まいけるぅ

睡眠薬は私にとって一種の薬物である。

睡眠は私にとって一種の幸福感を一時的に与えてくれるものである。

そう考える。


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現実はあまりにも厳しい。

毎日満員電車に揺られ人とぶつかり合い、帰れば家族に何かしら文句を言われ、亡くなった優しい祖父母を思い出し、毎日毎日同じことの繰り返しに、自分の無力感を感じ絶望する。そうして1日を振り返り、また寝れずに夜が過ぎていく。

こんな現実に嫌気を感じない方が難しい。


とある日、電車のホームで待っていた時、電車が来た瞬間身体から吸い込まれそうになった。我に返り、ふらつく身体をぐっと抑えた。「もう限界だ。」そう感じた。そして、「死にたくは無い」とも感じた。

乗るはずの電車は過ぎ去った。スマホを取りだし急いですぐに行ける精神科を調べた。


かなり我慢をした。あの時調べて沢山の精神科に問い合わせた。すぐに行ける精神科なんて滅多にないことを知った。

でも、ようやく今日解放される。


精神科に来た。待合室には沢山の人がいるものの精神科に来るような人にはみんな見えなかった。呼ばれた。


解放されると信じていた。そんなことは一切なかった。

話は聞いてくれたが、そこまで重いものではないと言われた。重くない?死神が首に鎌をかけ、すぐにでも切られてもおかしくないのに。

でも、薬はくれた。精神的な面と睡眠の面を改善してくれる薬だ。睡眠薬は別として精神の方は即効性ではないらしい。また、待つのか。


睡眠薬と精神安定剤を飲んだ。安定剤の効果は一切感じない。いっそ酒を飲んだ方が安定していると思う。睡眠薬は30分もしたらすぐ効いた。気持ちよく夢の中に思考は滑り込んだ。


夢はあまりにも支離滅裂。悪夢もいい夢も見る。でも幸せや怖さをその一瞬にしか感じない。その幸福と恐怖を思い出すのは、絶望の朝を迎えた時だけだ。


今日は悪夢だった。怖かったことを思い出した。最悪だ。1日の始まりはただでさえ憂鬱なのに。


今日はいい夢だった。幸せだったこと、楽しかったことを思い出した。戻りたい、続きを見たい。1日の始まりが来なければ良いのに。


今日はイライラした夢だった。とっても泣いたことを思い出した。夢の中では泣きながら家族に怒鳴り、心の声を隅々まで吐き出して伝えられて良かったと思った。1日が始まり現実はそうではないことに絶望した。


今日は悲しい夢だった。夢を思い出し、とても悲しくなった。でもそれはいい夢だったはずなのに。優しい祖父母とまた会えたのに。声は聞こえず心の声が聞こえていた。確かに会話したしお出かけをしていた。楽しかった。でも現実、1日の始まりには悲しみに変わった。


今日は何も見なかった。夢を実際には見ているけど覚えていないだけと言われているが、何も見なかった。だから何も感じなかった、寝てる時も起きた瞬間も気楽だった。でも、1日の始まりには変わりなく、徐々に絶望していく。


相変わらず安定剤は効いていない。

でも、夢の素晴らしさに気づき始めた。睡眠薬というものを服用して、自分の様子を確認しだしたことによって。

夢はその時にしか感情を感じない、全てが一瞬。夢の中で夢を振り返ることなんてことは絶対にない。あそこにあれがあったとかは思い出す。でもそこに感情まで思い出すことはない。夢の中で夢は思い出になっていないからだ。


夢を見たい。いや、見なくてもいい寝ていたい。ずっとずっとずっとずっとずっと。1日の始まりなんて迎えなくて良い。死にたくは無い、周りも悲しませたくない。友人や知り合いのただ1人でも、心につっかえる存在になりたくはない。それは祖父母のことで知っている。死にたくは無いのだ、ただひたすらに眠っていたいだけ、ただ休みたいだけ。もっと長い時間。


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今日はとても不安定だ。全てが上手くいかず、今は祖父母に会いたい。酒を飲む。今日は安定剤の効かなさにもとてもイラついた。だから飲んだ。


つい、いつもの癖で睡眠薬も飲んでしまった。大丈夫だろうと思い、そのまま眠りについた。この二つの相性はとても良かった。今日の嫌なことを全て忘れてすっと夢に滑り込んだ。


苦しい。起きた。無呼吸になったようだ。でも、眠い。このまま寝たら死ぬ気がする。死にたくない。でも、瞼がずっと落ちてきてひたすら夢の穴に落ちそうになる。電車が来た瞬間身体が揺れるのをぐっと抑えた時のように頑張るが、難しい。


意識を失わないように頑張っている後ろでふと思った、夢は現実の整理整頓。じゃあ今までの夢は現実であったはずの幸せと絶望。ずっと寝ていては両方とも増えない。もっと幸せを増やしたい、もっと幸せに向かって挑戦したい。明日の朝少し頑張ろう。少し頑張るだけで何か少し言うだけで、少しの幸せが手に入るかもしれない。そう思い明日の朝を迎えるために寝た。眠ってしまった。


絶望と希望の朝は来なかった。


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夢は安定剤。いや、依存してしまう薬物だった。死ぬ間際にしかそれを自覚できなかったのだ。あのまま起きていれば、それに気づくこともなく、幸せだったかもしれない。いや、気づかないのだからまた元に戻ったのかもしれない。


ああ、私はなんて愚かしいのか。


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まいけるぅ @Maikeruu5

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