クロとわたし
くっすん
第1話 クロとわたし
学校から帰る途中に、わりと広い公園があります。
草が伸び放題で、最近は余り誰も近付かないけど、
家に帰るには近道だったので、私はいつもそこを通っていました。
雨上がりの公園は涼しい風が吹いてとても気持ちがよかったわ。
公園の小道を進んで行くと、猫の鳴き声が聞こえてきました。
それも、何か怒っている様な、ケンカしている様な鳴き声。
「イヤだなぁ。」と思ったけれど、通らないと帰れないから、
私はゆっくり近づいて行きました。
壊れかけの木でできたベンチの陰に居たのは、
猫ではなくて3羽のカラスでした。
一羽の小柄なカラスが2羽の大きなカラスにいじめられていたのです。
私が近付いても2羽のカラスは小柄なカラスを押さえつけたり
くちばしで突ついたりして、小さなカラスは頭を下げて、
一生懸命謝っているみたいに見えました。
私は何だかそれが人ごとじゃ無く思えて、
持っていた傘を振り上げて大きなカラス達を追い払いました。
2羽の大きなカラスはバサッと羽音をあげて飛び立って、
後に小さなカラスが残りました。
小さなカラスはまだ子供の様でした。
全身真っ黒でしたが、
目と目の間の一点だけ、星が輝いている様に白くなっていました。
私はカバンの中に給食の残りのパンがあるのを思い出して、
ひとかけちぎってそのカラスの前に置きました。
カラスはパンと私を見比べて、首を少しかしげました。
「食べて良いの?」と言ってるみたいに。
「いいよ、あげるから、お食べ。」私は小さくそう言って頷きました。
カラスって、怖い鳥だと思っていたけれど、
近くで見るとカラスの羽ってつやつやで、
まん丸でツヤツヤのきれいな目をしていて、
額の白い星がチャーミングだなぁ、と思いました。
次の日も小柄なカラスは公園のベンチの陰にいました。
「私の帰りを待っていてくれたの?クロちゃん。そうだ、君は今からクロちゃんだよ。」
私は、もしかしたら又会えるかもと思って、
念のために残した給食のパンをカバンから取り出し、クロちゃんの前に置きました。
クロちゃんはまた、私とパンを交互に見て、「ククゥアー」と鳴いてそれからパンを器用についばみました。
「クロちゃん、あのね・・・。」
私は今日、学校であった出来事を話し始めました。
「休み時間にね、教室の床に落ちていた消しゴムを私が拾って、
『だれのかなぁ?』って辺りを見回していたら、
『返して!』ってユミちゃんが私の指を掴んできたの。」
クロちゃんは、私の話を小首をかしげながら聞いてくれました。
「最初は冗談で絡んできたみたいだったけど、
あんまり指を強く握るから『痛い、放して!』って言ったら、
通りがかった先生に『消しゴム取られた。』って言うんだよ。
先生ったら、話も聞かないで『ダメよ。』だって。
私は取ったんじゃなくて、拾ってあげただけなのに・・・。
腹が立つから私、消しゴムを黒板にぶつけちゃった。」
クロちゃんは私の顔をのぞき込む様にして、
「クアァー、それで、ユミちゃんと仲直りしたのかい?」
て聞いてきました。
私は、返事が出来ませんでした。
いいえ、カラスが人の言葉を話したのでびっくりしたというより、
ユミちゃんとはそれから気まずくて帰るまで口をきかなかったので、
後ろめたい気持ちを見透かされたようだったからです。
私、本当は仲直りしたかったんです。
でも私、引っ込み思案だし、自分からは言えなかったから・・・。
「クゥオッ、あした、消しゴムを投げてゴメンって言おうね。」
クロちゃんがそう言ってくれたので、私は「ウン。」とうなずきました。
次の日も、クロちゃんは公園のベンチの陰にいました。
私はカバンからパンをひとかけ取り出して、
「クロちゃん、あのね、私ユミちゃんと仲直りしたよ。
私が『ゴメンね。』って言ったら、ユミちゃんたら、
『一緒に遊ぼ!』だって・・・。」
クロちゃんは両足でピョンピョン跳ねて、
「クゥゥッ、仲直りできて良かったね。」と言ってくれました。
私は毎日、学校の帰りに公園のクロちゃんに会いました。
そして、学校の出来事や友達との事を色々聞いてもらったのです。
その日も私はクロちゃんに会おうと、公園の小道を歩いていました。
すると、向こうから2人連れのお兄さんが歩いてきました。
めったに人が居ない公園なので、
私は少し緊張してお兄さん達とすれ違いました。
すれ違いざま「よう、遊ぼうよ。」
お兄さんの一人が言いました。
私はかろうじて「イヤッ。」と小さく返事をして、
足早にそこを離れました。
お兄さん達は向きを変えて後ろを追いかけて来ます。
「よぉ、無視してんじゃねぇぞ!」後ろから声がします。
公園の出口まではもう少しあります。
私は心臓がバクバクして、少し走り出しました。
「ようよう、ちょっと待てよ。遊ぼうや!」
お兄さん達も走り出しました。
声はすぐ後ろからします。
ちょうど、壊れかけのベンチの横を通り過ぎる時でした。
黒い影が私の頭の上を通りすぎました。
クロちゃんです。
クロちゃんがお兄さん達の頭の上で大きく羽ばたいて、
お兄さん達の頭をくちばしで突つこうとしたのです。
クロちゃんは「クワー!」と大きく叫びました。
「何だコイツ、ヤメテクレー!」
お兄さん達は足を止め、頭を抱えてしまいました。
「コラッ!君達、女の子を追いかけて、何をしているんだ。」
ジョギング姿のおじさんが私とお兄さん達の間に身体を入れてきました。
「大丈夫かい?」おじさんに聞かれて、
私は安心したのとクロちゃんが守ってくれた事に感激して、
大きな声で泣いてしまいました。
すぐに警察が来て、お兄さん達はつれて行かれました。
翌日、先生から登下校に公園を通ってはいけないと言われました。
それからすぐに中学生になり、通学路も変わったので、
クロちゃんの事はいつか遠い思い出になっていました。
中学に行くには大きな交差点を渡らないといけません。
歩行者信号が青になるのを待って私は横断歩道を渡り始めました。
その時曲がって来た大型トラックが近付いてくるのが見えました。
私は横断歩道の前で止まってくれると思ってそのまま進みましたが、
トラックはスピードを緩めません。
トラックはドンドン近づいて来ました。
もう、運転手の顔もはっきり見えます。
その顔は下を向いていました。
多分、スマホを見ていたのだと思います。
「轢かれるかも知れない。」私は一瞬そう思いました。
でも、足がすくんで、声も出ませんでした。
その時、黒いゴミ袋みたいな塊が私の視界に入りました。
黒い塊は一直線にトラックのフロントガラスめがけてぶつかって行きました。
「バサッ!」っと音がして、トラックの運転手は慌てて急ブレーキを踏みました。
私の目の前で、つんのめる様にしてトラックが止まりました。
私とトラックの間に、真っ黒の大きなカラスがドサッと落ちて来ました。
額に白い星があります。
「クロちゃんッ!」私が叫ぶと、
クロちゃんは起き上がってスグに飛び立ちました。
そして、私の頭の上を大きく旋回して、
「カァー!」と言って飛んで行きました。
もう昔の様に、言葉はしゃべってくれなかったけれど、
私には「気をつけなよ!」と言ってくれた様に聞こえました。
クロちゃんは、ずっと私を見守っていてくれていたんです。
それからもう、クロちゃんを見かける事はありませんでした。
「私、中学校で友達一杯できたよ。」って報告したかったのですが。
おわり
クロとわたし くっすん @kusugaia
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