週休二日の裁量労働制って本当ですか? ~異世界は後輩といっしょ~
@Artemis-
第1話「出て行ってくれ」
「30歳の誕生日までに退寮してください」
人事部発令
部長承認印あり
課長経由で係長から直接手渡された書類にはこんな文言と、退寮期限が明記されていた
所属部署の上司全員が了承している正式書類、組織人としては逆らいようがないほど完璧な書類
新入社員から12年、高校卒業で入社した中堅輸送機器製造メーカー
入社当時のパンフでは独身寮完備!福利厚生万全!OJTなど社員教育ばっりちです!が売り
だけどその独身寮にも会社規定で入寮定年ってものがありまして、それが30歳の誕生日って訳
特例として単身赴任してきてる人は年齢関係なく所長や部課長、なんなら書類を手渡ししてきた係長も同じ寮に居たりする
係長に至ってはここ5年、2つ隣の部屋にいて起床から職場までどれだけ顔合わせるんだよ?ってくらい近くにいる
さて
寮は規定で出なきゃいけない
けど仕事柄、夜中に帰ったり夜間や土日急に呼ばれたりもあるわけ
〇〇ラインの生産管理システムが止まった
製品に貼付する管理シールのプリンターが壊れた
停電してシステムのデータが狂った
新製品の生産立ち上げで上手くいかない
etc etc
うちの会社、本来は担当すべき設備保全部隊、システム管理部隊などの専門部署があるのだが、いざというときのノウハウが全然積みあがってないから
「なんとかできる奴に仕事回せ!」
ってことで対処できる奴に仕事が異常に回ってくる
その一人が私だ
だからとりあえず何とかする為だけに異動させられて担当部署変わったり、なんなら更に関係ない業務に異動させられて新業務を追加される
プロジェクト中だけ仮の上司つけられて、有りもしない部署の名刺作って持たされたりもした
これで高給ならまだしも薄給なんだから涙が止まらない
ここまで頑張っていても社則を盾に人事は無情にも寮から出て行けとおっしゃる
おまけに先に言った通り現状では時間や曜日関係なく呼び出し必須なので、家賃が高いから条件が良いからと勤務先から遠くに行くのも憚られる
いや、そんなこと言ってるから便利屋扱いされるわけで、思い切って片道1時間以上のところに住んだほうがいいのかしら?
そうしたら流石に会社だって考えるだろ、とも企んだりなんだり
そんなこんなもあり関連部署と各現場のお偉方に顔出しに行ってきた
「社則(ここ重要!)で寮を出なきゃいかんので就業時間以外は物件探すから絶対に呼び出すな」
と現場に「強く」通達するよう書類を渡してきた
そうでもなければ連休や夜中、明け方だろうが熱出してぶっ倒れててもなにも顧みてくれず今すぐ来てくれ!の一点張りされるくらいだからね
しかも上司が残業承認しないから無給で、だ
会社にも不動産部門あるけど、就業時間同じだから仕事終わってからじゃいけないし
社内の地元出身の友人にも声掛けしてみたりしたがそういうつては残念ながら持ってない
休日に不動産屋巡ったり移動中に入居者募集物件とか探してみたけど物件が今一つ
一人暮らしは20台前半に出向先で3年ほど経験済み
だから寮から出て生活には特段問題はない
ただ折角寮から出て新生活をするならば、生活環境自体は少しくらい良くなってほしい
欲を言えば庭とDIYできるようなスペースとして車庫とかついてる一軒家がいいんだけどな・・・・・
あれだこれだと探してあっという間に2か月が過ぎ、未だに決まってない引っ越し先
荷物は車に乗せて何度か往復すればいいくらいしかもっていないから、引っ越し業者手配しなくてもいいのは楽
人生でどれだけ引っ越してきたかわからないくらいなので、引っ越し作業自体困ってはいないのは幸い
一旦適当な物件で妥協して更新前まで余裕持ってきちんと家探しするか、と思ってたら金曜の始業前にメールが来た
「家はめっちゃ古いけどおっきな庭とおっきな蔵みたいのがついてる物件あるって
良ければ仕事終わった後ごはんでも食べながら説明したいですけど、今日って空いてます?」
声をかけておいた地元出身、甘いもの巡り仲間の後輩からだった
店おまかせでお願い、と返信して仕事をはじめた
夕方、珍しくトラブルも飛び込み仕事もなく定時であがり、昼に連絡があった店に向かう
店の前には見慣れた車が止まってて運転席には後輩が乗っていた
ドアが開いたので軽く手を上げ
「おまたせ、手間かけてごめんね」と声をかける
「今日は先輩のおごりですよね?」
ちゃっかりしてらっしゃる
まあ、こちらも頼み事してるわけだし当然了承する
待ち合わせしたのは静かな立地の少し上品な、ほぼ半個室ばかりの和食店
佇まい通り一般的な店よりは少しだけ値が張るけど、人と会うにはちょうどいい塩梅の静かさと暗さを好んで使ってる人も多い
長年通ってて顔見知りの店員に
「毎度様、奥空いてるかな?」
と声をかける
案内された席は店の正面から入って一番奥の席
別にやましい話をするわけじゃないけど人目につかないのは少し楽だ
後輩にメニューを渡して注文を促す
「面倒かけて悪いね
頼み事してるし好きなもの注文していいよ」
というと、後輩はにこにこしながら
「ありがとうございます!!!」
といって悩み始めた
唸りながらメニューと格闘していたが、なんとか決まったようなので、様子を見に来たいつもの店員に声をかける
遠慮なく好きなものを、好きなだけ注文してくれましたよ
注文を終え満足した後輩が、バッグから封筒を取り出して中身を広げる
「早速ですけど、これ物件の場所と外観の写真です
場所は市内で●●町、会社からもそんなに遠くないですね
古墳?って言われてる丘と大通りに挟まれてて、閑静なのか五月蠅いのか微妙なところですけど」
地図を見ると市内で2番目に大きな国道まで300m程度
家の前は普通の道路というかたまに通りがかる竹藪がある小高い丘のところだった
確か教育委員会の看板があって古墳かも?ってだいぶ古く消えかかってるあいまいな説明を見たことがある
日本のピラミッドとかパワースポットとか言われる、そういった類のものをドライブがてら見に行くくらいには好きなので気には留めてたんだよね
家自体は昭和ではないような古い様式
明治とか大正とかにあったような和の建築だけど結構大きく見える作りだった
後輩曰く、母親の友人が持ってる物件だけど古いからほぼ放置で物置代わりにしてたとか
売るにも古屋付きでは安すぎて、更地にするには解体費プラス売った時の税金でかかる手間と金のわりに金額が変わらないらしく塩漬け状態だったとのこと
持ってるだけでも税金取られるし賃貸ではなく物件を売却したい、って
現物見なきゃなんとも言えんけど、それ以前に家付きの土地を買うって先立つものが、って話
なんでも金額はこちらがまずは物件見てもらってから、と
相手方も税金対策なので売るなら早い方がいいとの事、出来れば早めに見て貰って気に入ったならばすぐにでも話しがしたいとか
今日は金曜、明日は天気も悪くないので物件見るには悪くないだろ
後輩から食後にでも連絡してもらうことになった
注文したものが来て、話をしながら食べる
明日は久しぶりにどこか連れてってもらおうと思ってたんですけどねー、と後輩はぼそっと言い出す
立て続けに新規のプロジェクトが立ち上がってなかなか休みがまともに取れなかったから、恒例の甘いものツアーもやってなかったし、そう言いたい気持ちはわからないでもないけど現状最優先プライオリティは寝床
だけども後輩のご機嫌を損ねるのも得策ではないだろう
「仕方ない
手間賃代わりに食後に別の店へ甘いもの食べに行こうか?」
二つ返事で返された
翌日、約束の10時
既に鍵を預かってくれてる後輩を拾って物件に向かう
迎えに行った後輩の家から車で20分、今の寮から10分ちょっと
会社へは通勤ラッシュ時でも40分見ておけばいいくらいか
物件があるのは交通量の多い休日日中のわりに静かな場所だった
道路を挟んだ竹林は結構広い面積のようで建物などは一切透けて見えない
家の周りも結構開けてる
というか、古墳?と言われてるものと柵で仕切られた隣の敷地だった
しかも隣接地は道路側から見て裏にも回ってるようで、更に裏には田んぼがあって国道まで何もない
広々とした土地に囲まれてポツンと建つ結構目立つ家だ
・・・・・この物件なんでこんなに家が左にオフセットしてる?
古墳にべったりしすぎでは?
逆に家の右側には100m走くらいできそうな距離があってやっぱり田んぼ
夏にはカエルの大合唱が聞こえてきそう
家は確かに古い
写真で見たイメージの大正どころか江戸末期か明治初期、そのくらいからあってもおかしくなさそうなほど古びてるけどがっちりした作り
某昔話に出てくる庄屋さんとか、1からモノ作りをするアイドルが移築した古民家みたい
全体的に黒に塗られてるのか、雨戸ががっちり閉まってるのもあってぱっと見は要塞みたいな雰囲気
玄関も黒だけどここは今どきのアルミの4枚引き戸になってた
鍵を預かってきた後輩が開けて家の中に入る
玄関に分電盤があったので一応確認したが、メインブレーカーは落ちていた
どっちにしろ契約は解除してるとの事だし、家に入る前に確認したが確かに電気メーターが撤去されていて電気は止まってるから玄関から奥は真っ暗
車に戻って仕事用のナップザックをもってきて、中からLEDライトを出して後輩にも渡す
仕事で使ったり車いじりに使ったりするから何個か積んでてよかったわ
土足OKってことを言われたけど流石に人様の家だし自分が住むかもしれんし、と思ってシューカバーを持ってきておいた
履き方のわからない後輩の足を取って履かせて、自分も履いて家の中へ
どれくらい人の出入りがないのか
床板には埃が堆積していくつか足跡が見えた
その足跡すら埃が積もってきている
古い家で気密も低く砂埃も入りやすいだろうから、余計に堆積するのだろう
まずは窓側に向かっていくと縁側がぐるっと回って雨戸があった
ガラス戸と雨戸の二重のようだけどどっちも動かない
建付けも悪くなってるんだろ、ってことでいくつかの窓枠を動かして少しスムーズなものを見つけてようやく開けることに成功した
多分10年20年単位で開いてなかったのだろう縁側と、隣接した部屋に陽が差し込む
その陽が差し込んだ先にある壁には違和感ありありなものを見つけた
後輩はガン見したまま固まってた
漏れ入る陽を受け鈍く光る、天井まで届く巨大なレリーフがあった
それも木造の家の中、しかも畳部屋に、だ
「なんですかね?これ」
後輩が抱いた疑問は尤も
私も同感だ
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