第6話 レベル引継ぎ
「主様ー! このあたりでいいですかー?」
アニスの明るい声に応えるべく振り返ると、そこには目を疑う光景があった。
長さ8メートルはあろうかという巨木の丸太を、彼女はあろうことか片手で軽々と肩に担いでいたのだ。
「…ああ、その辺に置いてくれ」
ドスン!! という腹に響く鈍い音とともに地面が揺れる。
(……アニスにだけは、絶対に逆らわないようにしよう)
「主様? 今、何か失礼なこと考えませんでしたか?」
アニスが胡乱な目でじろりとこちらを伺う。
「はは、気のせいじゃないかな」
「ところでアニス、君自身の身体能力やスキルについてはどうだ? 何か違和感はある?」
ナナシは話を切り替え、アニスを真っ直ぐに見据えて聞く。
装備が失われていたとしても、彼女自身の力が残っているかどうかは、今後の戦略に決定的な差を生む。
「んー、そうですね……。今のところ、身体が重いとか、力が抜けた感じは全然ないですよー!」
アニスは確認するようにその場で軽く跳ね、空中で一回転して見せた。
着地音すらさせないその身のこなしは、明らかに常人の域を超えている。
「身体能力も下がった気がしないし、スキルも前と同じように使えると思いますよっ!」
アニスの自信に満ちた笑顔を見て、ナナシは内心で深く安堵した。
(城の状況や手持ちの資源、装備品は軒並み初期化されているようだが……英雄のレベルまでは失われてはいないのか)
◇◆◇
――主城政庁内、執務室。
そこは、アンデッド種族らしい美意識に満ちていた。
床一面には深く鮮やかな紫の絨毯が敷き詰められ、清潔感のある真っ白な壁と鮮やかな対比を描いている。壁際には大理石を思わせる質感の書棚が並び、部屋の中央には黒檀のような重厚な輝きを放つ大きな執務机が鎮座していた。
ゲーム画面では決して見ることのできなかった、城の内部か。
「主様、どうぞこちらへ」
アニスが慣れた手つきで執務椅子を引く。
導かれるまま机に向かうと、待っていたかのように半透明のコンソール画面が浮かび上がった。
タブレット状の操作パネルには、施設建設、ユニット作成、英雄一覧――。まだ多くがロックされているものの、見覚えのある項目が並んでいる。
「わあ、すごいです……!」
隣で覗き込むアニスの瞳が、好奇心でキラキラと輝く。
試しに施設作成をタップすれば、必要資源や建設条件が詳細に展開された。
「うーん、やっぱり資源が全然足りませんねー」
次にユニット作成をタップすると
「まずは最下級のスケルトン召喚から、ですか。地道にいくしかなさそうですね」
画面をスワイプしていくと、今度はアニスのステータス画面が開いた。
「あ、私だ! なんだか恥ずかしいですね。……って、スリーサイズ!? ダメです、これ絶対に見ちゃダメなやつですっ!」
顔を真っ赤にして騒ぐアニスを横目に、私は思考を巡らせる。
基本仕様はゲームの知識と相違ない。だが、この「現実」において、ゲームの理屈がどこまで通用するのか。一つずつ慎重に検証していく必要がありそうだった。
◇◆◇
「 主様、どうですかー?反映されてます?」
アニスが確認のための声をかけてくる。私はいくつかの資源を、新設された倉庫内へ運び込むよう彼女に指示していたのだ。
「ああ、助かったよアニス。こちらのコンソールでも、しっかり反映されたのを確認した」
執務机に浮かぶ半透明の画面を見れば、各項目の手持ち資源量がリアルタイムで増加している。
どうやらこの世界では、倉庫という「枠内」に収められた物品が、そのサイズや素材に応じて自動的にデータ化・計上される仕組みらしい。
この数値こそが建国の血。画面上の『施設建設』を実行すれば、この蓄えられたリソースを消費して、再びあの「にょきにょき」とした超常現象が起きるのだろう。
ふと窓の外に目を向けると、空は深い藍色に沈み、あたりはすっかり夜の帳に包まれていた。
どうやらこの世界にも、確かな時間の流れが存在するらしい。
「アニス、建設は明日にして、今日はもう休むとしようか」
一般的な物語では不眠不休のイメージが強いアンデッドだが、『ドラゴンキャッスル』の仕様は少し違う。採集や戦闘といった行動にはスタミナ的な意味合いの「行動力」を消費し、それが尽きれば回復を待つまで一切の行動が制限される。そのため、英雄といえど定期的な休息は不可欠なのだ。
「わかりました。それでは私もお休みさせていただきますね。主様は、隣の部屋を使われるのですか?」
政庁内には、主やその側近が泊まれる予備の私室がいくつか備わっているのを、先ほど確認済みだ。
「ああ。わざわざ外の宿場まで戻るのも手間だからね」
「なるほどー。では、私もすぐ近くの部屋にいますね。何かあれば、すぐに駆けつけますから!」
そう言って、アニスは「お先に失礼します」と軽やかな足取りで執務室を後にした。
独り残された部屋で、私は椅子に深く背をもたれかける。 この世界は何処なのか、自分以外のプレイヤーは存在するのか。考えるべきことは山ほどあるが……重くなった瞼が思考を拒んでいる。 どうやら、私の体力も限界のようだ。今はただ、泥のような眠りに身を任せることにした。
◆◆◆
古びた棚には、謎の学術書や羊皮紙がぎっしり詰められており、
別の棚にも、怪しい茶色の小瓶や得体の知れない器具がこれでもかと詰め込まれている。
まるで「魔法使いの隠れ家」を地で行くようなその部屋で、老婆は作業台のタロットカードを見つめていた。
「……東に、凶兆。不吉な影が見えるねえ……」
皺枯れた声でぶつぶつと独り言をこぼしていた老婆が、ふと顔を上げる。
「カイネやー、カイネはおらんかねー」
ドタドタドタッ! と慌ただしい足音が近づいてくる。
「大ババ様、呼びました!?」
息を切らして駆け込んできたカイネに、老婆は淡々と言い放った。
「ああ、いいところに。ちょいとアル坊…国王様に手紙を頼みたいんだよ」
「…………え?」
カイネの動きが止まる。
「えええええっ!? 私が、あの王様に直接お会いするんですかぁっ!?」
部屋の空気が震えるほどの絶叫が、屋敷中に響き渡った。
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ドラゴンキャッスル~城ゲーやってたら異世界に転移したっぽい~ なすちー @naschi
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