うそなんてついてないのに…… 理不尽だ。
普段は愛想よく笑っているくせに、怒るとお巡りさんって本当に怖い。
「君は県立山麓高校の学生だよね。優秀な進学校に通っているなら、冗談を言っていいかどうかくらい、分かるだろ?」
年配のお巡りさんが、少しトーンを落として言う。
「で、でも本当に昨日、遊歩道で襲われたんです。その…… 吸血鬼みたいな男に」
おれは膝の上で手を強く握りしめ、俯いたまま必死に訴えた。
二人はため息をついた後、小さな声で話し始めた。
「まったく、今朝は川に死体が浮いているとか、男の悲鳴を聞いたとか、何かが燃えているとか、通報が相次いだのに…… 現場に行ってみれば何もなかったし。で、今度は吸血鬼だぁ? 冗談も休み休み言えってんだ!」
「まあまあ……」
年配のお巡りさんが、若いお巡りさんを落ち着かせようと、肩を軽く叩いてなだめる。
「それじゃ、君からの目撃情報は記録しておくので、何かあれば連絡するよ。今日はありがとう。もういいよ」
とりあえず、おれの目撃証言は単なる参考情報として事務的に処理してくれるらしい。
役に立ててもらえそうにはなかったが……
立ち上がり、お巡りさんと目を合わせずに、昨日落としたカバンを手に取る。
「カバンを見つけてくださって、ありがとうございました」
おれはぼそっと礼を言って、俯いたまま交番を後にした。
□
やっぱり警察は信じてくれない。
姉ちゃんや悠斗に話しても、おれの頭を心配するか、笑うかだろう。
今日はまだ姿を見ていないが、化け猫はおれに付きまとっている。
吸血鬼も偶然じゃなく、おれを狙って襲ってきたのかもしれない。
次々と降りかかる災難に、思わず頭を抱えた。
……もう、自分の身は自分で守るしかない。
そう決意したおれは、その足で近所のスーパーへ向かった。
そのあと、神社、ホームセンター、アクセサリー屋を次々とハシゴする。
家に帰る頃には、パンパンに詰まったレジ袋を両手に提げていた。
「はぁ……」
バイトをクビになったばかりのおれに、この出費は痛いが背に腹は代えられない。
身を守るためには必要な出費だ。
玄関を開け、リビングへ向かう。
そして、買ってきたものを床にドサッと広げた。
――――――――――――
■籠城
おれは帰ると、家に吸血鬼、化け猫対策、つまり魔除けの装備を施して要塞化し、二階の自分の部屋に立てこもった。
もちろん、この部屋は特に入念に装備を施してある。
……が、仕事から帰ってきた姉ちゃんの反応は最悪だった。
おれの部屋に入るなり、「臭い!? 何これ!?」 「なんか怖いよ、琢磨」などと騒ぎ出した。
仕方なく、昨日吸血鬼に襲われたことや、化け猫に付きまとわれていることを話したら……
真っ青な顔をして部屋から出ていった。
うん、まあ、信じてもらえないのは分かってたけど。
このあと、廊下の向こうで誰かに電話しているのが聞こえてきたが……
暫くして……
ピンポーン
ん?
誰か来た。
玄関で姉ちゃんが何やら話していたかと思うと、急に階段を駆け上がる足音が響く。
そして、おれの「砦」のドアが、無遠慮に開かれた。
バンッ!!
「たっくまぁ、遊びに来たぞ!」
ドアが乱暴に開かれると同時に、騒々しい声が部屋に飛び込んできた。
「うわっ、くっせぇ。何だよ、ここ、どうなってんだよ!」
「悠斗!? どうして」
驚いて立ち上がるおれをよそに、悠斗は鼻を押さえながら部屋を見回した。
「ななちゃんから電話もらってさぁ。久しぶりに会ったけど、相変わらず綺麗だなぁ」
すぐ後ろに姉ちゃんいるんだけど。
しかも、恥ずかしそうにしてるから、やめてあげてほしい……
「よっ、吉野。久しぶりだな」
姉ちゃんの背後から、もう一人の人影がひょっこりと顔を出す。
男みたいな喋り方に、ちょっとハスキーな声。
「まちゃみ?」
「まちゃみ言うな!」
丸顔の整った顔立ち。
髪はショートボブで軽くカールがついている。
左側に飾り付き髪留めをつけているのは、中学の時のままだ。
小柄で細身。
そこには制服姿のまちゃみが立っていた。
「どうしてお前が?」
「それはだなぁ…… 今日は合コンのセッティングをしてやったことの報酬を受け取るために悠斗と会ってたんだが…… 悠斗がお前の姉ちゃんに呼ばれたって言うから、面白そうでついてきた」
……コイツ、野次馬根性丸出しだな。
「それにしても、お前の姉ちゃん、マジで美人だな。本当に姉弟か?」
まちゃみはおれと姉ちゃんを交互に見比べる。
こいつ、本当に失礼なやつだ。
あと、姉ちゃんの顔が真っ赤になってるから、やめてあげて。
確かに美人だけど。
「吉野、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「……最悪だよ」
ふと気になって姉ちゃんに尋ねる。
「ところで姉ちゃん、どうして悠斗の電話番号知ってるの?」
「それは……」
姉ちゃんが言い淀むと、悠斗が割り込んできた。
「それはだな、中一のとき、教えてもらったんだよ」
おれ達が中一ってことは、姉ちゃんが中三のときか。
「そんでさ。毎晩電話してさ。お互い打ち解けて、ななちゃんも俺のこと好きになってくれたって思ったから、2月に告白したんだけど…… 振られてさ。琢磨、俺、初恋だったんだよぉぉぉ!」
悠斗は「わぁー!」と叫びながら、おれに抱きついて泣き出した。
「うわっ、マジで泣くなよ! 服が濡れるだろ」
心優だけじゃなく、姉ちゃんにまで告ってたのか。
節操ないな。
しかも、そのとき姉ちゃん受験前じゃないか。
受験前の姉ちゃんはいつも目の下にクマをためてたけど、こいつが毎晩、受験勉強を邪魔してたのか。
受験生になんてことを。
「あっ、あの…… お茶入れてくるね」
姉ちゃん、居たたまれなくなって逃げていったよ。
「それにしても、すごい臭いだな、吉野」
まちゃみが悠斗を押しのけ、訝しそうな顔をして部屋に入ってきた。
「玄関にもぶら下げてたけど、なんだこのニンニクは?」
まちゃみは、カーテンレールにぶら下がった、潰れた大量のニンニクを見やった。
「このニンニク、全部潰したのか? 琢磨」
こいつ、もう泣き止んだのか……
「潰さないと、臭いしないからな」
二人は「ふぅん」と言いながら、部屋をキョロキョロと見回す。
「十字架もあるんだな。吉野、吸血鬼と戦うつもりか?」
「まぁ、な」
「吉野、お前最高だな。これ、ほぼ吸血鬼映画のワンシーンみたいだ」
オカルト好きのまちゃみはちょっと興奮しているっぽい。
どうして、そんなに瞳をキラキラさせてるんだよ。
「ななちゃんに聞いたけど、郷原のこともあるし、お前、精神的に参ってるんじゃないか? 吸血鬼や化け猫がいると思うなんて、普通じゃないぞ。マジで」
まちゃみとは反対に、悠斗はおれを心配してくれている。
精神に異常をきたしていると思われてるっぽいが……
「いや、本当に襲われたんだって。大きなコウモリに追いかけられて、気がついたら裸の男に馬乗りにされてて、牙をむき出して噛みつこうとしたんだ」
悠斗とまちゃみは顔を見合わせ、目を丸くした。
「ぷっ、吉野、本気か?」
いや、まちゃみ。
笑い事じゃないって。
「警察には届けたのか?」
「今朝、甲川交番に行って説明したけど、ふざけるなって怒鳴られた」
「まぁ、そうなるわな」
悠斗がため息をついた。
「この大量のお守りはなんだ。吸血鬼にお守りを使うのか?」
おれが近所の神社で手あたり次第に買ってきたお守りを、まちゃみがしげしげと眺めている。
「それは化け猫対策だ」
「それにしても、たくさん買ったな。厄除け、魔除け、んっ」
まちゃみが首をひねった。
「吉野、化け猫に縁結びとか効果あるのか?」
「化け猫と縁が結ばれそうだな、琢磨」
「やめろ、縁起でもない!」
「どれどれ。琢磨、交通安全や安産祈願まであるぞ」
まちゃみはニヤニヤして、悠斗は苦笑している。
「この手拭いも化け猫対策か」
まちゃみが手拭いを手に取る。
「そうだよ」
さすが、まちゃみ。
オカルト関連の知識が豊富だ。
「なぁ、まちゃみ、手拭いって何に使うんだ」
悠斗が不思議そうに尋ねた。
「化け猫は、手拭いを見ると、かぶって踊るそうだ」
「えぇっ」
悠斗が『大丈夫か?』 って顔でおれを見る。
「お前ら、おれが言ってることを信じないんだったら、明るいうちに帰れ」
ドタドタと階段を駆け上がる音がしたかと思ったら、またドアが乱暴に開いた。
今度は誰だよ。
「たっくん、大丈夫?」
また、ややこしいのが来た。
「よう心優、久しぶりだな」
「まさみちゃん、久しぶり。悠斗くんも」
心優はふたりに軽く笑顔を返してから、おれに向きなおった。
「たっくんが正気を失ってるって、ななちゃんから聞いたけど、いったい……」
そこまで言って、心優は部屋の中を改めて見回した。
「心優、琢磨が吸血鬼に襲われたって言ってるぞ」
悠斗がカーテンレールにぶら下がったニンニクを数えながら言った。
心優は一瞬キョトンとしたかと思うと、急に真顔になって、
「悠斗くん、こんなときに変な冗談言わないで!」
その声のトーンが一段低くなり、悠斗の肩がビクッと震える。
まちゃみはそっと悠斗の背後に隠れた。
「悠斗、心優って…… めちゃくちゃ怖いんだな」
「分かってないなぁ。そこがまた良いんだよ」
「お前、そんなことばっかり言ってると、鈴にチクるぞ」
おい、お前ら。
ヒソヒソ話はいいけど、全部聞こえてるぞ。
もちろん、心優にも。
「心優、吸血鬼に襲われたのは本当だ」
心優は『えっ』と言って、目を丸くする。
「お前ら、日が暮れるまでに帰れ」
こんなこと、誰も信じちゃくれない。
おれが逆の立場でも信じやしない。
それに、こいつらを巻き込みたくない。
「さぁ、帰った帰った」
三人を部屋から押し出して、ドアを施錠した。
心優が呼んでいるが無視だ。
一階から悠斗たちの声が聞こえていたが、しばらくして静けさが戻った。
カーテンのすき間から、悠斗たちが帰っていくのを確認すると、昨夜化け猫がいたところを確かめた。
今日は…… 来ていない。
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