あの日の約束は雪と共に降り注ぐ

セツナ

あの日の約束は雪と共に降り注ぐ

 この街で雪が降るなんて思ってもみなかった。

 僕の住む小さな島では、めったに雪は降らない。

 僕が17年生きてきて、雪を見たのは1回だけだ。

 しかもその1回も僕が小さかった頃に見た記憶があるくらい。

 それが僕自身の記憶だったのか、テレビや映画とかそういう作品で見たのかもあやふやなくらいぼやけた記憶だったりする。

 だけど、その景色があまりに美しくて。

 僕はずっとその景色を追い求めている。

 そんな僕の島に雪が降った。


 この島はよく雨が降る。

 島が位置する場所的に雨が降ることが多いのだ。夏場なんか1カ月の半分は雨が降っていると言っても過言ではない。そしてそれが観光の見どころにもなっているのだと言うから不思議なものだ。

 あとこの島にはもう一つ、観光客の目を引くものがある。

 それが、丘の上にある風車だ。

 島に一つしかないがその姿は堂々としたもので、海を向いて建っているのでまるでこの島にやってくる人を見つめているような感じがする。

 そんな僕の島に、雪が降った。


 最初は雨かと思った。

 今日はかなり冷えるし、こんなタイミングで雨に降られた風邪をひいてしまう。早く帰らなきゃ。そう思っていた。

 しかしそれは、いつも降っている小雨よりも更に細かく柔らかい感じがした。

 手のひらを広げて受け止めると、それは小さくふわふわしていた。そして一瞬遅れて僕は気付く。

 これは雪だ。

 そして慌てて空を見上げると、夕暮れの半分以上が夜に染まった空に、白い雪たちが静かに降っていた。

 雪だ!

 僕はこれまでにない程嬉しくなり、はしゃいでしまう。

 この事を伝えたい相手を考えた時に、僕は真っ先に幼馴染を思い浮かべた。


『雪が降ってる!』


 いつもの僕では中々使わない、感嘆符を付けたメッセージにはすぐに既読が付いた。


『わぁ本当だ!』


 そして幼馴染の涼香すずかはいつも通り、テンション高く返事をする。

 勢いで言ってみたけど、いざ伝えた後に続く言葉が見つからない。

 メッセージ画面を開いたまま悩んでいると、彼女が続けた。


『ねぇ、あの風車に行こうよ』


 涼香が言っている風車はすぐに分かった。

 僕の島に風車は一つしかない。


『いいけど……なんで?』


 僕が問いかけると、涼香は機嫌悪そうにしているうさぎのスタンプをよこした。

 どうやら僕は彼女を怒らせてしまったらしい。


『ごめん。一緒に行くから怒らないで』


 送ると彼女はご満悦、と言った感じのうさぎのスタンプを送り、そして言った。


『分かればいいよ! ほら行こうよ』

『今から!?』


 涼香は行動力がある事が長所であるが、今日に限ってはこんな日に外に出ていいのか、と心配になる。しかも風車のある崖は商店街より更に寒い。


そうちゃんはどこにいるの?』


 尋ねられて、つい目に付いた看板を読み上げてしまう。


『青田書店の前、だけど……』

『分かった! すぐ行くね』

『いやちょっと待って』


 涼香を止めようとするがもう既に遅かったようで、僕の最後のメッセージに彼女の既読はつかなかった。

 いざ涼香がここに来た時に僕が居なかったら可哀そうだと思ったので、僕はしばらく待つことにした。

 商店街に流れるクリスマスキャロルを聴きながら、15分ほど待っていると彼女は息を切らしながらやって来た。

 彼女の家からここまでの距離を考えると相当急いだだろう。

 涼香は僕を見ると「やっほ」と挨拶もほどほどに身体を起こして言った。


「じゃ、行こうか」


***


 商店街から風車までは結構離れている。

 しかも高低差が結構あるし、道もそんなに良くない。

 涼香に引っ張られるように道を歩いていくが、降っていく雪は最初よりも量が多くなってきた。

 地面にうっすらと降り積もっていく雪に目を奪われながらも、涼香の姿を見失わないようについていく。

 彼女も流石に寒いのだろうか、先ほどから両手に息を吹きかけこすり合わせている。

 僕らの島には雪が降らない。だから寒さ対策の手袋なんてない。あってもマフラーくらいだ。

 朝家を出るときに、首に巻いてきた紺色のマフラーが風にはためく。僕のとおそろいの涼香の赤いマフラーも同じように風に揺れていた。

 しばらく歩くと、ようやく風車が見えてきた。

 風車の足元には整備をする人が入るための扉があり、頭上にはちょっとした屋根があるため雪が身体に当たる冷たさが少しやわらいだ。

 ようやく一息ついたことで、僕は隣の涼香がこすり合わせている手に視線が向いた。

 その手は赤くなっており、見るからに痛そうだ。慌ててその手を掴むと、じっとその手を見つめた。


「涼香これ、霜焼けになってるじゃないか」


 慌てて涼香の手を自分の両手で温める。涼香は「大丈夫だよ」と手を拒もうとしたが、僕が強く握っているからか、大人しく受け入れる事にしたようだ。


「なんでこんな日に、ここに来たんだよ」


 問いかけると、涼香は視線を落として「本当に忘れちゃったんだね」と悲しそうな顔をした。

 彼女の言葉に重なって、少女の声が思い出される。


「そうちゃん、絶対忘れないでね」


 たしかあの日も、こんな風に雪が降った日だった。

 そして僕の隣には今と同じように涼香がいた。

 二人で両手を空に向かって広げてくるくる回って。涼香も僕も、空から降りてくる雪ばかり見ていた。

けれど、僕がふとした拍子に涼香に目を向けると、それに気付いた彼女は笑顔を浮かべたまま僕の顔を見て「どうしたの? そうちゃん」と微笑んだ。

その日から、僕は彼女に恋をしていた。

今もその気持ちは残っているのに、むしろ日に日に強くなっている感情なのに。いつのまにかあの日の事を忘れてしまっていた。

 その事がひどく申し訳なく思った。なんで、僕は忘れてしまっていたのだろう。

こんなに大切な事なのに。


「思い出したよ」


 僕は手を握ったまま、彼女の目を見て言った。


「やっぱり忘れてたんだ」


 涼香は拗ねたように口を尖らせる。


「ごめん」


 僕は素直に謝った。ここで言い訳をしても無駄だと思ったのだ。


「でも思い出した。涼香とした約束も、僕の気持ちも全部ぜんぶ」

「蒼ちゃんの気持ち?」


 不思議そうな顔をする涼香に僕は言った。


「僕は、あの日からずっと涼香の事が好きだったんだ」


 ずっと心の奥底にしまっていた思いをようやく伝える。

 そして、小さい頃彼女と交わした約束をなぞる。


『そうちゃん、大人になったらわたしと結婚してね』


「涼香、僕と付き合ってください」


 今はまだ結婚なんて言葉には責任を持てないけれど。

 ひとまず僕らの第一歩を踏み出したいと思った。

 涼香は照れたような嬉しいような、とてつもなく幸せそうな表情を浮かべて頷いた。


「うん、ずっと待ってたよ」


 その言葉に、彼女のかじかんだ手に、髪の毛に着く雪の結晶に、思い出の風車に、僕たちを取り巻く全てに泣きそうになりながら、僕はより強く彼女の手を握りしめた。

 商店街はずいぶん離れているはずなのに、僕の耳には2人を祝福するかのようなキャロルが聞こえてきて、これが僕の人生の中での特別幸せな瞬間だと強く実感をした。

 キャロルに合わせて踊るように、雪は静かに降り続けていた。


-END-


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