息子の興奮

なかむら恵美

第1話


夕飯時。

珍しく鼻息を荒くした息子が、喋り出した。

「久々に興奮しちゃったぜ、俺」

息子は中学3年生。大学までついている学校なので、受験は関係ない。

一応の学力テストがある。

しかし、区切りの行事として、卒業式はちゃんと行う。


「卒業式の練習で、<大地讃頌>を歌ったんだけど」

「ほぅ。懐かしいな。俺たちも歌ったよ、なぁ、ママ」

大盛りのカレーライスをスプーンでよそった手が急に止まり、夫がわたしに同調を求める。

夫とわたしは、中学からの同級生である。

「ああ、そうね。それで?」

どこどなくシャイ。

胸の内に何かを秘めているような息子は、冷静沈着なタイプで、興奮するなど滅多にない。

その息子が、「興奮した」と言っている。

わたしに同調を求める前に、息子に話を弾ませるのが先だろう。

「あのさ、あるじゃん、最後の方に ♪大地よぉ~っ 褒めよぉ~っ

讃えよぉ~を 土をぉ~っ とか何とかいう歌詞が」

横にある麦茶を一気に飲み、続けた。

「自分を褒められているのかと思って、俺」

<大地>が息子の名前なのだ。


命名の由来は、夫が「大樹<ひろき>」であるのと、姓字が「田中」。

<田中大地>とした時に、良さそうだからである。

ちょいとばかりに、土地持ちになって欲しいとも、願わなくもなかった。


しかし、平凡。

どってことない。不可もなければ、可もない子が、ウチの大地。

背丈から成績、クラスでの存在感から友達の数まで平均値。

「もう少し、何かが欲しいんですよね、田中くんは。無理にとは言いませんが」

面談でのお決まりだ。


カレーライスをむしゃむしゃと食べながら、更に息子が言う。

「誰かに背中を押されているみたいで、気持ち良かったな」

「そうか、うん」

食後のデザートに、早も夫はゆく。

「こそばゆいだろ。がんばれーって背中を押されたみたいで」

夫にそんな経験、あったのか?

咀嚼を緩め、2人のやりとりをわたしは聞いていた。

「えっ?あったの?パパ」

「うん」

何故か夫は照れて、わたしを横目で見た。

「えっ、何々?どんな時」

息子が身を乗り出した。

「ママにプロポーズをする時」

「ほほ~っ」

大袈裟に息子がのけぞった。


                             <了>

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