サンタクロース・リクルートメント 〜白銀の妖精と優しい青年のものがたり〜
星月小夜歌
1.It’s the most wonderful time of the year
親と暮らせない子どもたちが共に暮らす児童養護施設『かるがものいえ』。
高校1年生の青年、森村誠司もそこで暮らす一員だ。
時は平成20年のクリスマス。
街は煌びやかな飾りに包まれ、駅前ではイルミネーションが輝く。
このかるがものいえの子どもたちも、思い思いにサンタクロースからのプレゼントを期待するなど、めいめいに楽しんでいる。
誠司のように大きな子どもたちは、より小さな子どもたちの夢を壊さないよう振る舞うのが慣わしであり鉄則だ。
誠司はそろそろ、サンタクロースの正体は施設の職員たちだろうと思い始める頃であったが、そのような夢やファンタジーは好きではあったので、この季節は楽しいものであった。
さて。
クリスマスイブの夕方。
かるがものいえの食堂では給食調理員のおばさんたちがケーキやチキンの調理に精を出している。
家族と暮らせなくても、この家のみんなが家族だ。
このかるがものいえは、そのような思想で運営されている。
誠司は小さな子どもたちに、サンタクロースの絵本を読み聞かせている。
「……サンタのおじさんは、良い子のみんなにプレゼントを届けるために、トナカイが引くソリに乗って世界中を飛び回っています。……はい。おしまい。」
小さな子どもたちがもっと、とせがむのに対して誠司は、
「もうちょっとでご飯じゃないかな。またご飯が終わったら読んであげるから。」
とたしなめる。
誠司の予想通り、厨房の方からは、
「ご飯ですよー!!」
とおばさんの大きな声が響く。
「ほら、行くよ!」
誠司は小さな子どもたちの手を引いて食堂へ向かう。
誠司が食堂の扉を開けて子どもたちを通すと、子ども達の可愛らしい歓声が響き渡った。
「ケーキ!」
「チキン!」
「シチュー!」
毎年のことではあるが、誠司もこのみんなで過ごすクリスマスイブの夜が大好きであった。
小さな子どもたちを席に着かせて自分も席に着く。
「みんな席に着いたわね? じゃあ、いただきまーす!」
おばさんの大きな声に合わせて皆も、
「いただきまーす!!!」
と大声で挨拶をし、ご馳走にかぶりつく。
施設の職員たちも同じく、チキンやケーキ、シャンメリーなどを頬張る。
「誠司君は毎年小さな子どもたちの相手をしてくれて偉いな。助かっているよ。」
と、施設長である天草太郎がわざわざそばまで来て誠司を労る。
「この家のみんなは家族だって言ってるのは天草さんじゃないですか。それならこの子たちは俺の弟や妹みたいなもんですよ。」
と誠司は明るく答えた。
「本当に、誠司君はいい子だ。将来、大物になるぞう。」
「天草さんも、今日は楽しんでくださいよ!」
「はっはっは。もう楽しんでいるとも!」
楽しい時間は過ぎるのも早いもので、クリスマスの晩餐会はにぎやかなうちに、お開きを迎えた。
小さな子どもたちでも、片付けには参加する。
ふらふらと危なっかしい子を、誠司は後ろから支える。
こうして、後片付けまで含んで晩餐会は終わった。
あとは、お風呂に入って眠るだけだ。
入浴も済ませた誠司は、特にすることもないので、少しゲームをしてから寝ることにした。
―深夜2時―
日付は変わり、クリスマスイブからクリスマスへと進んだ。
寝ている誠司に、一筋の光が窓から挿す。
「……うーん……。」
普段、こんな変な時間に目なんて覚めない。
「なんだよ、この光……。」
うにゃうにゃと呻きながら、眠い頭をどうにか動かし、窓のほうを向く。
「ええええええっ!」
なんと!
雪のように白い肌、コーヒーのように深いこげ茶色の長い髪。
まとっているのは白いドレスだろうか。
そんな美しい女性が、窓の外から誠司を見つめていた!
「!」
誠司が叫んだ瞬間、女はふっと、まるで雪が解けたかのように消えてしまった。
たまらず誠司はベッドから起き上がり、窓へと駆け寄る。
が、窓はいつも通り閉まっていた。
しかし、なんだか甘いような香ばしいような、いい香りが漂う。
「嘘だろ!?」
誠司は何が起きたか全く分からず、そのあとは一睡もできなかった。
―翌日―
「見たんだって! 俺の部屋の窓から、めちゃくちゃ綺麗なお姉さんが部屋の中をのぞき込んでた!」
「そんなわけあるかよ! サンタさんならともかく綺麗なお姉さんって!」
誠司は、昨晩の出来事を友人達に話していたが、誰一人信じてはくれなかった。
「でも! 俺はこの目で!」
「常識で考えろ! じゃあ百歩譲って、どんなお姉さんだったんだよ。」
「ああ! 肌は雪みたいに白くって、髪はこげ茶色でつやつやで長くって、服は白いドレスだった!」
「ああ! まるでおとぎ話のお姫様みたいだな! ……そんな女がどうやってお前の部屋なんか覗くんだ! お前の部屋、3階だろうが!」
「でも見た!」
「はい、夢確定! あるいは天使か神様かだ! ……まあ、ゆっくり休みなよ。俺朝飯食ってくるわ。」
と、友人は朝食に行ってしまった。
「……本当に見たはずなんだ。それとも……夢……? 幻覚……?」
無論、誠司も信じてもらえるとはあまり期待していなかった。
あんまりにも現実離れした光景だったからだ。
「……とりあえず、朝ごはん食べに行くか……。」
と、誠司も気を取り直し、朝食へ向かった。
朝食を早々と食べ終わると、誠司は自室へ戻ってきた。
学校は冬休みに入ったけれど、宿題はたーっぷりとある。
あまりのんびりしているとあとで困る。
さあ、風邪予防のためにも換気するか。
と、誠司は開けるために窓へと向かった。
……ん?
窓の近くに、どこか優しく、甘く、香ばしいような香りが立ち込めている。
こ、これって!
誠司はすべての感覚を鼻に集中させる。
ま、間違いない!
昨日の! あのお姉さんの香りだ!
やっぱり!
昨日のあの出来事は夢でも幻覚でもなかったんだ!
あのお姉さんは、実在した!
「実在したんだああああああ!」
誠司は大声ではしゃぎまわった。
……おっと。
あんまり一人ではしゃぐと、変に思われる。
綺麗だったなあ。
あのお姉さん。
また来てくれないかなあ。
もしかして、クリスマスイブの夜にだけ現れる天使か何かかな?
来年のクリスマスイブの夜なら、来てくれるのかな?
今年のクリスマスはまだ終わってないけど、今から来年のクリスマスイブが楽しみだ!
女性の正体も、そもそも何のために現れたのかもわからないまま、『来年のクリスマスイブに現れるかもしれない』という不確定な情報だけしかないのに、誠司はすっかり、クリスマスイブの夜に現れた白銀の女性に、夢中になっていた。
それから、誠司にとって、彼女に会えるかもしれないという期待のこもったクリスマスは、一年で最も素敵な季節となった。
サンタクロース・リクルートメント 〜白銀の妖精と優しい青年のものがたり〜 星月小夜歌 @hstk_sayaka
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