第4話 プレイヤーネーム

 桃色髪の美少女は、なんの疑いもなく明るい声を弾ませた。


「主様の名前は……『ナナシ様』ですよねっ!」


 ――そうだ。私のプレイヤーネームは、ナナシ。

今思い返しても、あの日の自分は迂闊だったとしか言いようがない。



「そろそろ『ドラゴンキャッスル』のサービス開始時間だな」


(カチッ……カチッ……)

 期待に胸を膨らませ、マウスを操作してランチャーを起動する。  IDとパスワードを叩き込み、いざログイン――。


 だが、画面には無情にもロード中を示す歯車アイコンがグルグルと回るばかり。

(カチカチカチカチッ……!)

 連打したところでサーバーの混雑が解消されるわけではないと分かっていても、人差し指が止まらない。


「初日のログイン戦争は、やっぱりこれだよな……」


 そんなことを呟きながら、なおもクリックを連打し続けていたその時――画面が切り替わった。


『名前を入――』 『ゲームを開始します』


「あ、しまった……ッ!」



 マウスの連打が災いし、名前入力画面を一瞬でスキップしてしまったのだ。

せめて確認ダイアログくらい出してくれよ……と運営に毒づいたのをよく覚えている。


 割り振られた名前は『ナナシ#100596』。重複防止のための識別IDが付いた、いわゆるデフォルトネームだ。

 結局、私は後から課金アイテムを使い、邪魔な記号と数字だけを消した。


「これならこれで、シンプルでいいか……」


 特別な名前も思い浮かばず、半ば自暴自棄になって受け入れたその名。



「……ナナシ様?」


 沈黙した私を、アニスが不安げな表情で覗き込んでくる。

 私は少し落胆した気持ちで考え直す、アニスは私の本当の名を知るはずもないのだから。


「いや、合っているよ。私の名前はナナシだ。……少し、懐かしいことを思い出していただけだよ」


 私は強引に意識を切り替えた。まずは記憶の整理よりも現状の打開だ。

 国を作るには、まず拠点が必要になる。私は「ありがちな方法」から順に試してみることにした。


(インベントリ……!)


 脳裏にあの便利な無限収納の画面を思い浮かべ、強く念じる。  ――しかし、網膜には青々とした草原が映るのみ。


 ならば、次は 「メニューオープン」


 今度は声に出してみる。だが、虚しく風が吹き抜けるだけで、半透明のウィンドウが現れる気配はない。  その後も、思いつく限りのゲーム用語やシステムコマンドを叫んでみたが、奇跡は一度も起きなかった。


「主様ぁ、何をしているんですか……?」

 怪訝な顔で見守るアニスに、私は途方に暮れて立ち尽くす。


「あの、主様。ポケットの中とかに、何か入ってないんですか? 私、愛用の斧も、ポーションも全部なくなっちゃってるみたいで……」


 アニスがしょんぼりと肩を落として告げる。

 ポケットか。そういえば、自分の衣服を物理的に探るという初歩的な確認を忘れていた。


 私は黒いローブのポケットに、藁にもすがる思いで手を突っ込んだ。

指先に、ひんやりと冷たい、硬質な感触が伝わる。


「……これは」


 取り出した手のひらの上には、紫色の輝きを放つビー玉大の珠。


「アンデッドのコア……」


 それは、間違いなく見覚えのある、建国のための「種族の心臓」だった。

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