猫になる。

九十九 紺

猫になる①


「辞めます」 




 それだけ言って、私は会社を出た。
 

 新卒一年目、履歴書に一生残るタトゥーを入れた朝だった。





【大学卒業】




「実感ないんだけどぉ」


 卒業式前夜、私が住んでいるマンションの方が大学に近くて美容室へのアクセスが良いということでジョウと一緒に過ごすことになった。

 簡易布団と最低限の荷物しかない部屋で酒無し、肴無しの水だけで現在夜十二時まで来ている。

 こういう時ってだいたいお酒を飲みながら節目というものを迎えるのだろうが、ジョウは明日四時起きという大学生人生で最も重大な任務が待っている。一方の私はまだ八時間寝れる計算だ。


 引越し先にベッドもテレビも送って、部屋がとても広く感じる。少し狂気じみたようにも感じられるのは、寂しさからなのだろうか。




ジョウ「明日で学生おわりだよ?信じられる?」
 

 私は電気を消す。


ジョウ「親の脛かじりもおわりだよ〜」

 二人とも布団に入る。


ジョウ「明日の飲み会楽しみだな〜…」
 

 目を閉じる。




〜♫




 案の定、“一旦”では無くなり、ジョウのアラームで目を覚ました。

 少し暗いけれど、澄んだ空気が部屋の中に漂っていてもう朝だということが分かる。

 スタスタスタと素早い足音と振動が床経由で私の耳に届く。しばらくして玄関が開く音がしたが、私はまた布団にこもる。




〜♬

 


 三回目のアラームで起きたあと、準備を済ませて四年間お世話になった部屋にさよならを告げる。
 

 友達はみんな美容室経由で大学に来るらしい。最後の登校は寂しくも一人だが、いつも授業開始ギリギリを目指して走っていた光景を目に焼き付けられるという点に関しては悪くない。




「あ!シオだ!」


「おーい」


「写真撮るよー」


「いそげーー」



 大学に着くと、割と入り口から近いところに仲の良い奴が集まっている。自然と早歩きになる。



「もー結構探したんだから」


「ごめんごめん」



 遠くからはぼんやりとしか見えなかった色んな人のおめかし姿がクリアに見える。みんなも、このキャンパスも、いつもと雰囲気が違う。普段パーカーとジーパンの子も今日は別人で、まじまじと見てしまう。私だけがスーツだ。




「え、ピース?」


「てか誰かに撮ってもらう?」


「いや自撮りっしょ」


「腕長い人、はい挙手!」


「てか髪の毛かわいい〜」



 あちこちでそれぞれが話して、写真どころではない。

 うるさいなぁ。そう思いながら口角が言うことを聞かない。






「みんなこっち見てー。はい、チーズ」





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