第5話 ミラル、堕天使と第一のざまぁ


 やがて、さんざん空を飛んだ私たちは、静かな海辺へと降りていた。

 はぁ、気持ちよかったけれど、やっぱり高い所は怖かった。今回は許すけど、次からはリタ、私の許可を取ってよね!


「お腹空いたぁ~。ねぇリタ、何か食べたいよ」

「街とか見つけて行けばいいだろ」

「あのねっ、私、銅貨2枚しかないわけ! これを大事にしなきゃ駄目なのよ!」

「人間はお金が大事みたいだな」


 リタはため息をつく。

 たった2枚の銅貨だけど、今の私からしたら人生の命綱。よく考えて使わないと、貴重なお金をドブに捨てることになる。

 あとたぶん、私たちの噂は他の街まで広まっている可能性が高い。だとすると、あまりうかつに行動はできないのだ。


 そんなことを考えながら、私は海を眺めた。

 もう夜だけど、水面に映った月は美しい。雲の上に浮いている満月。天の国から見る月は、どんな月なのだろう……


 私はそっと、リタの羽を掴んだ。


「あなたは、私の護衛なんだから。何かあったら守ってよ」

「わかった」


 珍しく即答だった。彼は私を見下ろし、静かに息をついた。





 すると――


「ねぇねぇ~、なんかイイ感じのところ悪いけどぉー、アタイが来たよぉーん」


 ねっとりへばりつくような、猫なで声が頭に響いた。

 この声は――

 私とリタは同時に振り返る。

 そこには、やたらと短くてフリルのある服をきた少女が、挑発的な笑みを浮かべていた。


 彼女はたしか――

 私を追放した魔法使いの彼女を名乗る、サディという魔術師だ。

 悪魔に似ている性格と容姿がチャーミングだと、一時期騒がれていた。ただ、私とはあまり仲良くなかった。はっきり言えば、彼女が一方的に私を嫌ってきていたのだけどね……。


 サディはリタを指さして、ケラケラと笑った。


「堕天使が出たって聞いたけど……ふーん、結構いい感じのビジュしてんじゃん♡ なんでその雑魚魔女と一緒にいるのー?」

「俺は奴隷だ。俺を買った主に仕えているだけだ」

「へーぇ? それにしてはさっき、結構仲良さそうに見えたけどね? アンタ、そんな女といるだけで損してるよ。代わりにさ、アタイの執事になる?」


 彼女は舌を出し、上目遣いでリタを見上げた。あの誘惑、自分で可愛いと思ってるのだろうか……。

 するとリタは彼女の話をまるで無視し、私に声をかけてきた。


「ミラル、こいつはお前の敵対者か?」

「えっ、まぁ……」


 本当に逆襲したいのは、ロストが相手だ。だが――

 私が追放されたとき、サディはロストの右で私を嘲笑していた。嫉妬深い彼女のことだ。ロストの手段に手を貸したに違いない。

 だとすれば、当然憎い。あぁそうだ、彼女が憎くてたまらない。


「ねっ? ミラルちゃん、アンタにイケメンの堕天使なんか必要ないよ。一人で絶望してれば? 失敗を重ねた出来損ない♡」


 その言葉が、私の怒りに確実な炎を灯した。


「リターっ! そいつは私の敵! 全力でぶっ飛ばしてぇ!!」

「了解だ!」


 リタはそう叫ぶと、再び体から魔力を放出した。

 ――でもあの時、兵士を圧倒したときに出した魔力の半分以下だ。

 もしかして、相手に実力を悟られないよう、開放する魔力量を抑えているのだろうか?


 サディはリタを見つめ、ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。


「……フン! まぁまぁの魔力は持ってるんだねぇ。堕天使ってほんと、初めてみたぁ」

「……」

「でも、たいしたことないね。執事にならないのは残念だけど、アタイの魔法でぶっ飛ばしてあげる!」


 するとサディは両手を大きく広げ、手の先から燃え盛る炎を生み出した。

 炎はまるで流れる水のようにうねり、不規則に動いた。

 そのまま、リタの巨大な翼に燃え移り、身体を包み込んだ。


「リタっ!」

「キャーハッハッ! アタイの炎はめーっちゃ苦しいよ。燃えて苦しみなっ♡」


 口に手を当てて小ばかにするゆるように笑うサディ。

 だが――その余裕は、長く続くことはなかった。


 やがて、轟々と燃える炎の中から、紫紺の羽で全身を覆ったリタが現れた。

 そっと翼を広げる。彼の美しい体と服は――少しの火傷もなく、無傷だった。


「……は?」


 サディが間の抜けた声を出す。

 リタは羽を大きく広げて飛ぶと、真夜中の空に舞い上がり、立ち尽くすサディを見下ろした。


「ちょっ――なに? 今ので無傷とかガチ?」


 サディは初めて、焦りの色を見せる。

 リタはため息をつきながら手を掲げ、巨大な魔法陣をいくつも出現させた。


「馬鹿な女だ。堕天使相手におごり高ぶるな」

「なっ――」

「主を侮った罰だ。神がお前に制裁を与えないのなら、堕天使の俺がお前に鉄槌を下す」


 次の瞬間、ほとばしる雷撃がサディを襲った。

 サディは手から炎のバリアを張るが、そんな弱いガードで雷は防げない。

 青紫色のプラズマが彼女の体を駆け巡り、私は初めて、彼女の悲鳴を聞いた。


「キャアアアアアアアアアアアッ!!!」


 彼女は激しく暴れまわるが、雷の猛攻は止まらない。

 ――噓でしょ?

 私は改めてリタの力に感心した。サディだって、決して弱い魔術師なわけではない。プライドが高くて最高の炎魔法を使うサディ、そんな彼女を、こんな一瞬で圧倒するなんて……


 するとリタは魔法陣から、雷で出来た鋭い槍を手にする。

 翼を羽ばたかせて地面に足をつき、うずくまっているサディを見下げた。


「さて……お前はどうしたいんだ。このまま死ぬか?」


 リタは槍の先端をサディに向けた。バチバチと電気が音を鳴らし、サディが身震いする。


「ま、待って! 本当に待ってってば! やだ、死にたくない! ごめんなさい!」

「……」


 サディは泣き叫びながら、悲鳴に近い声で訴えた。

 あまりに呆気ない降伏。

 リタが眉をひそめて槍を掲げた瞬間を、私が慌てて止めた。


「待って、リタ。殺しちゃダメ」


 リタは私を無言で見つめたが……やがて静かに槍を消滅させた。


 サディはゆっくりと顔を上げ、私を見つめた。おぉ、睨んでるよ、こいつ。

 だけど諦めたような表情になると、ボロボロの服をはたきながら立ち上がった。


「……アンタの堕天使、強すぎ。どこで見つけたの?」

「話したって意味がないわよ」

「フン! で、アタイをどうするわけ? 言っとくけど、アタイは何をされてもぜぇーったいにアンタの味方なんかにならないから」


 私がサディをどうするかって?

 特に決まってないなぁ……。だってサディ、仲間にしてもすぐ裏切りそうだし。


「あなたのことはいらない。帰って」

「……はっ?」


 サディは肩を震わせ、私に顔を近づけた。


「……はあああああっ!? なにそれ、舐めてんの!? 殺さないで帰れって、どういうことよっ!」

「だって私が本当に復讐したい相手はロストだから。あなたがロストの場所へ無様に戻って、やられましたって報告をしてくれれば十分よ。それだけでロストは私に対する怒りが湧きおこるはず。想像しただけで愉快だわー」


 そして腹が立ったロストに、今度は直接攻撃を加えてやるのだ。

 あらゆる手を使って奴を追い詰める。最後は、この堕天使と共に。


「ふざけてんのっ……? いい加減調子に乗んなっ――」


 私に掴みかかろうとしたサディの前に、リタがスッと介入する。


「主より先に俺を倒すことだな」

「……」

「これ以上、生き恥を晒すのはやめたらどうだ」


 サディは悔しそうな顔をしたが、やがて大粒の涙を目にためた。


「……最悪っ! ほんと最悪! 生かされた! 舐めプされたよぉ! ミラルちゃん最低女! うわぁぁん、ロストぉ~!」


 サディは子供のようにふくれっ面をすると、大きな声で泣きながら、私たちの前から立ち去ってしまった。

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