飲んだくれ無職のオッサン、公園で美少女に拾われ、迷宮に帰る

たけすぃ@追放された侯爵令嬢と行く冒険者

第1話 落ちるには低すぎて、登るには高すぎた


 冬の新幹線の窓から見える景色は、どこもかしこも灰色かくすんだ茶色ですぐに嫌になって俺は日除けを下ろした。二列シートの隣に座った外国人観光客は、富士山が見えないと英語でボヤいていたが、英語が分からないフリをして無視した。

 数年前に大阪から東京に出る時は、同じく季節は冬だったが景色は全く違って見えた。

 全てがキラキラしていたように思う。


 ダンジョンアタックのプロチームに戦術担当として勧誘された。

 およそ自分に起きるとは思っていなかった幸運だった。

 なろうと思ってなれるわけではない、狭き門。


 それに選ばれ、何者でも無かった自分が、何者かになれたと思った。

 報われないかもしれない努力が報われた時、人は有頂天になる。油断するし、増長する。結果として俺はスタートラインに立てたと思って更に努力を重ねた。

 馬鹿である。努力なんてせずに早々に失敗していればと、今なら思う。


 新人が起こせる失敗なぞ知れている、浅い傷で済む内に失敗していれば良かったのだ。

 日々変化するダンジョンの把握、相手チームの戦力リサーチ。

 そんな事に時間を費やさなければ良かったのだ。


 スポーツとして確立されたダンジョンアタックでは、毎年のようにメンバーが入れ替わる。控えとレギュラー、ベテランと新人。

 彼女は前者の人間だった。

 俺のような戦術担当以上に、個人の才能が必要とされるアタッカーチーム。控えの時点で選ばれた人間だが、レギュラーになるには更に運が必要だった。


 彼女にはその両方があった。適切な時に、適切な才能を有して、適切な場所にいた。

 適切でなかったのは俺という存在だけだった。

 当時の俺は馬鹿だったのだろう。単純に嬉しかった、自分の恋人がアタッカーチームのレギュラーになれた事が。


 若かったと言ってしまえばそれで終わりだが、想像力不足はダンジョンアタックというスポーツの戦術担当としては許しがたい落ち度だ。

 全てが上手く行くという、根拠なき楽観は比類なき邪悪だ。

 ダンジョンが地球に現れて三十五年。


 安全なはずのダンジョンは、事故なぞ起きるはずのない健全なスポーツは、その日初めての死者を出した。

 ただ一言、戦術担当が逃げろと指示を出せなかったせいで。

 正確には行方不明という扱いらしいが、逃げろと言えなかった戦術担当からしたら何の意味もないだろう。


 自分の指揮で、恋人を失った戦術担当である俺はこうしてチームを去った。

 純然たる事故だと、世間もチームも、彼女の家族も言った。

 背負うべき責任なぞないのだと、何人もの人間に言われた。


 だけども、俺はそれを許せなかった。認められなかった。

 彼女に対して自分が果たせる責任が無いのだと、そう認める事が出来なかった。

 だからチームを辞めたのだ。


 彼女に対して果たせる責任があるのだと、自分に示したくて。

 なるほど、最低な理由だな。そんな物はないと自分でも分かっているくせに。

 俺はシートに深く身を預けて目を瞑った。


 *


 地球にダンジョンが発生するようになって四十年。

 東京から、というよりダンジョンから逃げて五度目の冬が来た。

 十二月だ。寒い。


 大阪にしろ東京にしろ、都市部の冬は気温以上に寒く感じる。

 変な話だが、気温どおりに寒い雪山なんかとは違う寒さだ。

 大阪の中心街、梅田をボンヤリと歩きながらボサボサの頭を真冬のビル風に晒して歩く。


 目的地なぞない。単に住んでいる家が梅田にあって、家にいたとしても酒を飲んで寝るだけだから近所を歩き回っているだけである。

 プロ時代に稼いだ金は、そっくりそのまま投資信託に突っ込んでいたので、金の心配がないのは良いが。そうなるとやる事がない。

 やる事がない大人が何をするのか? といえば酒を飲むか歩くかだ。


 公園で時間を潰すのも良い。公園は居場所のないオッサンの憩いの場だ。

 映画を観ても、本を読んでも、オッサンになるとスルスルと脳から零れ落ちるようになるのだ。嘘じゃない。だから歩く。

 酒ばかり飲んでいては体に悪いから。


 大阪から東京に移り住んで驚いた事に、道の広さがあったが。

 逆に東京から大阪に戻って驚いた事は、都市部の中に平然と小さな公園がある事だ。

 俺は目についた、というより何となくの目的地として考えていた公園にたどり着くとベンチに腰を下ろした。


 オッサンなので歩くと疲れるのだ。

 年末に向けて、クリスマス商戦や、ダンジョンアタック昇格リーグの宣伝だらけの景色から、まともな遊具がブランコとコンクリ製の巨大なタコの滑り台しかない公園に変わり心が軽くなるのを感じる。

 それがまた腹が立つ。視界に入れなければお前は忘れてしまえるのだと、自分自身に言われているような気がして腹が立つ。


 なので酒を飲む。

 スキットルを取り出し一口煽る。度数の高い酒を煽ってむせなくなったのはかなり前の事だ。

 ちなみにわざわざスキットルに入れているのは、日本では酒瓶を持って外を歩き回る人間は問答無用で不審者扱いされるからだ。何度か通報された学んだ。


 アルコールの暖かさに、思考に膜が掛かる。

 酒を飲んでも気持ち悪くはならなくなったが、酒には弱いままなのは変わらない。

 おかげで健康的に駄目になれる。


 買うのが面倒、というだけで使い続けている、昔所属していたダンジョンアタックのチームジャンパーに顎まで沈める。

 自宅にこのジャンパーが送られてきた時の事を思い出す。何が今でもお前はチームの一員だ、無茶を言うな。初めてチームメイトを殺した戦術担当だぞ。

 ちょっと度数の高い酒を二口飲んだだけで酔いつぶれる健康的な自分に感謝しながら、アルコールでグニャッた景色をボンヤリ眺める。


 そして唐突に答えが出てしまった。

 俺が彼女に対して負える責任なぞ無いという事に。散々と人に言われ、諭され、言い聞かされて、それでも認められなかった事実。

 それを俺はなぜか理解してしまった。いやこれは納得か。


 五年間、酒に逃げて、街を徘徊し、何かを探しているような気になっていた。

 それが何の前触れもなく、納得できてしまった。

 オッサンの脳は何でもスルスルと零してしまう。後悔も悔しさも、身を焦がすような殺意さへも。嗚呼、でもこれは、俺と彼女の間に残った唯一の絆なんだ。


 健康的に酔いつぶれた脳が、オッサンの感情を噴出させる。つまり泣きそうになる。


「……チームジャンパー」


 情けないオッサンの泣き顔が完成する直前、目の前が影で覆われる。

 アルコールでグニャッた視界は、像を上手く結ばず、ボンヤリとしたシルエットだけを映す。赤い髪、少女の声。

 染めているので無ければ、何度もダンジョンに潜ったことのある人間。


「どう見ても無職よね」


 はい無職ですよ、オッサン無職です。しかも今、五年間も自分が存在しない物を探し回っていたのだと痛感した所です。つまりこの先の五年もそんな奴である可能性が高いです。


「もう貴方でいいわ」


 俺を無職と断じた赤髪の少女が、俺の腕を掴んで強引に立たせてきた。この力の強さ、やっぱりダンジョンアタックの選手だな。

 混乱するというよりも、何も考えていないから平静そのものな頭でボンヤリと分析する。

 足の運び方から察するに前衛アタッカーだろうか?


 ズルズルと引き摺られるように歩く。オッサンでも誘拐されたと言うのだろうか? いや駄目だな、世間はオッサンには冷たい。


「あのー」


 このままでは世間から、逆に俺が誘拐犯にされかねないと思い口を開いたら、少女が振り返りこう言った。


「貴方には私たちの戦術担当になって貰うわ」


 その声には有無なぞ聞かないという滅茶苦茶な意思と、それと同量の助けを求める意思があった。オッサン的に詩的な表現に挑戦したが。

 要は逆らったら怖そうな声だった。

 オッサンである俺は黙った、怖かったからである。



***あとがき***

はじめましての方は、はじめまして。

他作品から来てくれた方、もしくは通知で来てくれた方。

愛してる、できれば結婚したい、真面目に。

たけすぃです。


12月25日から1月5日まで毎日更新すると、お肉が貰えるかもしれない

というカクヨムの罠により、パンツで長編を書き始めました。

ちなみにマジでパンツです。

最初の一行を書きながら設定を考えたぐらいにパンツです。

つまり、この先この物語がどうなるのか

作者はマジで知りません。


どうなるんでしょう?

規定文字数にすら届くかどうかも分かりません。

そもそも毎日投稿できるかどうかも分かりません。

明日頓挫しても、まったく不思議じゃないです。

その時は笑ってくれればありがたいです。


本作はカクヨムコン11に参加しております。

よければ、フォロー、星など頂けると作者喜びます。

ちなみにコメント貰えたらもっと喜びます。

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