猫になる。

九十九 紺

第1話 大学卒業式前日

「あの」

「ん?」

「あのーーー」


あと一言。


「辞めます。」


***


「まじで社会人なりたくねぇ」


 簡易布団と最低限の荷物しかない部屋で酒無し、肴無しの水だけで現在深夜12時まで来ている。こういう時ってだいたいお酒を飲みながら節目というものを迎えるのだろうが、ジョウは明日4時起きという大学生人生で最も重大な任務が待っている。私はまだ8時間寝れる計算だ。


 「全然眠くならん!」


 そういって思う存分に足を前に投げ出して座っている。ベッドもテレビも机もない部屋はとても広くて、とても冷たい。少し狂気じみたようにも感じられるのは、寂しさからなのだろうか。

 一旦、布団に入って電気を消して寝転ぶことを提案すると「絶対寝ないもん!」と宿泊学習によくいる小学生のようなことを言いだす。その後も何かブツブツ言いながら、私たちはのろりのろりと就寝の準備を進めた。準備と言っても電気を消して、布団に入って、目をつむるだけなのだが。


ジョウ「明日で学生おわりだよ?信じられる?」

私は電気を消す。

ジョウ「親の脛かじりもおわりだよ〜」

二人とも布団に入る。

ジョウ「明日の飲み会楽しみだな〜…」

目を閉じる。




〜♬




 案の定、”一旦”では無くなり、ジョウのアラームで目を覚ました。少し暗いけれど、澄んだ空気が部屋の中に漂っていてもう朝だということが分かる。

 スタスタスタと素早い足音と振動が床経由で私の耳に届く。しばらくして玄関が開く音がしたが、私はまた布団にこもる。




〜♬




 アラームを2回止めて、トドメの3回目で起きた。ジョウの荷物はもう無くなっていて、灰色が大きくなる。

 マンションから学校まで歩いて10分。友達は私以外みんな美容室経由で大学に来るらしい。最後の登校は寂しくも1人だが、いつも授業開始ギリギリを目指して走っていた光景をじっくり目に焼き付けられるという点に関しては悪くない。


「あ!シオだ!」

「おーい」

「写真撮るよー」

「いそげーー」


 大学に着くと、割と入り口から近いところに仲の良い奴が集まっていた。

寂しさからの開放と安心からか、口角を下げようとすればするほどにやけが止まらない。自然と小走りになる。


「もー結構探したんだから」

「ごめんごめん」


 遠くからはぼんやりとしか見えなかった色んな人のおめかし姿がクリアに見える。みんなも、このキャンパスも、いつもと雰囲気が違う。普段パーカーとジーパンの子も今日は別人で、まじまじと見てしまう。私だけがスーツだ。


「え、ピース?」

「てか誰に撮ってもらう?」

「自撮り?」

「腕の長さ長い人、はい挙手!」

「てか髪の毛かわいい〜」


 あちこちでそれぞれが話して写真どころではない。あー、うるさいなぁ。そう思いながら口角が言うことを聞かない。


「はーーい、撮るよー。」

「みんなこっち見てー。」

「はい、チーズ。」

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