第4話 プレイヤーネーム
桃色髪の美少女は、なんの疑いもなく明るい声を弾ませた。
「主様の名前は……『ナナシ様』ですよねっ!」
――そうだ。私のプレイヤーネームは、ナナシ。
今思い返しても、あの日の自分は迂闊だったとしか言いようがない。
◆
「そろそろ『ドラゴンキャッスル』のサービス開始時間だな」
(カチッ……カチッ……)
期待に胸を膨らませ、マウスを操作してランチャーを起動する。 IDとパスワードを叩き込み、いざログイン――。
だが、画面には無情にもロード中を示す歯車アイコンがグルグルと回るばかり。
(カチカチカチカチッ……!)
連打したところでサーバーの混雑が解消されるわけではないと分かっていても、人差し指が止まらない。
「初日のログイン戦争は、やっぱりこれだよな……」
そんなことを呟きながら、なおもクリックを連打し続けていたその時――画面が切り替わった。
『名前を入――』 『ゲームを開始します』
「あ、しまった……ッ!」
◆
マウスの連打が災いし、名前入力画面を一瞬でスキップしてしまったのだ。
せめて確認ダイアログくらい出してくれよ……と運営に毒づいたのをよく覚えている。
割り振られた名前は『ナナシ#100596』。重複防止のための識別IDが付いた、いわゆるデフォルトネームだ。
結局、私は後から課金アイテムを使い、邪魔な記号と数字だけを消した。
「これならこれで、シンプルでいいか……」
特別な名前も思い浮かばず、半ば自暴自棄になって受け入れたその名。
「……ナナシ様?」
沈黙した私を、アニスが不安げな表情で覗き込んでくる。
私は少し落胆した気持ちで考え直す、アニスは私の本当の名を知るはずもないのだから。
「いや、合っているよ。私の名前はナナシだ。……少し、懐かしいことを思い出していただけだよ」
私は強引に意識を切り替えた。まずは記憶の整理よりも現状の打開だ。
国を作るには、まず拠点が必要になる。私は「ありがちな方法」から順に試してみることにした。
(インベントリ……!)
脳裏にあの便利な無限収納の画面を思い浮かべ、強く念じる。 ――しかし、網膜には青々とした草原が映るのみ。
ならば、次は 「メニューオープン」
今度は声に出してみる。だが、虚しく風が吹き抜けるだけで、半透明のウィンドウが現れる気配はない。 その後も、思いつく限りのゲーム用語やシステムコマンドを叫んでみたが、奇跡は一度も起きなかった。
「主様ぁ、何をしているんですか……?」
怪訝な顔で見守るアニスに、私は途方に暮れて立ち尽くす。
「あの、主様。ポケットの中とかに、何か入ってないんですか? 私、愛用の斧も、ポーションも全部なくなっちゃってるみたいで……」
アニスがしょんぼりと肩を落として告げる。
ポケットか。そういえば、自分の衣服を物理的に探るという初歩的な確認を忘れていた。
私は黒いローブのポケットに、藁にもすがる思いで手を突っ込んだ。
指先に、ひんやりと冷たい、硬質な感触が伝わる。
「……これは」
取り出した手のひらの上には、紫色の輝きを放つビー玉大の珠。
「アンデッドのコア……」
それは、間違いなく見覚えのある、建国のための「種族の心臓」だった。
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