クリスマス嫌いのクリスマス
黒田緋乃
クリスマス嫌いのクリスマス
クリスマスが嫌いだ。
大嫌いな自分の名前を、嫌でも思い出すハメになるからだ。
クリスマス・聖夜。
信じられないと思うけど、これ本名なんだぜ。俺の。
ウェンツ瑛士とか、トリンドル玲奈とか、外国の名字に日本人の名前を組み合わせるあの感じ。センスが壊滅的すぎるけどな。
「日本ではクリスマスを聖夜って呼ぶんだよ」と言うバカな日本人の母。
「それはデスティニーですね」とノリノリで返したアホなイギリス人の父。
おまけに誕生日は12月25日。悪ノリと偶然の産物から、俺の呪いのような名前は生まれてしまったのだった。
一体何から恨めばいいのか、もうよく分からない。とりあえず「メリークリスマス」とか騒ぐやつに舌打ちする気持ちは分かってもらえると思う。
もう一度言うぞ。
クリスマス・聖夜。
こんなん、どうやったっていじめられるだろ?
というわけで、ひねくれて育った俺は、20歳の誕生日を自宅で、1人寂しく祝ってるというわけだ。
「あ、なくなった……」
手に持っていたチューハイ缶を軽く振る。
返ってきたのは、情けない空気の音だけだった。
テーブルの上にあるのは、フォークだけが残ったケーキの紙皿とチューハイの空き缶が数本。
こんな不完全燃焼で、20歳の誕生日が終わるのは嫌すぎる。今日だけは酔いつぶれて眠りたい。
時計を見ると23時。街にいる恋人たちは、それぞれ愛の巣に向かって行っただろう。多少出歩いても気分が悪くなることはないはずだ。
家を出て、歩いて5分のところにコンビニがある。今日から、堂々と酒を買えることだけは誇らしかった。
いつもは歩いて20分でするスーパーにわざわざ行ってたからな。あそこのスーパー、年齢確認しないからさ。
俺はコートを着て、コンビニへ向かった。
冷たい夜の空気から逃げるように、赤い看板のコンビニに入る。
店内はがらんとしていて、2、3人しか客はいなかった。カップルがいないのは、心から嬉しい。
ドリンクの冷蔵コーナーへと進み、ストロンガーゼロのロング缶を2本手に取る。酒カス御用達の品である。
レジに向かうと、若い女性店員が暇そうにしていた。
女子大生だろうか?茶髪のサラサラの長い髪に、クリスマスだからかサンタ帽を被っている。結構というか、かなり可愛いと思う。正直タイプだ。
(こんな日にバイトってことは、彼氏いないのか……?いや、バイト終わりに会うとか?)
思わず、脳内で妄想を繰り広げる。かわいい女の子を見ると、つい色々考えてしまう男の性。
だからといって話かけられるほど、パリピな育ちではない。こちとら気持ち悪いと思われないようにするので、精一杯なのだ。
俺はレジのカウンターに、ストロンガーゼロを置く。それを見た女性店員は、俺の顔をまじまじと見てきた。
(……ん?)
何かを探るような目つき。
さっきから、チラチラ見てたことがバレたか?誕生日ということで、許して欲しい。
女性店員は伺うように言った。
「あの……年齢確認お願いしてもいいですか?一応オーナーに言われてるんで」
あ、なるほど、そういうことか。
睨まれてるわけじゃなかった。本当によかった。
真面目な人なんだなと思いつつ、俺は財布から運転免許証を出して彼女に渡す。
年齢確認を堂々と突破できることだけが、今日が誕生日で唯一嬉しいことだった。
免許証を受け取った女性店員は、しげしげと眺めていた。
「すごい、めっちゃクリスマス!」
彼女は目を丸くしながら唐突にそう言った。
――グサッ。
何か胸に突き刺さる音がした。
まあ、目につくよな。
名前のとこに、クリスマス聖夜って書いてあるし。やっぱり改めて言われると、恥ずかしくて死にそうになる。
彼女は確認が終わった免許証を返しながら、申し訳なさそうにいった。
「あ、ごめんなさい。思ったことが口に出ちゃうのが悪いクセで」
「……いえ、大丈夫です。よく言われるので」
動揺を隠しながら、何とか言葉を返す。
彼女は手際よくストロンガーゼロをスキャンして、お会計金額を告げる。俺はスマホで支払いをすませると、持参したエコバッグを開いた。
なんとなく気まずいこともあり、早く缶を入れて、立ち去ろうと思ったときだった。
「あの、すごくステキなお名前ですね」
「……………へ?」
思わず、間抜けな声が漏れ出ていた。
褒められた?いや、聞き間違いだろう。
「あ、すみません。どうしてもさっき見たお名前が気になっちゃって」
彼女は恥ずかしそうに頭をかきながらいった。サンタ帽の白いボンボンがひょこひょこと揺れる。
「わたし、クリスマス大好きなんです。みんなキラキラしてるんじゃないですか。幸せな雰囲気が町に漂ってるっていうか」
目をキラキラと輝かせながら、彼女は続けた。
「だから、そんなクリスマスの幸せが詰まってるお名前だなーと思って。なんか、すごく元気をもらえました」
クリスマスツリーでぶん殴られたような衝撃が、脳内に響き渡った。
自分の名前を、そんな風に思ったことはなかった。ましてや、誰かにそう言ってもらえるなんて。
信じられなくて、思わず聞き返してしまう。
「元気出たって、俺の名前で……?」
「はい。それでついクリスマスだ!なんて言っちゃって、すみません」
彼女はぺこりと頭を下げた。
サンタ帽の白いボンボンが頭を垂れる。俺はそのボンボンをただ見つめ続けていた。
「まあクリスマス大好きと言いつつバイトしてるんですけどね。……あれ、どうしました?大丈夫ですか?」
彼女は顔をあげると、心配そうに俺を覗き込んでいた。
「え……?」
頬に、何かが静かに伝っていた。
慌てて、コートの裾でそれをぬぐう。
(うわ……なにやってんだ……俺)
何でこんなことになってるか、よく分からない。
初対面の人の前で、突然泣くなんて気持ち悪すぎるだろう。あまりに恥ずかしすぎて、穴があったら引きこもりたかった。
「あの、わたし……すみません。何か気に障ること言っちゃいました?」
「あ、いえ…………。あんまりそんな風に言ってもらったことなかったんで。気にしないでください」
それを聞いた彼女は意外そうな顔をしつつも「なら良かったです」とほほえんでいた。
残ったストロンガーゼロを袋に詰め終えた俺は、最後に彼女に会釈をする。
彼女はニコっと笑い、
「メリークリスマス!あとわずかで終わっちゃいますけどね」
そう言って、軽く手を振ってくれた。
「メ、メリークリスマス」
俺も自然とそう返していた。
この言葉は嫌いだったはずなのに。不思議といまは嫌だとは思わなかった。
彼女にぎこちなく手を振り返したあと、足早にコンビニを出る。顔が、ものすごく熱かった。
(なんか、今日はもう酒はいいかな)
ずしりと重いエコバッグを見つめながら、そう思った。
俺はそのまま、家に向かって歩き出す。
クリスマスは、やっぱり嫌いだ。
だけど、「クリスマス」という名前だけは、前よりも嫌いじゃないかもしれない。
クリスマス嫌いのクリスマス 黒田緋乃 @pinonon
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