手遅れ世界にマッチング転生 ~ライトなオタ聖女がゲームで世界に貢献する!~

第1話




 パッとしない奴。

 何やらせても今一つ。

 居ても居なくても変わらない。

 どんくさい、要領が悪い。

 役立たず……。


 そんな風に言われ続けた彼女の名前は香里 世里香(こうり せりか)。

 漢字だけを見れば上から読んでも下から読んでも同じと言う、いかにも弄られやすそうな名前で、ただでさえ弄られやすい存在なのに、学生時代も社会人になってからも当然のように弄られ続けた。

 弄られと言うか、いつしかエスカレートしていき、虐めと言っても過言ではない程になった事もあった。

 実を言うと自殺も何度か考えた事がある。まぁ度胸はなかったので実行する事はなかったが。


 そんな彼女も何とか見合いで人並みに結婚する事が出来たが、運が悪いというか何と言うか……浮気をされ、相手の女性に子供が出来てしまい離婚するに至り、挙句自分は癌に侵されるという、踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂な人生を送り、現在進行形で絶賛ベッドの住人である。

 自身の不調に気づいた時には既に手遅れとなっており、全身に転移が広がっていて、最早手の施しようがなかった。




 チューブに繋がれ、痛み止めの医療麻薬で朦朧とする彼女の命は、その日、静かに幕を下ろした。


 見送ってくれる者もいない、寂しい幕引きだった。





 ―――ガヤガヤ


(煩いなぁ)


 ―――ガヤガヤガヤガヤ


(……あれ?)


 周囲の騒がしさに世里香は目を開いた。

 重い瞼を何とか引き上げ、ゆっくりと首を巡らせれば、周囲には数えきれないほどの人が、思い思いに座ったりうろついたり、何かを読んだりしている。


(ヤバ! もしかして駅で寝ちゃってた!?)


 自分が死んだという記憶があるような気がするのだが、見ればいつものスーツにパンプスという装いで、どうみても出社しようとしていたように見える。

 周囲の喧騒も駅のそれと思えばおかしくはない…おかしくはないはずなのだが、何処か違和感を感じる。

 自分の感覚を不思議に思いながら、再度周囲を見渡し、暫く考え込んでやっと違和感の正体に気付いた。


 駅だと思っていたそこには線路はなく、置いてあった見慣れたベンチもなく、自動販売機も売店も、駅員の姿もない。あるのはまるで集団予防接種会場のような、ずらりと並ぶパイプ椅子だった。


(えーっと…?)


 更に観察をすれば、その椅子に座ったりうろついたりしている人たちは、通勤鞄の類は持っていなかった。


(何……何なの…?)


 ひらりと目の前を何か過った気がして、慌てて目で追えば、自分の足元には小さなカードが一枚落ちていた。何気なく拾い上げ、それを見つめていると、どうやら落とし主から声をかけられた。


「あぁ、すみません、それ私のです」


 はぁと顔を上げて差し出せば、ビジネススーツを着たおじさんが立っていて、ありがとうと御礼を言って去って行った。


(何なの此処……私死んだと思ったんだけど…いや、間違ってない? だって、こんなところ見た事も来た事もないって)


 正直自分以外の人は何をどうすれば良いのかわかっているようで、とてつもない不安に襲われる。

 自分は此処で一体何をどうすれば良いのか……だけど、何もわからないまま、周囲の人が何人も去って行くのをただ見送った。


 泣きそうな心細さを抱えつつ途方に暮れていると、自分の前に影が落ちた。

 慌てて顔を向ければ、ザ・市役所職員(別に区役所でも何処でも良いんだけど)と言いたくなるような容貌の男性が立っている。


「あの…「大変申し訳ございません。係の者からお話はまだ聞いていらっしゃらないようですね。ではまず受付番号の発行が必要ですので、あちらの列に並んでいただけますか?」」


 言い終ると直ぐにその男性は、世里香と同じように所在無さげにしていた別の人に声をかけに向かう。

 咄嗟に聞き直そうと伸ばした右手が、所在なく中空で止まり、忙しそうな様子に声をかけられないまま男性の背中を見送れば、そのスーツ姿の背中には、小さく可愛らしい、だけど真っ黒な鳥のような翼がくっついていた…こうもりじゃなかった。


(あぁ、やっぱり私、死んだんじゃん……となると、此処はあの世……彼岸って奴なのね)


 香里 世里香、やはりどんくさいのか、取り乱すでもなく淡々と自分の死亡を納得した。





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