キス実習で出会ったダウナーな彼女が、距離感だけはやけに近い

ナッツ(同人音声作家)

トラック0|キスの前の、放課後(主人公視点)

キス実習制度。


名前だけは聞いたことがあった。

たぶんそれは、俺がニュースとか、そういうのを一応は目にするタイプだからだと思う。




少子化対策。

出生率の低下。

若者の恋愛離れ。




そういう言葉と一緒に、

いつもセットで語られている制度だ。


国のお偉いさんたちが集まって、

「このままじゃヤバいよね」

って真面目な顔で話し合った結果、生まれたらしい。



対象は、高校三年生。

必修。



男女でペアを組んで、

異性との距離感を学ぶための実習、らしい。










……キスで?








いや、否定はしないけどさ。

理屈としてどうなんだ、それ。


最初に聞いたときは、正直、冗談だと思った。

どう考えても一線越えてるし、

そんなの許されるわけないだろ、って。



でも実際に、制度は始まった。

去年から。


テレビでもやってたし、

ネットでも散々叩かれてた。


「倫理的にどうなんだ」とか

「高校生に何させてるんだ」とか。


まあ、そりゃそうだよな、って意見ばっかり。




それでも、制度はなくならなかった。




理由は簡単で、

数字だけ見れば「効果が出ている」から。


交際経験のないまま卒業する生徒が減ったとか、

若いうちに異性と触れ合うことが大事だとか。


そういう都合のいいデータを並べて、

「将来のためです」

って顔で、今年も普通に実施されることになった。









で。


なぜか、その対象に、

俺も含まれているわけで。












ペアの名前を聞いたとき、

胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。




篠崎美羽。




名前は知ってる。

同じ学年だし。


クラスは違うから話したことはないけど、

なんとなく噂は聞いたことがある。


静か。

地味。

水泳部。

でもおっぱいでかくて可愛い、らしい。




……らしい、ね。









約束の場所は、放課後の校舎裏。

人があんまり来ないところ。


まあ、キスするなら妥当だよな。

妥当ってなんだ。


俺は少し早めに着いてしまって、

一人で突っ立っていた。


心臓が、うるさい。


別に緊張する必要はないはずなんだけど。

……実習だし。








実習でキスって、ほんと何?







足音がして、顔を上げる。


制服姿の女の子が一人、

こっちを見て立ち止まった。










あ、この人だ。










篠崎美羽。










第一印象。









……いや普通にめっちゃ可愛いんだけど?。









化粧もしてなさそうだし

派手じゃないけど、


なんか目に残る。








「……君?」




声、低め。

落ち着いてる。



「あ、えっと……篠崎さん、だよね」



我ながら、無難すぎる入り方。



「うん。そうだけど」



短い返事。

でも、じっとこっちを見てくる。


なんだろ。

品定めってほどじゃないけど、

観察されてる感じ。









「……ふーん」




それだけ言って、彼女は一歩近づいてきた。


近い。








いや、近いって。






一歩分しか動いてないのに、

やたら近い。







「パートナー、君なんだ」


「あ、うん……よろしく」



俺、絶対声変だったと思う。


彼女は軽く頷いて、視線を逸らした。



「……別に、そんな緊張しなくていいよ」



それ言われると余計に意識するやつ。



「私も……こういうの、初めてだし」










初めて。


その単語だけ、妙に引っかかる。










「……君も、でしょ?」



見抜かれてた。



「……うん」



短く答えたら、

彼女の表情が、ほんの少しだけ柔らいだ。


あ、今ちょっと安心したな。








「じゃあ、条件は一緒だね」



条件、って言い方がなんかおかしい。

でも否定できない。










沈黙。


遠くで部活の声がする。

風の音も聞こえる。


なのに、この場所だけ、

やけに静かだ。










「……ね」



彼女が、また一歩近づく。


だから本当に近いって。








「実習、だしさ」



声も近い。



「やることは……決まってるよね」



喉が鳴る。


逃げ場はない。

というか、逃げる気もない。


正直、嫌じゃない。











「……うん」



そう答えると、

彼女はじっと俺を見た。


真っ直ぐで、

少しだけ迷ってる目。












「じゃあ……しよっか」








ああ。







ここからなんだな。





まだ触れてない。


でも、もう戻れない。


そんな気がした。


―――――――――――――――――――――


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この物語は、もう少し続いていきます。

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2025年12月27日 21:00

キス実習で出会ったダウナーな彼女が、距離感だけはやけに近い ナッツ(同人音声作家) @nattu_sound

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