ep4 赦しのかわりに(2)
「……そなたは、しっかりと自分の足で立てる人間なのだな。」
静かに言ったセリアスに眉を寄せた。あまり期待されるのも困る。
「――頑張りは、するけどさ。……もし期待外れでも、食べるものと住むところくらいは用意してくれる?」
なんせ友人たちにはポンコツと評されていたくらいだ。本当に役に立つのか、いまいち自信がない。
「たとえ何があろうとも――私が一生をかけて償い、守ると誓う。」
その言葉に、何かあればすぐにセリアスの背に隠れよう。そう誓った。
戦場にセーフティゾーンは必須だ。危機に瀕している世界は物騒だと相場が決まっている。
背中に隠れながら煽ることも御法度だ。おもしろくても、ダメ。絶対。影になる。そう心に決めた。
「安心してくれ」と重ねるセリアスの言葉には、不思議と重みがあった。
とても責任感の強い人間なのだろう。
王族に一生守ってもらえるなら安泰に違いないし、こんなに心強いことはない。
――でも。
「なんで、そんなに罪悪感を感じてんの?」
セリアスの瞳にちらつく影に心苦しくなって、思わず問いかけてしまった。
言葉に詰まったようなセリアスの返答を待たずに続ける。
「俺の世界はさ、地球っていう星があって、そこに小さい日本って国があって。
俺なんて、その中のさらに小さい県の、小さな地域の、たった一人だよ。
そんな俺が世界を救えるかもって笑えちゃうけど――いや、笑っちゃダメなのか。」
しまった、と口を押さえても、もう遅い。笑って誤魔化す。
「でもさ。もし――俺の世界で、同じようなことが起きたら。
きっと俺たちも、同じことをすると思うんだよ。
たくさんの人を救うために、誰かひとりの犠牲で済むなら、きっとそっちを選ぶと思う。
自分の世界だけじゃ、どうにもならないんだろ。」
言いながら、何とは無しにセリアスの頭をぽん、と軽く叩いた。
恐らく年上だろうと思うが、どこか縋るような目が大型犬みたいで、あまり違和感がなかった。撫でやすい位置に頭があって助かる。
「だからさ。そんな思い詰めた顔、すんなよ。
世界の問題だし、俺だってさっき『わかった』って言ったんだから。もう俺の問題でもあるってことだろ。
なんとか上手くやれるよう、頑張るからさ。
何かあったら女神ナイアとやらを恨んだらいいんだよ。」
セリアスは何か言おうとして口を開いて、結局何も言わなかった。
は、と気付く。
「ごめん、宗教の話って、あんまりしちゃいけないんだっけ……」
今更再度口を押さえても遅い気がした。
伺うようにセリアスを見ても、怒りも、何も見えない。間違えていなければ、呆然としているように見える。
つまり、謝っておくならいまだ。
「ごめんな。宗教の話って、あんまり分かんなくて……俺、こういう真剣な話、たぶん上手くないんだ。」
踏み込んだことを言って怒られても仕方がない、と思いながら言うと、セリアスの喉が少しだけ音を出した気がした。
何か言葉を押し込めるような仕草に、思わず眉が下がる。
「ごめん、俺ちょっと無神経なところあるみたいで。
文化の違いとかそういうこと?怒ってたら教えてほしい、謝るよ。」
素直に言えば、セリアスは頭を振った。
「――ちがう、感謝を……」
「かんしゃ?」
予想外な言葉に一瞬思考が止まった。
「ありがとう――もし、世界が救われなかったとしても。
この世界に来てくれたのが、ヒナタで本当によかったと、いま心から思う。」
優しげな瞳に理解が追いつかず、ただ見つめた。
沈黙が落ちて、あまりにも静かな空間に、ここは車の音も人の喧騒もテレビの音も聞こえない、と、どうでもいいことが頭をよぎった。
くるくると回った思考は、結局どこにも落ち着かなかった。
「……俺も、会えたのがセリアスでよかったって、思ってるよ。」
返す言葉に迷って、けれど感じたままに伝えた。彼の誠実さは嫌いじゃなかった。
結構勇気を出して言ったのに、さほど相手は気にしていないようだ。
その証拠に、なんでもないように言葉を重ねてきた。
「……さきほど、なぜ罪悪感があるかと聞いたな。
理由はいくらでもある。だが、一番の理由は――こちらが、まだ未来あるそなたを巻き込んでしまったことだ。
だから――、そんな疑問がそなたから出ること自体、私には不思議だ。
責めを受けて当たり前のことだと思っていたのに、そなたは“気にしない”と言う。」
言われた言葉に思い当たって、「ああ」と言葉がついて出る。
「俺、“情緒”とやらが足りないらしいから、多分、それだ。」
よく言われた言葉だった。
けれど、彼からしたら突拍子もない人間に写ったのかもしれない。
いつものことなので、なんとなく「ごめんな」という気持ちで言えば、セリアスは面食らったように呆けていた。
そして、たっぷり数拍おいて、声を出して笑った。
反応に困る。
どんな顔をしていいのか迷って、だが、ひとしきり笑ったセリアスの瞳に涙を見て何も言えなくなった。
ただ動揺した。
親しくない男の涙の慰め方なんて分からないのに、放っておけなかった。
よく分からないまま、大型犬に構うように、頭ごと抱きしめた。
セリアスは驚いたように少しみじろぎしたが、結局大人しく身を預けてきたので、それでよかったのだろう。
沈黙がしばらく落ちて、この空気どうしようかなあ、と考えが過ぎりはじめたくらいで、「ありがとう」というくぐもった声が聞こえた。
落ち着いた、という合図だと悟って手を離す。
何の気なしに顔を見やると、あれだけ真っ直ぐにこちらを見ていた彼が、気まずそうに目を逸らした。……若干、耳が赤い。
「照れてる?」
つい言ってしまった。こう言う時はそっとしておくものだ、というのは何となくわかるのだが、正直そのまま別れるのも気まずかった。
「……照れも、する。」
セリアスは本当に素直な男だった。モテるんだろうな、と、どうでもいいことを思う。
「――な、ひとつ聞いていい?」
「なんでも。」
すぐにこちらを向いたセリアスの背後に、ぴょんとしっぽの幻影が見えた気がした。
懐かれたような仕草に、つい笑ってしまう。
ずっと気になっていたことがある。
話している間も頭の片隅にあったと言ったら怒られてしまいそうな気がするので、絶対言わないが。
「膝、大丈夫?」
きょとんとするセリアスの顔が可愛い。
「立ってみて。」
言われるがまま、セリアスは素直に立ち上がろうとして、バランスを崩した。
「――まあ、そうなるよなぁ。」
きっと今彼はひどい足の痺れに見舞われているに違いない。かっちりとしたゆとりのない服で、長時間片膝を立てた体勢でいれば、誰でもそうなるだろう。
足に触って確かめてみたいという悪戯心は、さすがに封印した。
代わりに自分の座っていた椅子を譲り、床に膝をついて見上げた。
「俺を守ってくれるんだろ? 王子様。しっかりしろよ。」
揶揄うつもりでやったのに、セリアスの顔が赤く染まった。
「え。」
わりとまじめに、空気が凍った。
「……そなたは、ずるい。」
返答はできずに――どうずるいのかも、聞かないでおいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます